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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第四章 加速する日々

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36/60

幕間 Subject T

「ドレイってなんだ?」



おれがそう聞くと、みんな黙った。

なんか変なこと言っちゃった?



レナねーちゃんが、

ちょっと困った顔した。



ゆっくり、話してくれた。

「……自由がなくなるの。自分の意思で、生きられなくなる」



聞いたけど……

よくわかんねえな、と思った。



「ウチの村も、昔ドレイだったって、父ちゃんが言ってた」



今度は、みんなの顔が変わった。

兄ちゃんも、サリーも、レナも。



なんか、同じ顔してた。

可哀そうなものを見る目。



兄ちゃんの目が、ちょっと痛そうだった。

サリーがおれの袖をぎゅっと握って、目を逸らした。



エヴェラの声が、頭の中で少しだけ響いた。

——また、難しい話だった。



よくわかんなかったけど、

昔、おれたちみたいなやつは嫌われてたらしい。



ライカンスロープ。

強いし、よく戦うし。



でも、バカで騙されやすい。

都合よく使われてたんだってさ。



父ちゃんと母ちゃんは、

そんな話、あんまりしなかった。



でも、一回だけ言ってた。

「誇りを持て」って。



それだけ覚えてる。



◇



神父が来たんだ。

村に。



教会を建てるために、

父ちゃん達も雇われた。



神父は、優しそうな顔をしてた。

笑ってて、いい人そうだった。



「いい村ですね」



そう言った。

みんなが彼を好きになった。



おれも彼の教会で遊んだ。

本を読んでくれた。



怖い本で脅かされた。

「悪魔は、いつでも、笑っているんだ」って。



◇



神父が来て、3年たったころかな。

誰かが言ったんだ。



「戦争が始まる。」



「魔王軍との最終決戦がある」って。

近くの村からひどい話が、毎日届いてた。



平和が好きだった神父は辛そうにしてた。

それで、部屋から出てこなくなっちゃった。



だんだん様子がおかしくなった、って母ちゃんが言ってた。



ある日、やつれた彼が、教会から出てきた。

目が光ってて、村の大人たちに変なことを言い出した。



「皆さんの力を見せる時です。子どもたちのために」



心配の声を無視して、神父は村の大人たちに紙を配りはじめた。



「——現在も残る、ライカンスロープへの蔑視。

この乱世を終わらせることで、再度、名声を知らしめる。未来を生きる子どものために、立ち上がろう。」



みんなアイツはおかしくなったって、言ってた。



なんか怖くなった。

ずっと、笑っていたから。



◇



いつのまにか。



戦争に参加することになった。

みんなで行くんだって、剣を準備した。



みんな、嬉しそうだった。

戦いたかったのかもしれない。わからない。



父ちゃんも、母ちゃんも。

——笑っていたから。



「トラは留守番だ」

そう言われた。



「なんでだよ!」



勝手について来たけど、ダメだった。

戦場の近くの、宿に置いていかれた。



「すぐ戻る」



母ちゃんが頭を撫でてくれた。

その手だけ、今も覚えてる。



温かくて、ちょっと汗ばんでて、

いつもみたいに優しかった。



◇



帰ってこなかった。



最初は、遅いだけだと思った。

次の日も、次の日も、待ってた。



そのうち、宿の人に追い出された。



街も、なんか変だった。

怒鳴り声とか、泣き声とか、増えた。



腹が減った。

すげえ減った。



飯のことしか考えられない、くらいに。



外に出た。

人がいっぱいいたけど、誰もおれを見なかった。



露店があった。

肉が焼けてた。うまそうだった。



でも、手は出せなかった。

父ちゃんの顔が浮かんだ。



「誇りを持て。それがあればドレイじゃない」



盗みはダメな気がした。おれのじゃない。



◇



村なら、簡単だった。



鳥もいたし、魚もいた。

走れば捕れた。



仲間も、いたから。



でも、ここは違った。

ネズミしかいなかった。



川は泡立ってて、臭かった。

飲めなかった。



ネズミは捕れた。

火をつけて、焼いた。



どうして、ついてきたのかな。

村で待っていれば、良かった。



考えてたら焦げた。

でも食うぞ。



……うまいのか、これ。

「うまいのか?それ」



後ろから声がした。

ネズミを持ったまま、振り返った。



ガキが立ってた。

同じくらいのやつが三人。



汚れてた。

でも、目は刺すように鋭い。



「……食うか?」

おれがそう言うと、そいつは笑った。



「食う」

それが、ヘンスだった。



◇



ヘンスには妹たちがいた。

みんなで、なんか基地みたいなのを作った。



家ってほどじゃねえけど、

風は少し防げた。明日は屋根を作るって。



ネズミを焼いて、

草を煮て食った。

たまに腹壊した。



でも、死ななかった。

みんなでいると、ちょっとマシだった。



◇



夜になると、いつもヘンスたちが言う。



「帰る」



「母ちゃんが待ってるから」



いいな、と思った。

ある時、こう言ってみた。



「おれも行く」



ヘンスは首を振った。



「お前の母ちゃんじゃねえだろ」



当たり前のこと言われた。



「だよな」



ヘンスたちは帰っていく。

おれは、廃材の家に身を隠した。



◇



夜の街を歩いた。

ずっと、人の顔を見ながら。



もしかしたら、

知ってるやつが歩いているかもしれない。



自分の村の名前も知らなかった。

近くの川とか説明しても誰もわからなかった。



父ちゃんとか。

母ちゃんとか。



……いなかった。



どこにもいなかった。

それでも、見てた。



行き交う人の顔を。



ずっと。

見てた。



◇



寒くなって来た。



指の先が、自分のものじゃないみたいに

白くなってた。



ヘンスたちは、「寒いから」って。

あまり来なくなった。



雪が、降り始めた。



はじめて見る。

空からの、何か。



白くて、ふわふわしてて。



綺麗だと思ったけど、体温を奪う。

手足の感覚が、もうあんまりない。



もうネズミもいなくて、ちぎって食べてる。

ネズミの脂が唇に残って、吐きそうなくせにまた欲しくなる。



おれたちの体は丈夫だって

父ちゃんは言ってたけど。



腹が減って、凍えたら、

あんまり関係ないみたいだ。



◇



足が勝手に、大きな教会に向かう。

村にいたあの神父が言っていた、立派な大神殿。



「王都の教会は、もっと大きいぞ」

そう言っていた気がする。確か、そうだ。



おれたちの「誇り」は、

ここで認められるんだって。



神殿の、高い窓から、

わずかに光が漏れていた。



中には温かい火があって、

食べ物の匂いがするんだろうな。



きらきらした立派な門は、固く閉ざされてる。

その冷たい石の壁にもたれかかった。



最後に見たのは、

自分の吐いた息が、白く消えるところだった。



◇



不思議だな。



あんなに寒かったのに、

だんだん体がポカポカしてきた。



これを、知っている。

冬の日の、家の暖炉だ。



「トラ、こっちにおいで」



母ちゃんの声が聞こえた。本当にいるみたいだ。



顔を上げると、雪の向こうに、

父ちゃんと母ちゃんが立っていた。



戦いに行く前の、あの怖い笑顔じゃない。

村で笑っていた時の、優しい顔。消えないで。



「……遅いよ」



母ちゃんの大きな手が、おれの頭に触れた気がした。

今度は汗ばんでいない、光みたいな温かさ。



「悪かったな。さあ、帰るぞ。」



父ちゃんが笑って拳を差し出した。

……おれも手を。



—————————ゴォン—。



神殿の鐘が、頭上で鳴った。



寒さが蘇る。現実が頭をもたげ、全てが重い。

もう、お腹は空いていない。



ネズミの味も、泥水の臭いも、怖い笑顔も。

全部、雪が真っ白に塗りつぶしてくれた。



「……やっと、会えた」

おれは目を閉じた。



最後に見たのは、神殿のステンドグラスに映った、

金色の、大きな、大きな光の輪だった。



そこには、村のみんながいた。

みんな、笑ってた。



おれはもう、寂しくない。



深い、深い眠りの中で、おれは父ちゃんの背中に飛び乗った。銀色のキレイな毛並み。



空はどこまでも高く、雪はもう、冷たくなかった。



——————レナねーちゃんの背中が、温かいから。



◇



目を醒ます。

暖炉の明かり。



兄ちゃんの背中。

レナねーちゃんの匂い。



家族の寝顔。



この中にいることが、今のおれの「誇り」

果たして読んでいる人はいるんだろうか?

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