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継の箱庭  作者: 福猫
6/24

○それは貴女に出会うため

平日更新がんばります。

 待ちわびた彼女の目覚めの瞬間は、いつものアレによって見逃してしまった。


 知らない人間が急に視界に入っては驚かせてしまうかもと考慮し、部屋の隅で大人しくしていようと…………本を手に取ってしまったのだ。

 だってそこに本棚が……たくさん詰まった本が…………。


 抗う術を持たない私はそのまま活字の波に攫われご存じの結果となったわけだが…………。



「またやっちゃいました」


 自分に呆れつつも、彼女のポカンとした表情の愛らしさや、戸惑いながらも返事をしてくれる嬉しさに、クスクスとつい笑いが零れてしまう。

 

 その様子が好印象を与えたのか、おかげさまで驚かれることも怖がられることもなく、無事に自己紹介を終えることができた。


 ただ、どうやら彼女は今日この世界に送られてきたばかりのようで、認識の違いから危うく…………不名誉な……っ……いやいや大丈夫、誤解は解けたのだから。


 彼女のいるソファへ、踏んでしまわないよう気をつけながら腰を下ろし、この世界――継の箱庭について軽く説明を済ませる(詳しく話していると日が暮れてしまうのであとは追々ということで)。

 いよいよお待ちかね、ようやく彼女についての話題へ。


 はじめに私が切り出したような挨拶を、ぺこっと可愛らしいお辞儀付きで見せてくれる。

 とても心の和む挨拶だったが、彼女は少し不安だったようで、こちらをチラリと覗う瞳がそう語っていた。



「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」



 同じように頭を下げてそう返せば、ほっと安心したような表情を見せてくれた。


 ……ただひとつ、困ったなぁと思ったのは。



「――お名前、ないんですよね……? ぜひ貴女を名前でお呼びしたかったんですが……」



 ということ。


 仲良くなるにはまず名前から……そう思っていたのだが(私もまだ呼んでもらえていないのは置いといてください)。



「うーん……じゃあさ、あなたがつけてよ」



 どうしよう、困ったなぁ、何かいい案はないものか…………ひとり考え込んでいた私の耳にとんでもない言葉が届いた。

 少女のような可愛らしい声の主は、とてもいいことを思いついたと言わんばかりの顔でこちらを見ている。


 …………私が? 今、私につけて……と? ……いやいやいや、なんて都合のいいそんなだって、そんなまさか――――



「うん、だってわたしの名前呼びたいって……呼んでくれるんでしょ? そんなこと言ってくれたのあなただけだもの。すごく嬉しいなって、呼んでほしいなって初めて思ったから……あなたが呼びたい名前、つけてよ」



 あぁぁ……神はいたのだ(いやまぁ、いるのは知ってますけど。なんならその辺うろうろ歩いてるの見たことありますけど)。


 聞き間違いでも、都合のいい妄想でもなかった。彼女が望んで発した言葉だった。


 なんて光栄なことだろう。

 初めて私を怖がることなく、逃げることなく、受け入れてそばにいてくれている黒猫(そんざい)だというだけでもう幸せなことなのに、名づけという名誉極まりない使命まで与えていただけるなど…………。


 あぁ、私にとって彼女はまさしく幸運の黒猫――『福猫』なのだ。


 あぁ、あぁ。いったいどんな名前なら彼女にふさわしいだろうか。彼女そのものを言い表せるような、彼女のためにあるような、そんな名前はなんだろうか。

 そんなことを考えながら当の本人(猫)をじっと見つめていると、ストン……とそれは頭に落ちてきた。



「美夜」



 声に出せば、なんとしっくりくるのか。まるで初めからそうだったというように、その名前は彼女そのものだと思った。


 本好きが高じて様々な言語を習得していたが、ここで役立てられるなんて。

 いや、きっとこの日のためだったに違いない。


 ――さて、どうだろうかと伺えば、彼女はとても素敵だと喜んでくれて…………そしてすぐに落ち込んでしまった。

 どうやら自分の容姿……だけでなく、自分という存在に自信がないようだ。

 自分のいいところ、魅力はなかなか気づけないものだから仕方ないのかもしれない。


 そんなことはない。彼女が――美夜がどれほど素敵で輝いていて素晴らしい存在なのかを、私にとってどれほど特別な存在なのかを、どうかしっかり伝わってほしいと言葉を紡ぐ。



「あなたに出会えてよかった。あなたが素敵な言葉をいっぱいくれるから、わたしはおかしくなんてない、わたしはわたしのままでいいんだってそう思えたよ。……本当にありがとう」



 私の言葉を、思いを、そして『美夜』という名前をしっかり受け取ってくれた彼女からのお礼の言葉はとても尊さに満ちていた。


 ――――あぁ、そうか。私がこれまで何匹もの黒猫にすげなくそっぽを向かれ涙を呑んできたのは、彼女に、私だけの特別な黒猫(みや)に出会うためだったのだ。


 きっとそうだと、この出会いに感じた運命と感動に浸っていた。



「――――…………ぃ…………―い…………おーい」



 ――が、幸せな時間を切り裂く無粋な声が聞こえてくる。



「おーい! リュシアンってば、いるんだろー? まーたサボってんのかー?」



 うっすら店の扉のドアベルが鳴ったような気がしたが……そうか、聞き間違いではなかったか。美夜も耳をピクピクさせながら戸惑っている。

 

 …………チッ! 心の中で盛大に舌打ちをして小部屋の扉を開けると、カウンター席に堂々と座る男がひとり。



「お、そっちか……つぅか、やっぱいるんじゃん。お前、また本でも読んでて店のこと忘れてたんだろ? 看板も立ってなかったぞー」



 看板……そういえば立てようと思って出たところで美夜を見つけて連れ帰って…………どこに置きましたっけ?

 そう思ってふと入口を見れば、扉横にぞんざいに放置された立て看板が……裏向きなのがなんだか悲し気に見える。



「看板立ってないなら入ってこないでしょう、普通」


「普通なら……な。お前は居留守の常習犯だろが」


「ぐっ…………うるさいですよ、ヒューゴ」



 気やすいやりとりの彼――ヒューゴはこの店の常連である。

 珈琲の味を気に入ってくれたのもあるが、主には私の所有する本に惹かれて通い続けている。



「珈琲くれ。あと、昨日の続き読みにきた」


「はぁ……本当に貴方は…………」



 不遜というかなんというか。

 えぇまぁ、実際お偉いんですけど。なんといってもこの世界を造りあそばした神の使いで、この世界を管理し我々を導いてくださっている……らしいので。

 

 美夜に説明したなかで出てきた『神の使い』、そのうちのひとりが彼なのだ。

 わかりやすい姿というのは――背中に翼を持ち、額には宝石のように美しい石がついている。翼も石も彼らが属する神によって色や形が異なり、ヒューゴのものはここ――春の庭を司る春の女神を示している。


 そういえば美夜にはまだその辺りのことを話せていないなと思いつつ、彼のリクエストに応えるべく部屋から出て歩き出した私に、なぜだか少し焦ったような声がかかる。



「!? ……お前っ」


「はい?」



 いったいどうしたのかと彼の視線を追うと……私の後ろをトテトテとついて歩く美夜が居た。

 可愛い。



「……お前…………ついに、やらかしたのか……?」


「やらかしたって、いったい何をですか」


「おまっ……だってそれ! そいつ……黒猫って…………誘拐してきたんだろっ!?」



 ……な!?



「お前が黒猫に嫌われて……っていうか、まったくこれっぽっちも相手にされないのはよぉーく知ってるからな。攫って脅して洗脳して…………」


「なんてこと言うんですか!? そんなわけないでしょう! 彼女は、美夜はちゃんと自分の意志でここにいます! …………そりゃあ、最初は店の前で眠ってるところを私が勝手に部屋に運んだんですけど……」


「半分当たってんじゃねぇか」


「うっ……いやいやでも! 目覚めてからは自分の意志で! 無理強いなんてしてません!」



 本当か? なんて、全然信用してない顔で美夜に確認している。



「あ……うん。眠ってる間に移動してたのは知らなかったけど…………目覚めたあとお喋りして、この世界のこと教えてもらって、名前もつけてもらって。すごく優しい人だなって……そばにいると安心するよ」


「っ…………尊い……っ!」



 そばにいると安心する……なんて、最上級の誉め言葉。

 生きてて……いや、生きてはいないけど、ここで暮らしててよかった。転生なんてしなくて本当によかった。


 とても上機嫌になった私は、ヒューゴにおいしい一杯でも淹れてやらないこともないと、豆を選別するべくカウンター奥の作業場へと入っていった。


読んでいただきありがとうございました。

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