第16話 天使の台所
朝の陽が、川沿いの廃倉庫――いや、「食堂」の窓から差し込んでいた。
もう、ほぼ完成だ。
俺たちは開店に向け、細部をつめていた。
「ここ、テーブル置く?」
サリーが地図みたいな紙を広げて、みんなに聞く。レナは「うん、ここは家族席。奥はカウンターで、私とサリーが注文取る」そう言って、指で線を引く。
アマンは「俺は看板描く!」と言いながら、作ったばかりのテーブルにクレヨンで「ユウト食堂」って書いてる。……俺の名前でいいのかよ。
ヨルカは壁の隅に小さな棚を置いて、ハーブの鉢を並べ始めた。小さな身体で、歌を口ずさみながら作業するその姿が、愛おしい。
「これ、ここ、いい?」
俺は頷いて、頭を撫でる。
「いいよ。ヨルカのセンス、最高だ」
くすぐったそうに笑う。「さいこー」と呟きながら。
エヴェラ:ふふ、みんな楽しそうね。内装、9割完成よ。残りは看板と照明と、それとメニュー表だけね。……完成したら、ちゃんと写真イメージに残しておきたいわ。この景色。
エヴェラも喜んでいるようだ。
◇
カリンちゃんからエルフの忌み子の話を聞いてから5日が経った。
今日の午後、彼女が俺たちの食堂に来てくれることになっている。認可の結果についての連絡と、ヨルカと会わせるためだ。
せっかくだ。
開店はまだだが、どうせなら、
記念すべき、初めての『お客様』として、もてなしたい。
俺がそう言うとみんなの作業も勢いを増した。
食堂とする1階部分の内装は、仕上がりがほぼ完了。
たった10席分だが、手作りのテーブルとイスは設置済みだ。
キッチンには3口のかまどに、氷冷式の冷蔵庫が設置されている。全て手作りだ。
床も壁もピカピカだ。
新たに設置した暖炉で、中も温かい。
薄暗くほこりまみれだった地下室も綺麗にし、ベッドやソファーを置いて、くつろぎスペースに変わった。
みんな思春期の真っ只中だ、全員一緒の部屋では、窮屈な夜もあるだろう。ここも俺たちの『家』とする。
地下道の『家』へと繋がるマンホールがこの地下室にある。その蓋にラグを被せて隠す。セキュリティを高める効果があるはずだ。
食堂の内装のデザインはレナとサリーが担当した。
彼女たちのセンスなのか、漆喰の白を基調にした壁に少しだけ薄いピンクが混じる。
よく見ると、ところどころ、かわいい羽や子供のような絵が描かれていた。アマンもこっそり絵を描いてるが……まあ、いい味になるだろ。
照明は、市場で買ったランタンにした。
オレンジの光が、木のテーブルに柔らかく落ちて温かい雰囲気を作っている。
トラと俺は外に掲げる看板を作った。
看板にも、大きめのランタンをぶら下げる。
その下には、大きな鍋の絵と『天使の台所』という文字が刻まれた。
これが、俺たちの食堂の名前だ。
みんなで意見を出し合って投票を行ったのだ。
俺はトラが出した『腹ペコ食堂』に清い1票を入れたのだが、レナの『天使の台所』が優勝したというわけだ。
トラとこっそり、看板の隅に「腹ペコ食堂」と小さく刻んだのは男同士の秘密だった。
今日のランチ。
最初のメニュー開発も兼ねて、アマン料理長が希望した3品を俺が作る。
たまにエヴェラのレシピで作る料理だった。それを普段よりお金と時間をかけて完全版を作るつもりだ。
これを試食し、問題なければ、カリンちゃんにも出そうという試みだった。もちろんエヴェラ監修メニューである。
俺が料理長と言い続けていたからか、アマンが料理を手伝いたがる。ナイフの危険性をしっかり説明して、野菜を切ってもらった。
いいぞ。
そして、ついに至高のメニューが完成する。
~~
お品書き
・『天使のハンバーグ』・・・一角イノシシを粗くミンチにしたものをスパイス・ハーブ・パン粉・鶏に近いコック鳥の卵と合わせ練る。それをこんがりと焼き上げてから、ガーリック系のハーブとバターソースをかけて仕上げた一品。
・『恵みのスープ』・・・この川でトラが獲った魚と根菜が入った優しいスープ。ハーブの香りが天使の祝福のように広がる一品。
・『川辺の彩り温野菜』・・・エルリーナさんに目利きしてもらった、スラム基準をはるかに超えた新鮮野菜と、川の対岸で採取したナッツやベリーがふんだんに使われている。レナの家で作っていたという、サワー系のソースが際立つ一品。
~~
俺が各テーブルにナイフとフォークを置いていく。これが思ったより出費だったのは内緒だ。レナが各テーブルにベリーとレモンで作った手作りジュースを注いで回る。
残りのみんなで料理を運ぶ。本当は順番に出せればいいが、俺たちはみんなで「いただきます」したいのだ。
実食。
「「「う、うめー!!」」」
もはや誰もレビューせずに、一心不乱に食べつづけた。トラとアマンが秒で食べ終わり、おかわりを要求する。
もう、食べる前から合格だったが、全員一致でこのメニューは決定となった。しばらくはこれらを看板メニューにしていこう。
『天使の台所』には笑顔と「おいしい」がこだまし続けた。
◇
午後。扉がノックされた。開けると、カリンちゃん。
耳がぴょこっと揺れて、巻物のようなモノを持っている。
ふと、カリンちゃんの後ろを男が通りすぎていくのが見えた。ここを人が通るのは珍しい。……まあ、気のせいだろうが。少し気になる。
「勇者様!ご無沙汰しております。かわいい食堂になりましたねー」
カリンちゃんが元気いっぱいの笑顔を向けてくる。
緑色の瞳できょろきょろと見回す。
その笑顔に引っ張られるように、胸に詰まったものが溶けていく。今は、目の前のことだけ考えよう。
俺たちには、自慢の食堂がある。自慢のメニューがある。初めての客に、みんなが予定どおり、店員としてふるまう。
「ようこそ、天使の台所へ」
◇
王城の一角。
白い尖塔の一つ。
司祭アーデスが、髭を撫でながら、城下を見下ろしていた。
元勇者が、王子を訪ねて来たらしい。
「力を失った元勇者、か」
近くの部下に指令を一つ。
影に潜む、隠密の一人が彼の前に膝をつく。
「念のため、所在を把握できるよう、監視をつけろ」
アーデスは元勇者の使い道を思案する。
もう、魔王はいないのだから。




