幕間 Subject T
「ドレイってなんだ?」
おれがそう聞くと、みんな黙った。
なんか変なこと言っちゃった?
レナねーちゃんが、
ちょっと困った顔した。
ゆっくり、話してくれた。
「……自由がなくなるの。自分の意思で、生きられなくなる」
聞いたけど……
よくわかんねえな、と思った。
「ウチの村も、昔ドレイだったって、父ちゃんが言ってた」
今度は、みんなの顔が変わった。
兄ちゃんも、サリーも、レナも。
なんか、同じ顔してた。
可哀そうなものを見る目。
兄ちゃんの目が、ちょっと痛そうだった。
サリーがおれの袖をぎゅっと握って、目を逸らした。
エヴェラの声が、頭の中で少しだけ響いた。
——また、難しい話だった。
よくわかんなかったけど、
昔、おれたちみたいなやつは嫌われてたらしい。
ライカンスロープ。
強いし、よく戦うし。
でも、バカで騙されやすい。
都合よく使われてたんだってさ。
父ちゃんと母ちゃんは、
そんな話、あんまりしなかった。
でも、一回だけ言ってた。
「誇りを持て」って。
それだけ覚えてる。
◇
神父が来たんだ。
村に。
教会を建てるために、
父ちゃん達も雇われた。
神父は、優しそうな顔をしてた。
笑ってて、いい人そうだった。
「いい村ですね」
そう言った。
みんなが彼を好きになった。
おれも彼の教会で遊んだ。
本を読んでくれた。
怖い本で脅かされた。
「悪魔は、いつでも、笑っているんだ」って。
◇
神父が来て、3年たったころかな。
誰かが言ったんだ。
「戦争が始まる。」
「魔王軍との最終決戦がある」って。
近くの村からひどい話が、毎日届いてた。
平和が好きだった神父は辛そうにしてた。
それで、部屋から出てこなくなっちゃった。
だんだん様子がおかしくなった、って母ちゃんが言ってた。
ある日、やつれた彼が、教会から出てきた。
目が光ってて、村の大人たちに変なことを言い出した。
「皆さんの力を見せる時です。子どもたちのために」
心配の声を無視して、神父は村の大人たちに紙を配りはじめた。
「——現在も残る、ライカンスロープへの蔑視。
この乱世を終わらせることで、再度、名声を知らしめる。未来を生きる子どものために、立ち上がろう。」
みんなアイツはおかしくなったって、言ってた。
なんか怖くなった。
ずっと、笑っていたから。
◇
いつのまにか。
戦争に参加することになった。
みんなで行くんだって、剣を準備した。
みんな、嬉しそうだった。
戦いたかったのかもしれない。わからない。
父ちゃんも、母ちゃんも。
——笑っていたから。
「トラは留守番だ」
そう言われた。
「なんでだよ!」
勝手について来たけど、ダメだった。
戦場の近くの、宿に置いていかれた。
「すぐ戻る」
母ちゃんが頭を撫でてくれた。
その手だけ、今も覚えてる。
温かくて、ちょっと汗ばんでて、
いつもみたいに優しかった。
◇
帰ってこなかった。
最初は、遅いだけだと思った。
次の日も、次の日も、待ってた。
そのうち、宿の人に追い出された。
街も、なんか変だった。
怒鳴り声とか、泣き声とか、増えた。
腹が減った。
すげえ減った。
飯のことしか考えられない、くらいに。
外に出た。
人がいっぱいいたけど、誰もおれを見なかった。
露店があった。
肉が焼けてた。うまそうだった。
でも、手は出せなかった。
父ちゃんの顔が浮かんだ。
「誇りを持て。それがあればドレイじゃない」
盗みはダメな気がした。おれのじゃない。
◇
村なら、簡単だった。
鳥もいたし、魚もいた。
走れば捕れた。
仲間も、いたから。
でも、ここは違った。
ネズミしかいなかった。
川は泡立ってて、臭かった。
飲めなかった。
ネズミは捕れた。
火をつけて、焼いた。
どうして、ついてきたのかな。
村で待っていれば、良かった。
考えてたら焦げた。
でも食うぞ。
……うまいのか、これ。
「うまいのか?それ」
後ろから声がした。
ネズミを持ったまま、振り返った。
ガキが立ってた。
同じくらいのやつが三人。
汚れてた。
でも、目は刺すように鋭い。
「……食うか?」
おれがそう言うと、そいつは笑った。
「食う」
それが、ヘンスだった。
◇
ヘンスには妹たちがいた。
みんなで、なんか基地みたいなのを作った。
家ってほどじゃねえけど、
風は少し防げた。明日は屋根を作るって。
ネズミを焼いて、
草を煮て食った。
たまに腹壊した。
でも、死ななかった。
みんなでいると、ちょっとマシだった。
◇
夜になると、いつもヘンスたちが言う。
「帰る」
「母ちゃんが待ってるから」
いいな、と思った。
ある時、こう言ってみた。
「おれも行く」
ヘンスは首を振った。
「お前の母ちゃんじゃねえだろ」
当たり前のこと言われた。
「だよな」
ヘンスたちは帰っていく。
おれは、廃材の家に身を隠した。
◇
夜の街を歩いた。
ずっと、人の顔を見ながら。
もしかしたら、
知ってるやつが歩いているかもしれない。
自分の村の名前も知らなかった。
近くの川とか説明しても誰もわからなかった。
父ちゃんとか。
母ちゃんとか。
……いなかった。
どこにもいなかった。
それでも、見てた。
行き交う人の顔を。
ずっと。
見てた。
◇
寒くなって来た。
指の先が、自分のものじゃないみたいに
白くなってた。
ヘンスたちは、「寒いから」って。
あまり来なくなった。
雪が、降り始めた。
はじめて見る。
空からの、何か。
白くて、ふわふわしてて。
綺麗だと思ったけど、体温を奪う。
手足の感覚が、もうあんまりない。
もうネズミもいなくて、ちぎって食べてる。
ネズミの脂が唇に残って、吐きそうなくせにまた欲しくなる。
おれたちの体は丈夫だって
父ちゃんは言ってたけど。
腹が減って、凍えたら、
あんまり関係ないみたいだ。
◇
足が勝手に、大きな教会に向かう。
村にいたあの神父が言っていた、立派な大神殿。
「王都の教会は、もっと大きいぞ」
そう言っていた気がする。確か、そうだ。
おれたちの「誇り」は、
ここで認められるんだって。
神殿の、高い窓から、
わずかに光が漏れていた。
中には温かい火があって、
食べ物の匂いがするんだろうな。
きらきらした立派な門は、固く閉ざされてる。
その冷たい石の壁にもたれかかった。
最後に見たのは、
自分の吐いた息が、白く消えるところだった。
◇
不思議だな。
あんなに寒かったのに、
だんだん体がポカポカしてきた。
これを、知っている。
冬の日の、家の暖炉だ。
「トラ、こっちにおいで」
母ちゃんの声が聞こえた。本当にいるみたいだ。
顔を上げると、雪の向こうに、
父ちゃんと母ちゃんが立っていた。
戦いに行く前の、あの怖い笑顔じゃない。
村で笑っていた時の、優しい顔。消えないで。
「……遅いよ」
母ちゃんの大きな手が、おれの頭に触れた気がした。
今度は汗ばんでいない、光みたいな温かさ。
「悪かったな。さあ、帰るぞ。」
父ちゃんが笑って拳を差し出した。
……おれも手を。
—————————ゴォン—。
神殿の鐘が、頭上で鳴った。
寒さが蘇る。現実が頭をもたげ、全てが重い。
もう、お腹は空いていない。
ネズミの味も、泥水の臭いも、怖い笑顔も。
全部、雪が真っ白に塗りつぶしてくれた。
「……やっと、会えた」
おれは目を閉じた。
最後に見たのは、神殿のステンドグラスに映った、
金色の、大きな、大きな光の輪だった。
そこには、村のみんながいた。
みんな、笑ってた。
おれはもう、寂しくない。
深い、深い眠りの中で、おれは父ちゃんの背中に飛び乗った。銀色のキレイな毛並み。
空はどこまでも高く、雪はもう、冷たくなかった。
——————レナねーちゃんの背中が、温かいから。
◇
目を醒ます。
暖炉の明かり。
兄ちゃんの背中。
レナねーちゃんの匂い。
家族の寝顔。
この中にいることが、今のおれの「誇り」
果たして読んでいる人はいるんだろうか?




