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彼女との出会い

「暗いでしょう。外に出ましょう?」


 鉄格子が開くと、続いて錆びた銀の首輪がガシャンと落ちた。


 この人との出会いは僕の永遠の始まりだった。



「そう、名前が無いの」

「……はい」


 嘘だった。僕は自分の名前が嫌いだった。

 名前が気に入らなったのではない。


「両親はどちらに?」

「知らない。多分どこかの森にいると思う」


 また嘘をついた。両親はどちらも生きてはいない。

 人族が僕らエルフの森を襲った襲撃戦は人間である父親が引き起こしたのだから。


 そう…… と言い少し考えるそぶりをした後、その人間はおもむろにこう言った。


「少し旅をしない?」


 黒い目隠しをした紫髪の女性は恐ろしいほどに美しかった。

 幼い僕でも目を奪われるほどには。




 彼女は未来を救うため旅をしている、と教えてくれた。

 逆にそれ以外のことは全くと言っていい程に自分のことは語らなかった。

 彼女の名前でさえ知ることは無かったのだから。

 

 その人間はいつも不思議で、ミステリアスで、感情が読めず、その殆どの意図を汲めなかったけれど、 どこか温もりがあり、心地よい人だった。

 人間は苦手だったが、その人にはなぜか忌避感を感じなかった。



 彼女とは色々な国を旅した。


 森の中にしかいなかった僕にとって外の世界は輝かしかった。

 

 舌鼓を打つ料理や美しい音楽の旋律。

 森では見かけない様々な人種や見事な工芸品や美術品。

 古代遺跡や四季折々の景色。

 そして文明を築いた様々な魔法の数々。

 全てが新鮮で刺激的だった。


 旅をしながら僕は様々なことを彼女から学んだ。


 初めてのお使いや人助けの仕方。

 魔法の勉強に加え、薬草の調合。

 動物に好かれる方法。

 美味しい紅茶の淹れ方。



 僕らは紅茶を嗜みながら、街行く人の会話に耳を傾ける。


「この町も平和ですね」

「……そうね」


 カチャンと静かにティーカップをソーサーに上品に置く彼女は、どこか遠くを見つめる。

 恐らく視線の先にあるのは恐らくこの町で一番大きい建物であろう時計塔。

 昼を知らせる時の鐘がこの町に鳴り響き、白いハトが一斉に飛び立つ。


「気になる?」

 彼女は真っすぐとこちらを向いていた。

 エルフの女性は美人だと人間はよく言うが、その何倍も目の前の女性は綺麗だった。

 気にならないはずがなかった。


「あの塔はね、私の友達が建てたのよ」


 自分のことのように得意げに話す彼女は、この時ばかりは美しいというより可愛いという言葉の方が似合った。冗談にしてはあまりに稚拙だった。


 彼女はこうして時々下手な冗談を言う。



「その御友人も凄いですね。こんなに立派なものを建てたなんて」

「そうでしょ」


 その時はやけに饒舌で、僕は話半分で彼女の話を聞いていた。

 彼女と仲良く話すような友人がいることさえ知らないし、ましてや彼女は感情の起伏が小さい上に寡黙であるので、お世辞にも友人を作るには難しい性格であった。

 旅に誘ったのは話し相手が欲しかったからかもしれない、と思うほどには。


「……ホントにいるんだから」


 鳴り終えた時計は静かに笑っていた。



 数年が経つと、さすがに彼女についていくつか分かったことがある。


 彼女は器用で多才だった。

 彼女は凄腕の魔法使いで、指一振りで大抵のことは解決した。

 空も飛べるし、火も水も起こせる。

 絵画も料理も音楽も全て一級品だった。

 特に夜に弾くハープの音色はいつも時間を忘れさせた。


 彼女は弱い者の味方だった。

 旅の途中、彼女はいつも困っている人の願いを叶えてやった。

 重い荷物を背負った老人を助け、壊れた橋を直し、折れた人の腕なんかも一瞬で完治させた。

 けれど彼女は常に謙虚だった。決してお礼を受け取らなかった。


 彼女は冗談が下手だった。

 たまにつく嘘はスケールを超えた笑えない冗談ばかりだった。

 しかもそれを淡々というので反応にも困るほどだった。

 特に友人が絡む冗談はいつも斜め上の方向ばっかりのことしか言わなかった。

 今思えば一番人間らしい所だったのかもしれない。

 

「行きましょうか」


 マントに乗りこみ、空を舞う。

 彼女は飛び行く鳥とも会話をする。

 こういうのを粋というらしい。

 彼女の周りには自然と動物が集まった。

「動物に好かれる人はね、その人が徳を積んできた証拠なのよ」

 最後まで僕を庇った母親もいつもそう言っていた。


 結局仲間のエルフたちとは一度も会わなかった。

 散り散りとなってひっそりとどこかで暮らしているのか。

 元の場所で再興しているのか。

 それとも人間たちに襲われていなくなってしまったか。

 彼女なら全部知っている気がした。

 請えば黙って仲間の元に連れて行ってくれる直感さえあった。

 ここで仲間を尋ねるのは躊躇いが無かったと言えば噓になる。


「この世界は好き?」


 些末な迷いは景色と共に吹き飛ばされた。

 時々唐突に質問をしてくるのは決まって僕が思い悩んでいる時だった。

 難色を示していたのであろうか、視線の無い目で彼女は僕をみつめる。

 彼女と旅をして、文化に触れ、自然と戯れ、人道を学び、感情を覚えて。

 そして今こうして二人で空を飛んでいる以上に好きも嫌いもあるのだろうか。

 

 そしてついぞ僕は彼女に問うことは無かった。

 無知は時に幸福をもたらす。

 そうして大きく頷くと、彼女は静かに笑った。


「覚えていて。この外の世界の光景を」


 何を伝えたかったのかわからない。

 単純に彼女の美的感覚を僕に伝えたかったのか。

 それとも仲間の元に帰りたくなったかもしれない僕の後ろ髪を引っ張りたかったのか。

 後者は恐らく考え過ぎだろう。だとしても僕は彼女と旅をするのが好きだったから、このまま死ぬまで永遠に旅をし続けるのも悪くないかもしれない。


 ずっと彼女と旅をしていよう。

 

 その日が来るまで。



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