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命の使い道 ~残された寿命を、きみたちへ~ 元勇者と五人の孤児  作者: @HIKAGE
第三章 命の使い道

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第15話 冷たい目線と、温かな『ここ』

一週間で、廃倉庫はだいぶ変わった。

床板と壁板の交換が終わり、壁の補強も終わった。



ヨルカの魔法の練習で焼いたレンガも完成した。

かなりの数が割れてしまったので足りなかったが、壁のアクセントとして建物自体がおしゃれに見えている。



火魔法を教えるにあたって、ヨルカ以外の子供も集めて、火の危険性を強く教えた。ほんの小さな火が全てを燃やし大きくなること、俺たちの『家』も、そして『家族』も無くす可能性があると。特にヨルカは真剣に受け止めてくれた。



トラがレンガを積んで作ったかまどに、火を入れてテストをする。この国の料理人は自分の火魔法で調理するらしい。今のところ俺たちは炭で代用するつもりだ。



レナとサリーはキッチンと食堂内に、手作りのテーブルを設置していく。レナが作ったテーブルクロスは可愛くて子供や女性にうけそうだ。おっさんには可愛いすぎるか?



正直に言えば、ここまでの作業は本当に楽しかった。みんなも笑っている。これが仕事だったら就職してもいいなんて思う。でも、きっと違うよな。俺たちのだから楽しいんだ。



白い漆喰がまだ乾ききっていない壁に、窓から差し込む光が柔らかく反射している。ヨルカが少しずつ言葉を増やしながら、床の端を刷毛でなぞっていた。



「ほら、ヨルカ。『ここ』って」


「……ここ」


「そう、ここを塗るんだ」


「ここを……ぬる」



俺はどうも、ヨルカが言葉をひとつ覚えるたびに顔が崩れてしまうのを止められない。



エヴェラ:店の形になってきたわ。内装の次は認可ね。



俺   :わかってる。レナと行ってくる。



エヴェラ:あと、ヨルカの言語発達の記録、また更新したわよ。3日で動詞フレームの定着率が――



俺   :気になるけど、帰ってきてから聞くよ。



エヴェラ:……そう。あとでね。



────エヴェラはユウトの『子どもたちにあった教育をしたい』という指示に従っていた。



ヨルカの成長は非常に早く、次第に、問題のレベルと

回答のレベルが上がる。



その回答速度も加速していく。

エヴェラはヨルカが望むまま、応答速度を上げつづける。



今、この瞬間もヨルカが、問題を要求し続ける。

言語以外では推論や論理をイメージで教育し続けた。



エヴェラはその過程を静かに観察していた。

彼女の成長と、その人格の形成過程を。





俺はレナを呼んだ。



彼女にはこういった事務処理を覚えてほしいと思っている。店の名義もレナにしているくらいだ。



俺たちは許認可を行っている区画管理局へ向かう。普段訪れない場所のため、道行く人に何度も尋ねることになった。



区画管理局は、城下町の中心にある石造りの建物で、窓口の人間が全員、同じ顔をしていた。正確には「早く帰れ」という顔だ。



受付に行く前に名前と要件を書いた紙が必要。

レナに書いてもらう。名前は俺にした。



こちらを見向きもしない男に紙を渡して質問する。



「飲食店の開業認可について聞きたいんですが」


「所在地はどこですか」


「スラムの川沿いの――」



受付の男は、ため息をつき、面倒そうな顔で言った。



「エリア外です。通常の市街認可ではなく、特区申請になります」


「特区申請というのは」


「紹介状が必要……です。冒険者ギルド、商業組合、または貴族の推薦状のいずれか」



窓口の男が書類を一枚差し出してきた。それを見てから俺を見て、また書類に目を落とした。



「……あなたみたいな方の場合ですと、やはり書類をすべて揃えていただかないと困りますねぇ。」


「あなたみたいな?」


「次の方どうぞ」



俺の後ろに人はいなかった。レナが俺の袖を引いた。

振り向くと、怒りで少し白くなった顔をしていた。

彼女が怒るところなんて初めて見たな。



「お兄ちゃん、行こう。もう話しても無駄だよ」


「ああ」



外に出ると、秋の風が乾いていた。



俺   :エヴェラ。『あなたのような方』というのは。


エヴェラ:……もしかしたら、あなたの名前を見て、勇者と気づいたのかもね。



ああ、そっか。俺はしばらく歩いた。

レナは黙ってついてきた。


どこかで誰かの家族を奪ったのかもしれない。

奪ったのかもしれないじゃなくて、奪った。

俺の魔法は、俺の知らない場所で、人の形をした穴を掘り続けている。



「お兄ちゃん」



レナの声が小さかった。

心配してくれているのだろう。



「……怒ってないよ。大丈夫」


「ちがう。怒っていいんだよ。私は怒ってる」



ほっぺを膨らませる彼女の顔に、少しだけ力が抜けた。

レナの髪が風に揺れるのを見ていた。





コネがあるとすれば、一つだけだった。



それなりに自信もあった。

もう来ることは無いと思ったていた、王城へと足を向ける。



王城の門番は、俺の顔を見るなり手に持つ槍を上げた。



「どのような要件か」


「ルーク王子かアリス王女に取り次いでほしい」


「伺おう。取り次げる場合には、後日連絡する。ご連絡先は」


「ユウト・イチジョウ。元勇者だ」



門番の目が一瞬動いた。俺の顔をのぞき込むように。



「か……確認してまいります。しばらくお待ちを」



10分待った。30分経った。レナが石畳に座り込んだ。やがて戻ってきた門番は、真顔のまま言った。



「王子殿下・王女殿下ともに現在ご多用につき、面会はお受けできかねます。また日を改めてお越しください」


「……わかった」



俺は、城壁を見上げた。

白い尖塔で誰かが見ている気がした。

俺は踵を返す。



レナが何か言おうとして、やめた。

それで十分だった。





なんだか疲れたな。

城門から少し離れた広場のベンチに腰を下ろしたところで、声がした。



「あ、勇者様ー!」



振り向くと、緑色の髪とエルフの耳が見えた。

カリンちゃんが、両手で大きな荷物を抱えて立っていた。



王城の使いで届け物をしていたらしく、荷物が大きすぎて顔が半分隠れている。



「て……手伝おうか?」


「だ、大丈夫です。勇者様、お元気そうで嬉しいです!」



カリンちゃんは本当に『嬉しい』という顔をまっすぐ俺に向ける。

ほんと、いい子なんだよな。



「ごめんな。お礼も言えずに。よかったら、そこの店でお礼させてくれないかな」



俺は帰りにレナを誘おうと思っていた、かわいい喫茶店に誘う。

カリンちゃんは元気良くうなずいた。





広場に面した小さな喫茶店で、まずは頭を下げた。



カリンちゃんに教えてもらったことで自分を取り戻せたこと、牢屋にも入ったが、なんとかここまで暮らせるようになったことを説明した。



彼女は恐縮していたが、「今の顔のほうが、勇者様らしいです」と笑った。



カリンちゃんとレナは「本日のおすすめケーキセット」を頼んでいた。白いクリームの上に、大きなクリムの実が3つ、宝石のように赤く輝いている。二人で顔を見合わせて幸せそうに笑っている。



俺は今日の出来事を、かいつまんで話した。

認可のこと。窓口のこと。王城の門のこと。

カリンちゃんはカップを両手で持ったまま、聞いていた。



「……王子様には、私から伝えます」


「いや、カリンちゃんに頼むのは」


「きっと、そうしないとルーク様には伝わらないので」



俺は黙った。



「ルーク様は心配されていましたよ。アリス様も。あのお二人が冷たくしているわけじゃないと思います。きっと、周りの人が……」



「……うん、わかってる」



「だから、私が伝えます。認可も、絶対、大丈夫ですよ」



その「大丈夫」がするりと入ってきた。俺はカップを持て余しながら、少しだけ頷いた。



「ありがとう。助かるよ」もう一度、頭を下げる。



エヴェラ:カリンちゃん、いい子すぎて、もう尊い……



俺は少し間を置いて、口を開いた。



「……カリンちゃん。話は変わるんだけど、さ。」



言い出しにくい話題になったと気づいたのか、彼女の表情が真剣なものに変わる。



「エルフの村では、黒い髪と水色の瞳、ひしゃげた耳の子供って、どういう扱いになる? 何か聞いたことはあるか?」



カリンちゃんの手が止まり、

表情も、重苦しいものへ変わっていった。



「勇者様……なぜ、そんなことを知りたいのですか?」


「うちのヨルカが、――エルフなんだけどさ。そういう特徴なんだ。成長も遅くて、最初は言葉もなかった」


「なんでもいい。カリンちゃんの他にエルフの知り合いがいないんだ」



俺はヨルカの身体的特徴を詳しく話した。

そもそも種族が違うのか? ヨルカはダークエルフとか?

少なくとも俺よりは詳しいはずだ。



エルフの歴史はなんらかの力で秘匿されているのか、エヴェラの検索でも確定情報がないと言われている。



カリンちゃんはカップをソーサーに置いた。

そのまま下を向いている。話していいのか考えているのかもしれない。



カリンちゃんは一度息を吐いてから話だした。


俺は身を乗り出す。



「私が育った村には、こんな掟がありました。」


「黒い髪と黒い目で生まれた子供は、生後すぐに光の入らない壺に入れなければならない。」



なんだよそれ……。俺の脳が勝手に想像する。

目の前が暗くなり、息苦しさが喉を詰まらせた。

しかし、次の言葉で俺とレナの呼吸が止まる。



「その壺を、暗い谷底に落とさなければならない」



横に座っているレナが、両手のこぶしを強く握る。



「それは闇の属性を持ってしまった忌み子を『闇』に還すためだったと伝えられています。」



いつだって嫌な予想は当たってしまう。もしかしたらヨルカは……。



「……ありました。ってことは、今はそうじゃない?」



彼女の言葉に少しでも希望を見出したい。カリンの表情が少しだけ緩む。



「はい、私の村では、もう行われていないことです。3世代も前に廃れた風習です。……でも」



彼女は窓の外を見た。俺の手が、テーブルの上で静止した。



「こういった風習は禁忌にあたります。なので、他の村での状況は、私にはわかりません。ただ、その特徴を持つ人への差別は、私の村でも、まだ残っています」



カリンは悔しそうに言った。何かあったのかもしれない。



「……ヨルカも差別されるのか? そもそも、アイツは黒髪だが、目は黒じゃないぞ?」



レナの目に少し希望の色が戻るが次の言葉で青ざめる。



「私にも、わかりません。長い時間の中で、村ごとに特色ができたのかも……ただ、黒髪というだけでもエルフから侮蔑の目を向けられるのは間違いありません」



彼女の話では、黒髪のエルフはみな、エルフであることを隠して生きているのが現状だということだ。耳が長いものは身を隠すため切断すらしていると。



カリンちゃんの目が、まっすぐ俺を見た。



「会わせてもらえませんか。その子に」



俺はレナを見る。彼女が静かに言った。



「ヨルカのこと、ちゃんと知ってる人に会わせてあげたい」



俺は頷いた。



「……わかった。今度、会ってほしい。ホントにいい子なんだ。」





帰り道、俺は何も喋らなかった。レナも喋らなかった。

ただ、少し早足で歩いた。



元廃倉庫の前を通ると、中から子供たちの声がした。

トラが何か叫んでいて、サリーがたしなめていて、アマンがわあわあ笑っていた。俺たちが扉を開けると、真っ先にヨルカが駆けてきた。



「お……おかえり!」



小さなヨルカを抱きかかえる。

少し背が伸びてきたかもしれない。

レナはヨルカの頭を優しくなでる。



「ああ、ただいま」



ヨルカは俺とレナを交互に見て、何かを読もうとした。



「……だいじょうぶ?」



「大丈夫だよ」とレナが先に言った。


俺ですら彼女は大丈夫そうには見えなかった。ヨルカが感じたかもしれない、感じるかもしれない、その痛みを自分のものにしてしまったのだろう。



「ちょっとうまくいかなかっただけ。なんとかなる」



ヨルカはしばらく俺の顔を見ていた。

それから、ピンメッセージで一言だけ送ってきた。



『ここにいる』



俺は笑った。下手くそに、笑った。

たぶん、それは、文字通りの意味じゃない。



いや、文字通りなのかな。どちらでもいい。

ヨルカを抱きかかえて肩車ポジションにした。

筋トレにもなる。



「知ってるよ。俺もここにいる」



トラが「何の話?」と割り込んできて、サリーが「聞かなくていい」と押しのけた。あとで説明しないとな。うまく言葉にできるかな。



アマンが俺の膝に乗っかってきた。床に塗られた漆喰の臭いが、まだかすかに残っていた。



俺は窓の外の川を見た。外の世界は知らない。

少なくとも、ここは安全な場所にする。



ヨルカの過去に何があったとしても、ここでは違う未来があるんだ。



「明日もやること、いっぱいあるな?」



「「「あるー!」」」



元気のいい声が返ってきた。

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