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継の箱庭  作者: 福猫
22/24

●看板猫娘の誕生

 新しい服を汚さないように気をつけながら朝食を食べた。

 リューがひと口サイズにカットしてくれてるからそんなに難しくなかったけど、今日の果物も果汁たっぷりで、零さないように口を手で覆いつつ。



「その服、お店の雰囲気にとても合ってますし……お手伝いというか、そのための練習というか……今日からやってみますか?」



 食器を片付けながらリューが提案する。

 言われた言葉が頭の中をぐるーっと回ってようやく着地した。



「やる!」


「ふふ、いいお返事です。それではお店の準備を始めましょうか」



 ついに、役立つ時が来たぞと意気込む。

 リューの後ろについて店まで降りていくと、なぜだか少し体が強張った。



「おや、もしかして緊張してますか?」


「う……たぶん。やっとお手伝いできるんだって思ったら勝手に……」


「そんなに気負わなくて大丈夫ですよ。ゆっくり、少しづつできるようになればいいんですから」


「うん」



 強張った体から力を抜くように深呼吸をしたあと、カウンターの内側へ入っていった。



「食材に関しては私が担当します。在庫の確認や、調理、珈琲を淹れるのも。美夜に手伝っていただきたいのは、お客様への配膳と回収、そして洗浄と片付けです。ゆくゆくは注文をとることも覚えていただけると助かりますが……それは文字の練習をしてからですね」


「うん、わかった」


「一気に言いましたが、今日だけで全てを覚えないといけないわけではありません。ひとつづつ……楽しみながらできることが大切ですから」



 楽しみながら……そういえば、あのお客さんがいっぱいで大変だった時も、リューはずっと優しい空気のままだった。イライラしてる人が出すトゲトゲした空気は感じなかったなぁ。


 あの時はまだこの目じゃなかったから見えなかったけど、きっと笑顔でお仕事してたんだろうな。



「楽しいって思いながらお仕事するのが大事なんだね。うん、覚えたよ」



 よくできましたって褒めてくれたあと、リューは奥の作業場を一通り見て回り、流し台ってとこで食器の洗い方を教えてくれた。

 割れやすい物をカチャカチャぶつけないようにとか、重ね方とか、それからもし割れたときは慌てて触らないとか。

 練習にとお皿とカップをひとづつ洗わせてもらった。お水で濯いだあとに汚れが残っていないか確認して、隣の乾燥場へ伏せる。



「これは乾いたら食器棚へ片づけるとして……次は配膳の練習です」



 カウンターへ戻ってお盆を渡された。



「このお盆に食器を載せて運びます。滑り止めつきなのでそんなに動かないと思いますが……中身は別ですので、ゆっくり丁寧に運びましょう」



 そう言うと、リューは食器に珈琲豆を少し載せる。

 豆を零さずにお盆へ載せるよう指示され、載せたあとはそのまま一番遠い席まで歩く。

 そしてテーブルへ置き、また回収してカウンターへ戻る。

 なるほど、空の食器よりわかりやすいなと思った。何せ豆が皿の上を滑る。

 食器を斜めにしないように運ぶ練習にピッタリだった。



「ここまでは問題なし、ですね。美夜は覚えが良くて助かります。あとは実践あるのみですから……お店、開けましょうか」



 リューと一緒に看板を出しに外へ出ると、今日も気持ちのいい青空が広がってる。

 頑張れ! って自然が応援してくれてるみたいだ。



「あぁ、そうだ。大切なことを忘れていました。」


「どうしたの?」


「お客様が来られたら笑顔で『いらっしゃいませ』、帰られるときは『ありがとうございました』と挨拶しましょう」


「挨拶は大事……だもんね」


「えぇ、そうです。何事も挨拶から、ですね。さて、今日一日よろしくお願いします」


「うん、楽しく頑張る!」



 いよいよ開店だ……と、ドキドキしてたけど……お客さんがすぐに現れることはなかった。

 硬く絞った布巾でお店のテーブルを全部拭き終わっても、リューが奥の作業場でお菓子を作り始めても……まだ誰も来ない。

 静かだねって言うと、いつもこんな感じですよとリューが笑う。

 

 ……あぁ、そうか。



「ヒューゴが来てないんだ」



 わたしの言葉を聞いてキョトンとした顔で何度か瞬いたリューが、少し考えるようなそぶりを見せたあと喋り出す。



「……連日いましたからね。今日は真面目にお仕事してるんじゃないですか?」



 ヒューゴがいないと、リューとのポンポン弾む会話が聞けないからこんなに静かなんだ。

 それに、こんなに静かだと……たしかに読書が捗りそう。


 そんな考えが顔に出ていたのか、リューがわたしでも楽しく読めそうな絵本や童話の本を出してきてくれて……もちろん黒猫が出てくるものもあった。



「これはハラハラするような冒険もので、こっちはほのぼのとした森の動物のお話で、それからお勧めなのはこの――」



 ――カランッ。

 本の紹介に夢中になるリューを引き戻すようにドアベルが鳴った。


 ハッと顔をあげ、今日初めてのお客さんを出迎える。



「いらっしゃいませ!」



 元気よく、笑顔を忘れずに。


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