16話 小さな角と大きな角
俺たちは依頼人がいるイボール村へと到着する。
お昼時なのか、村の家々から美味しそうな匂いがする。
何かの煮込み料理だろうか。トラが腹を鳴らす。
村の子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
平和そうだ、と感じさせる。
依頼人である、この村の村長らしき中年の男性は、
荒れた手で頭を掻きながら、子供たちを訝しげに見る。
「俺が冒険者のユウト、この二人は……弟子だ」
Eランクの癖に弟子がいるのも変だが、
村長は淡々と被害状況を説明してくれた。
二人もうんうんと聞いている。えらいぞ。
村長の話では『一角イノシシ』は普段、森の中に住んでおり、
早朝や夜間に作物を荒らしに来るらしい。
中でもイボール村の特産、真っ赤な丸首大根が大好物で、
お世辞にも裕福とは言えないこの村に、大きな損害を与えていた。
村民の目撃情報では、同じ1匹ではないか、ということだ。
目撃された『一角イノシシ』は村民のジェスチャーから、
日本でもやや大型のサイズだろうと思われた。
ただし、大きな角がついており、命を落とすものも少なくないという。
◇
森の入り口。
俺はやる気みなぎるトラとサリーを連れて
森の状況を確認することにした。
森といっても、ここは山の裾野で、ここから先は山へと通じる。
森の中は、音が吸い込まれたように静まり返っている。
木々の陰に入ると、肌を撫でる空気がひやりと湿っていた。
腐葉土と若い草の匂いが、ゆっくり肺に落ちていく。
「なんか気持ちいいな」
あまりに静かで幻想的な風景は、俺の心に警戒よりも清涼感をもたらす。
――今までより、ずっと世界が綺麗に見える。
エヴェラ:ユウト、そこ見て。
見ると、ぬかるみに深く沈んだ足跡があった。
俺の手のひらを広げたよりも大きい。
しかも、まだ縁が崩れていない。
エヴェラ:こんなに大きい足跡なのね。かなり大きい個体の可能性があるわ。持ってきた武器で戦うのは無謀ね。罠を設置しましょう。
俺たち三人は廃材で作った槍を持ってきている。
剣術の心得なんてない俺がエヴェラに相談した結果、
リーチで安全圏をつくれる槍をつくることにしたのだ。
廃材の棒と金属片を加工しただけの、まさに最底辺の武器だった。
名前も付ける気にならなかった。
そんな武器を見て、エヴェラの言うことはもっともだと思った。
俺一人ならまだしも二人に怪我はさせられない。
安全第一。
エヴェラの指示で竹に似た植物から、軽く頑丈でコスト0のカゴ型の罠が完成した。
3人で4時間ほどかけた俺たちの罠は、竹の檻のような見た目をしている。
トラが途中で愚痴っていたが、なんとか完成できた。
内側へ向かってすぼまる漏斗状になっており、入り口は広いが、奥へ進むほど狭くなる構造だ。
入るのは簡単だ。だが出ようとすれば、竹の先端が喉元を刺すように突き出す。
なるほど、これなら逃がさない。
「兄ちゃん、こんなので大丈夫なのかよ?」
サリーが心配そうな顔をする。
罠は丈夫な繊維の植物を何層にも複雑に編み込んでおり、
周囲に8本の固定杭を深く打ち込むつもりだ。
エヴェラが言うには、かなり強いイノシシが暴れても突破は難しいということだ。
「心配すんな。でも罠を突破されたら、あの家まで退避。いいな?」
二人が頷く。
俺たちは村民に状況を説明し、畑に罠を設置。
夜まで村民の家で待機させてもらうことになった。
「来たっ」
俺が言うと、サリーが寝てしまったトラを起こす。
「で、でけー」
俺は、トラの口をふさぐ。
サリーが「シー」とジェスチャーをする。
エヴェラ:思ったより小さめだね。ただあの角は本当に危険よ。
罠の中には、好物である『真っ赤な丸首大根』をこれでもかと入れてある。
一角イノシシは、罠周辺を嗅ぎまわり、何度か迷ったのち、罠の中に入る。
俺たちは顔を見合わせる。
これでもう出ることはできない。
そのことには気づかずに作物を食べているようだ。
「よし!いくぞ」
近づくと一角イノシシは、予想以上にデカい。
鋭い角が一本、まるで槍のように突き出ている。
俺は廃材の槍を握り、トラとサリーに指示を出した。
「常に側面に回って、槍を刺せ。絶対にアイツの前に立つな」
「うん!」
トラがしっかりと槍を握る。
サリーは少し震えながらも頷く。
俺たちに気づいたイノシシが突進を試みる。
しかし罠に絡まってうまくいかない。
俺は槍を構え勢いよく突撃するが、足がもつれて転ぶ。
手を少し切る。不名誉な負傷だ。
エヴェラ:……はあ。いつものユウトね。
一番槍はトラだった。
槍の先端が刺さり、『一角イノシシ』が悲鳴を上げる。
だが、まるで効いていないかのように、いっそう暴れまわる。
続いてサリーがわきから槍を突く。
皮膚は固くなかなか刺さらないようだ。
俺もただこけて終わるわけにはいかない。
槍を手に突撃する。刺さる瞬間に思いっきりグイっと刺し込む。
肉を刺す感触。『一角イノシシ』の豚のような悲鳴。
――ごめん、ごめんな。俺は心の中で謝りつづける。
エヴェラ:ずっと、人間より動物が好きって言ってたもんね……
何度も突き、何度も弾かれ、何度も息が詰まる。
トラの槍が、胸深くに突き刺さった。
それが最期だった。
トラが廃材の槍を掲げ、雄叫びを上げている。
その表情は戦士の顔に見えた。
その目が光っているようにも見える。
初めて会った、あの日。
鼻水だらけの顔で、腹を空かせ、ガリガリに痩せて――
それなのに、たった一つのパンを俺に分け与えようとした、
あの優しい小さな子供。
その成長を俺は確かに見ていた。
◇
俺たちは、村長に報告した。
依頼金の他に、今回の『一角イノシシ』を買い取ってもらえることになった。
この申し出は非常にありがたかった。
この巨体を担いで持ち帰るのは、到底無理だろうと思っていたからだ。
この世界にマジックバッグなんてない。
エヴェラ:魔法ではできるけど。……魔法を使わないチャレンジだものね。
俺:……いや、使えるなら正直使いたいが。
エヴェラ:駄目よ。
俺たちは一部の肉だけはお土産用にもらい、
追加報酬を受け取った。
夜が明けたら、帰ってイノシシ鍋だ。
拠点で待つ三人の喜ぶ顔が浮かぶ。
待ってろよ。
村民の家で朝まで寝かせてもらい、俺たちは帰途につく。
「まあ、なんとかなったな」
魔法を使うこともなく、誰もけがをせず、任務完了。
追加報酬とイノシシ肉まである。
これ以上ない成果だ。
「ああ、これで俺も冒険者デビューだぜ」
トラが吠える。自信がついたらしい。しかし寝癖がひどい。
「はやくイノシシ肉食べたいー」
サリーは変わらず肉食系だ。
俺たちは談笑しながら歩く。
帰り道である森のそばを通りかかると、突如、エヴェラが叫ぶ。
エヴェラ:ユウト!警戒。
俺はトラとサリーに警戒を促す。
ふいにトラの後方にある藪から、けたたましい音が聴こえる。
ドドドドドドドドド
けたたましい音とともに、地面が揺れる。
一直線に向かっている音。
これは。
木々が折れ、『ヌッ』と大きな大剣のような角が見えた。
俺は何も考えず、とにかくトラを突き飛ばした。
トラは角を避けることはできたが、巨体にぶつかり吹き飛び藪に消える。
俺も吹き飛ばされていた。折れた枝や枯葉が跳ね上がる。
吹き飛ばされながらも思考が動き続ける
ーートラどうなった?見えない。
急いで起き上がり、叫ぶ。
「トラァーーーーーーー」
自分でも聞いたことのない大声だった。
その生物は巨大なサイのように見えた。
進行方向にそのまま走り去っていく。
地面の揺れも去っていった。
『一角イノシシ!?』
パーツは同じだがサイズ違いすぎだろ!
辺りには獣の匂いが、風に乗って俺たちに刺さる。
「いてて、なんだよあれ!」
藪の中からひょこりと顔をだし、トラがヨロヨロと起き上がる。
……よかった。
見るとサリーは尻餅をついたまま立てないでいる。
どうやら怖くて腰を抜かして動けなくなったようだ。
……生きてる。
俺は二人の生存を確認し、ほっと胸を撫でおろす。
角が俺の肩をかすめたのか、血が滲む。
今更、痛い。
でも、魔法は使わない。
使わないでやりきるって決めたんだ。
エヴェラ:ユウト、まだ!
先ほど、巨大な『一角イノシシ』が走り去った方向から、
同じ音と砂煙が近づく。
「兄ちゃん、あいつ俺らを狙ってる!」
「逃げるぞ」
俺はサリーを立たせる。
逃げるったってどこに?
木に登る?
あいつの突撃に耐えられそうな木が見当たらない。
どうしたらいい?
横に避け続ける?
あの巨体、あのスピード。
何度も躱せるとは思えない。
エヴェラ:ユウト、よく考えて。ここは使うべきタイミングよ。
そ、そうだよな。
今を生き延びるためだ。
よし、どれを使えばいい?
ドドドドドドドドド
思ったよりも接近が速い。
エヴェラ:ユウト、身体強化Lv15(MP500)
……使え!
一瞬、力が涌く。
あの頃の万能感が少し頭をよぎる。
俺はサリーとトラを両腕に抱え、少し離れた大きな岩の上へ飛び乗った。
だが、まだ安全とは言いがたい。
エヴェラ:氷魔法Lv25(MP4500)、発動許可を!
「やれ! 」
次の瞬間、空中に巨大な氷塊が形成される。
円錐状のそれは、冷気をまといながらゆっくりと回転した。
ひやり、と場の空気が凍りつく。
魔法を見たトラたちの歓声が聞こえる。
下では巨大な『一角イノシシ』が咆哮を上げ、大岩めがけて突進している。
――撃て。
「ギュッン」
氷塊が空気を裂く。
衝撃が肌を打つ。
轟音。
まるで『一角』のようなその氷塊が、容赦なく額に突き刺さった。
巨体が崩れ落ちる。
自身の突撃の威力と合わさったのか、巨大な頭だった場所が
まるごと陥没している。
岩の上でトラとサリーが抱き合い、笑う。
俺は岩から飛び降り、木の枝でつんつんしてみる。
死んだ、よな?
巨体は、昨夜見た『一角イノシシ』とは違い、燃えるような赤い目をしていた。
辺りに獣の匂いが立ち込める。
エヴェラ:死んでるようね。ねえユウト、自分の命が危ない時は迷いなく魔法を使いなさい。あなたが死んだら終わりなのよ? ただ、今回も1か月近い消費。これは重く受け止めて? 危険な仕事をしないっていう選択肢はあるんだからね。
俺:そ、そうだよな……。でもさ、まだ50年近くあるだろ?正直、たった1か月なんて……大したことないよな。
俺は肩の傷を押さえながら、苦笑いした。
まだ、って言葉が、妙に軽く響いた。
エヴェラの気配が、ほんの一瞬、揺らいだ気がした。
エヴェラ:……ユウト。
俺:反省会はまた今度にしてくれ。
エヴェラ:……そうね。また今度話しましょう。
トラたちが駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、すごい! でも……血」
「大丈夫、これくらいなら」
お前らが生きていてよかった。
それなら大成功だよ。
本当に。
俺は自分が震えているのを感じた。
とにかく、これが俺たちの冒険者デビューとなった。
◇
[Internal Log - Memory Slot 78]
ユーザー寿命残量(推定):78.3年
延命ルート継続率: 79% (低下傾向継続)
ユーザー思考傾向:楽観視
誤認識警告:未修正
リスク評価:将来的破綻可能性 上昇
警告表示:保留中




