第27話 囲まれた食卓
食堂が、回るようになってきた。
ランチタイムが終わると、
ヘンスたちは裏手に消える。
店の裏では、土手に横穴を掘り、
レンガを積んだ炭焼き窯の建設が進んでいた。
「ここにもう一段積む」
「重すぎて崩れるだろ」「じゃあ支えを——」
言い合いながら、それでも楽しそうに手が動いている。
ガレンさんが図面を指差しながら、熱く声を上げていた。
店内では、ヨルカとレーテルが向かいあって座っていた。
「これ、いくつ?」
ヨルカが木の実を並べる。
レーテルが指で数える。
「……なな」
「そう。じゃあここに三つ足したら?」
レーテルの眉が寄る。しばらく考えて、指を折る。
「とお」
「正解―!」
ヨルカが静かに微笑む。
レーテルの顔がぱっと輝いた。
俺はキッチンから、その様子を眺めていた。
エヴェラ:ユウト、鍋。
俺 :わかってる。
◇
夜。
いつもの食卓に、全員が集まった。
ヘンスたちも含め、食堂の仲間が揃っている。
今日はアマンが鍋を担当した。
「どうぞ!」
どんと鍋が置かれる。
湯気が立ち上り、スープの香りが広がった。
「うまそうだな」
ゼルグが鼻を鳴らす。
「アマンが作ったの?」
レーテルが目を丸くする。
「そう! レナねーちゃんに教わった」
アマンが胸を張る。
みんなが椀を傾けた。
しばらく、食べる音だけが続く。
温かい夜だった。
皆それぞれの家に帰り、俺たちも地下道の『家』に戻った。
◇
散歩から帰ってから、サリーは、ずっと黙っていた。
俺は気づいていたが、何も言わなかった。
彼女が話すタイミングを、待っていた。
「……あのね」
サリーが、おもむろに話始めた。
「今日、川沿いで男に声をかけられたの」
「「ええ——?」」
想定していた話と違い、俺とトラが身を乗り出す。
サリーは短く、丁寧に話した。
父の友人だったこと。
彼と自分は、影の一族であること。
孤児院のことを、調べてくれると言ったこと。
——そして。
「司祭の指示で、お兄ちゃんを監視している、って」
沈黙があった。
「影の一族!? なにそれ」
トラが目を輝かせた。
「それって、暗殺とかするやつか? すげー!」
「トラ」
サリーが低い声で言う。
「あ、ごめん」
トラが背筋を伸ばした。
でも目は、まだ輝いていた。
「どうして、司祭様が……」
レナの顔が青ざめていた。
アマンはレナの腕をぎゅっと握りしめている。
「大丈夫」
俺は言った。
根拠はなかったが、
そう言わなければならなかった。
——その時。
ヨルカが、静かに目を閉じた。
何かが、変わった気がした。
空気が、薄く張り詰める。
数秒後、ヨルカが目を開けた。
「……八人いる」
静かな声だった。
「どこに」
俺が聞くと、ヨルカは斜め上を向いた。
「あっち。そっち。あと、あっち」
三方向を、順番に指差す。
全員が息を飲んだ。
「どんな奴らか、わかるか?」
「わかんない。でも、遠いよ」
ヨルカは少し考えてから続けた。
エヴェラ:ソナー魔法ね。範囲と精度、かなり上がってるわ。
俺 :それどころじゃない。
エヴェラがみんなに補足のメッセージを送る。
ヨルカの指の確度から場所を割り出し、この家周辺のマップ上に示したものだった。すぐにヨルカから微調整版が返ってきた。
赤い点が8つ。
店から三百メートルくらいの距離に点在していた。
これが何を意味するか。
——囲まれている。
だが、サリーの聞いた話からすると、
以前から見張られていたのかもしれない。
子供たちの顔を見て、俺は努めて軽い口調で言った。
「監視ご苦労様です。見通しがいい場所だから、遠くまで隠れないといけないね」
トラが吹き出した。
——少し遅れて、サリーも小さく笑った。
レナが「もう」と言いながら、少し口元が緩んだ。
「なんで俺が監視されるんだ?」
エヴェラ:元勇者だからでしょ。それ以外に理由が思いつかない。
俺はヨルカを見た。
「ヨルカ、あいつらの目的、わかるか」
ヨルカは首をかしげた。
「……わからない」
「そうか」
俺は少し考えた。
「気づかないことにしよう」
全員が俺を見た。
「気づいてないふりじゃなくて、気づかないことにする。今夜は何もしない。明日、カリンちゃんに相談する」
レナが静かにうなずいた。
トラが「わかった」と言いながら、上の方をちらりと見た。
「トラ」
「見てない見てない」
サリーがため息をついた。
アマンが小さな声で聞いた。
「ねえ、お兄ちゃん。みんな、大丈夫なの?」
俺はアマンの頭に手を置いた。
「大丈夫だよ」
今度は、少しだけ根拠があった。
エヴェラ:……そうね。少なくとも今夜は、動く気配はないわ。
——地下道への内鍵もロックし、鳴子も付けた。なんとか……する。
廃材テーブルにならんだ、お茶から湯気が立ち続けている。
誰かが「冷めるよ」と言って、またカップを傾けた。
◇
翌朝。
俺はエヴェラに整理してもらった情報を
頭に入れながら、仕込みをしていた。
この国の『司祭』は諜報・国防を担うこと。
影の一族が司祭アーデスの配下であること。
サリーの両親も
アーデス配下として働いていたこと。
俺の監視、そして、孤児院の件。
二つが、同じ夜に動いた。
——野菜を切るレナと目が合う。
少しだけ気まずさがある顔だ。笑顔を贈ろう。
昨夜、”『連環の光教団』自体が、諜報の機能を持つ可能性”をエヴェラが指摘すると、レナは突如、大きな声を出した。
——「絶対に違う」と、彼女が言った。
「絶対に、絶対に違うから」繰り返す、その声が震えていた。握りしめた手が白かった。
俺たちは顔を見合わせ、肩を抱いた。
「わかった」と口々に言った。
◇
サリーが、「食堂のドアの前に置いてあった」
という紙束を持ってきた。
犯人の詳細と孤児院の実態が書かれていた。院長の収賄もかなりひどい。少女たちの凄惨な被害状況も書かれていた。
すでに読んだのか、サリーの顔が少し赤い。
「大切に使う」 そう言って受け取った。
エヴェラ:カリンちゃんに会いに行くなら、今日がいいわよ。王城への定期報告の日のはずだから。
俺 :王子と王女に会わせてもらおう。孤児院の件と、監視を止めさせないとな。
俺は一人で王城に向かうことにした。
「行ってくる」
エプロンを外しながら、俺は厨房を出た。
レナが「気をつけて」と言った。
ヨルカが小さく手を振った。
外に出ると、朝の空気が冷たい。
三百メートル程先に、誰かがいるはずだ。
俺は気づかないまま、歩き出した。
◇
エヴェラの推察どおりの時間に、
緑色の髪をひょこひょこ揺らす彼女を見つけた。
「カリンちゃん、久しぶり」
「あー! 勇者様」
俺は彼女にあらましを話した。
「それが、アリス王女とルーク王子は、お二人でルクス国への復興任務に向かわれてまして」
彼女は少し心配そうな表情をする。
「急に軍部からのご依頼で決まりまして、半年ほど戻られません」
「軍部……」
「あ、でも孤児院と監視の件、相談してみます! お持ちいただいたこの証拠があれば、勅命を頂けるかもしれません」
俺たちはカリンちゃんに資料を預け、頭を下げた。
一旦はここまで、どうなるか見よう。
エヴェラ:カリンちゃん、王にご意見なんてできるのかしら……
俺 :召喚の時もいた「巫女」だからな、意外と地位が高いんじゃないか?
エヴェラ:そうね。でも、きっとカリンちゃんを通せば——
俺たちは、元気に門を駆け抜ける彼女を見送った。
◇
白い尖塔。
カリンは資料を胸に抱え、
赤い絨毯が敷かれた階段を駆け上っていく。
その目は、
人を助けることができる喜びで、緑色に輝いていた。
ノックの後、優雅に一礼し、
入室するなり、豪奢なデスクに座る男に話しかける。
「司祭様、お願いがあります!」
アーデスは書類から目を上げた。
緑色の髪の巫女が、
両手で紙束を差し出している。とびきりの笑顔だ。
「勇者様のお友達が、困っていて」
彼女は一息で全部話した。孤児院のこと。証拠のこと。
勅命があれば貴族に対抗できること。
アーデスはしばらく笑顔のまま資料を眺めた。
「……わかりました。すぐに王にいただきましょう」
「ありがとうございます!」
カリンの顔が、ぱっと輝く。
「それから——勇者様の監視も、やめてください」
カリンは真剣な顔で付け足した。
アーデスは孫に向けるような柔らかな微笑みを向けた。
「わかりました。止めさせましょう」
明るさを取り戻した笑顔が跳ねる
カリンは深々と頭を下げて、扉を閉めた。
アーデスは資料を机に置いた。
窓の外、城下を見下ろす。
——光。そして厄介な火種だ。
消すか、
それとも、燃やして使うか。
アーデスはまだ、答えを出していなかった。




