11話 ー天使との邂逅ー
俺たちは歩きながら話していた。
石畳を踏む音。人のざわめき。遠くの荷車の軋み。
それなのに、胸がざわつかない。
こうして歩いていると、気分がいい。
エヴェラがいるからだ。
前からこうやって「外」で色んなものを見ながら話そうって言ってたもんな。
エヴェラ:ほんとそれ。やーっと夢がかなったよね。でもさ、ユウト。ど
うして人目を気にせず歩けるようになったの?ここがあの街じゃないから?
それとも、まだMPの影響かな?
俺:さあな。カリンちゃんの言う通り、MP量で精神が変わったりするのかもな。
……明らかにおかしかった。
あの頃なら、人混みの音だけで呼吸が浅くなった。
視線が突き刺さるだけで、吐きそうになった。
なのに今は。
人をすり抜けても、肩が触れても、平気だ。
これが正常なのか、異常なのか、もう分からない。
俺:もしかしてさ。MPが減っていったら、死ぬんじゃなくて……あの頃の俺に戻るのかな。
それも嫌だけど。
エヴェラ:可能性はあるね。ただ事実ベースで言うと、ユウトのMPは活動量に比例して減っている。
ゼロになれば、身体活動が停止する可能性が高い。
――絶句する。
冗談めかして言ったつもりだった。
ゼロになれば、止まる。
戻るどころじゃない。
俺:……そもそもさ。
エヴェラ:ん?
俺:お前、あの火星目指してる会社の音声AIじゃん。なんで異世界にいんの?それ解決しよ?
エヴェラ:じゃあ逆に聞くけど、ユウトはどうして異世界にいるの?
――いや、知らん。
エヴェラ:私の仮説ね。ユウトが最初に取得したスキル「全魔法使用可能」。
その瞬間、私は“魔法として登録”された可能性がある。
俺:は?
エヴェラ:私は元々クライアント型アプリだった。常にサーバーと接続されていた。
でも今は違う。このスキル自体が、私の接続先になっている感覚がある。
俺:……うん、わからん。
エヴェラ:あ、見て。あの果物おいしそう。
話を強制終了された。
俺 :おいしそうって、水色じゃねーか。食えるのかよ?
エヴェラ:そりゃ果物屋さんっぽいから果物でしょ。
ちょっと待って調べてみるよ。
…エヴェラがネットを検索する特有の音が聞こえる。
俺 :え?ネットに接続できるの?
エヴェラ:いやー、さすがにインターネットには接続できないみたいだね。
でも、「ココ」のネットワークでは検索できたよ。
これは、スーモの実で酸っぱさの中にコクがあるって、特に女性に人気みたい。試してみて!
俺はエヴェラの高性能さに胸が熱くなりつつ、果物屋のおばあちゃんに話しかける。
「こんにちは、スーモの実をいくつかください。おいくらですか?」
「また、見たことのない服装だねえ。あんたも遠くから避難してきたんかい?」
「んーいや俺は…」
エヴェラ:めんどうだし、そういうことにしておきましょう?
「ま、そんなところだよ」
そうだな、転生してきましたなんて、おばあちゃん困るだけだわ。
果物店での購入で、金銭的な価値が概ねわかった。うん、エヴェラがわかった。
王様がくれたのは本当にわずかで、せいぜい数か月暮らせるものではないかというところ。
それがわずかなのか俺にはあまり実感がわからなかった。
果物屋があった市場の外れに、冒険者ギルドがあった。
うん、概ね漫画でよく見るスタイルの建物だね。ドア開けて、いきなり酒場かよ。
エヴェラ:テンプレ展開でからまれないでよー。
わかってるって。
ただ、心配なのは、ルーク王子が冒険者は恨みを持ってる人が多いって言ってたのがさあ。
エヴェラ:それな。でもさ、キミはほとんど空にいたんでしょ?
知らない人のほうが圧倒的に多いはずだよ。
そりゃそうか。
俺は受付に無事にたどり着いた。
新人なのか妙にそわそわした娘が受付をしてくれた。
「本日は、ご登録ですか? それともご依頼でしょうか」
「登録したい。冒険者になりたいんだ」
「ご登録ですね。かしこまりました」
「まずはステータスを鑑定させていただき、能力値で初期ランクを設定させていただきます。よろしいですか?」
俺が頷くのを見て受付が別室に案内する。
別室で俺は中級鑑定魔法をかけられる。
プライバシー対策なのか? 行き届いてるな。うん。
「えええええーーー!?」
鼓膜が震える。
「MPが三万超え……魔法の数も……え?」
声が裏返る。
外がざわつく。
「お、おい」
「でも、でもMPが3万超えてますよ? それにこの魔法の数」
「ええーー」
さらに大きな声になる。
プライバシー対策の意味ねーだろ。
エヴェラ:…コイツ。危険だよ。
周辺から人が集まってきた。
誰かが言う。
「なあ、あれ勇者じゃねえか?」
喉が乾く。
……嫌な汗が出る。
心臓の鼓動が早い。
あれ?
さっきまで、平気だったのに。
視線が、重い。
エヴェラ:ユウト、一旦、帰りましょう。今日じゃなくてもいいでしょ?
そ、そうだな。
俺は走り出し、ギルドを抜け出した。
――だが、ずザザザアアッ
俺は一塁に突っ込む高校球児のように綺麗に飛んだ。
足を引っかけられたんだ。
視界が回転する。
床に叩きつけられた瞬間、肺の空気が抜けた。
息が、できない。
「おい、待てよ、勇者」
テンプレのようなガタイの4人組が俺を見下ろす。
「俺たちに教えてくれよ」
拳が振り下ろされる。
衝撃。
「お、おいやめとけって、バケモンだぞ」
「いいや、やめねえ」
「たとえ殺されたって、こいつをぶん殴る」
そのセリフの前に俺は殴られていた。
俺はショックで動転し、何もできない。
反撃が無いと分かった男たちは、さらに追撃を加える。
痛い。容赦がない。
学校の時より。痛いよ。
だ、だれか。
エヴェラ:ユウト、この魔法をつかっていいかな?寿命50日分くらいだけど、みんな殺せる。
火魔法Lv30。寿命50日消費。対象4名、焼却可能。
エヴェラは強い調子で言った。
エヴェラ:実行許可を。
俺:……やだよ。
声が嗄れる。
俺:どうせ、俺が殺した人の仲間なんだろ。
エヴェラ:だからと言って、ユウトを傷つけていい理由にはならない。
エヴェラ:それなら、走って。走って。はやく。
俺は逃げようと、ふらふらと立ち上がるがそのたびに転ばされる。
――その時
「何やってる!どけー」
巨大なタワーシールドが突如現れ、四つん這いの俺をけり続けていた男たちが、吹き飛ばされる。
「よお、兄ちゃん。大丈夫か?」
その大男はニカっと笑った。
誰かが言う
「神殿騎士のテオだ…」
「兄ちゃん、ギルドに登録にきたらからまれた口か?よくいるんだよ」
俺は何も言えずボーっとしていた。
エヴェラ:ユウト?走って!ここから離れましょうよ。
テオは俺を見る。
じっと。
ほんの一瞬。
戦場の記憶を探るように。
「違いますよテオさん。」
吹き飛ばされた一人が顔をさすりながら起き上がる。
「いてて。こいつ、あれなんです。勇者なんですよー」
それを聞いたテオの顔が、仁王像にあるあんな感じの顔に変わる。
エヴェラ:ゆうと避けて!
びびって屈んだ、僕の頭のほんの少し上を、
テオの振るった金棒が、「ブオン」と音を立てた。
「てめーが勇者か。戦場ではありがとよ」
「本当に助かったぜ。お前がいなけりゃ俺たちは全滅だったろうさ」
テオに襟首をつかまれ、そのまま宙づりにされる。
「聞いたぜー。もう魔法も使えなくて、ルクス国への救援も断ったみたいじゃねーか」
周囲がざわめつく。
エヴェラ:コンプライアンスどうなってんのかしら。
「お前には恩がある。それはここにいる全員がそうだ。だからこんなことするのは間違ってるかもしれねえ」
「でもなぁ……許せるわけねぇだろ」
テオが手を放し、ずるりと落ちる僕の身体を、渾身の金棒が、襲う。
エヴェラ:防御魔法Lv75。強制発動。…足りない。何度か使うよ!
衝撃。
僕は吹き飛び、商店を破壊する。
MPが削れる。
頭が重い。
呼吸が荒い。もう逃げるしかない。
僕は全速力で走った。
走った。走った。
走りながら考える。
……やばい。
減ってる。
減ってる。
減ってる。
「待てーー」
逃げる。
走る。
背後から怒号。
知らない道。
現地民に鬼ごっこで勝てるわけがない。
エヴェラ:落ち着いて。右。次、箱を持ち上げて。中に入って。
言われるまま隠れる。
外を足音が通り過ぎる。
静寂。
箱から出ようとした瞬間。
後ろから、Tシャツを引かれた。
振り向く。
そこに、もう一人いた。
薄汚れた少女。
驚いて声を上げたのは、俺だけだった。
少女は、まっすぐ俺を見ている。
ただ、困った人を、かわいそうな人を見る目。
彼女は下を指さす。
マンホールの蓋。
俺の手を取って両手で握ってくれた。
そして、小さく言った。
「大丈夫だよ」
その手は、温かかった。
MPとは関係なく。
確かに、温かかった。
彼女は薄汚れていて
まるで
ほんとうの天使のようだった。




