○すっかり忘れていた
予定が変わったのでぼちぼち上げていきます。
買った物をそれぞれ収納していると、とても大事なことを思いだした。
思い出したというよりは思い至ったと言うべきか……いや、そんなことはどうでもいい。
「……………………お風呂とベッド……どうしましょう……」
チェストの中を整理して、美夜の服を入れている時は(可愛い姿を想像するのに忙しかったので)まだ気づいていなかった。
歯ブラシを置きに洗面所へ向かい、バスルームの扉を開けて浴槽を目にしたその時、あ、そういえば何も考えてなかった……と。
お風呂は一緒に入るなら猫の姿に戻ってもらえばいいが、人の姿でひとりで入ってもらうためには、いろいろ覚えてもらうために最低一度は付き添う必要がある。
ベッドは大きめのものを使っているおかげで、人がふたり寝ても広さに問題はない……そう、広さに問題がないのだ。
それに、可愛い寝間着も選んでもらってましたし……美夜も着たいでしょうし……。
……どうしたものか。
「歯ブラシ……置かないの?」
扉を開けたまま考え込んでしまった私に、美夜が後ろから遠慮がちに問いかける。
「あ、すみません。こんなところで止まってしまって」
「ううん、大丈夫。でも、何か困ってるみたいだから……」
「あー……えぇと……お風呂、ひとりで入れるように練習しないとですね……って」
それとなく、今後はひとりでという言葉を伝えてみたら、あまりよくわかっていない顔をしていた。
「お風呂ってひとりで入るものなんだ……」
なんだかシュンと寂しそうな顔をしている美夜に少し心が痛む。
「お年頃の女性は男性と入ることはあまりしないかと。特別な関係なら別ですが……」
「でも、わたし猫だよ? それにリューはわたしにとって特別だから……一緒に入れるね!」
あ、これは……墓穴を掘ったというやつですか。
中身が猫といえど、今は素敵な女性であることを伝えるのはまだいい。
男女の特別な関係が私と美夜の関係とはちょっと違うというのは説明しづらい……。
猫に人と同じ恋愛感情があるのかわからないし。
いや、そもそも。
私にとって美夜が魅力的すぎるのがいけないんだ。
こんな……好みドストライクの女性になってしまって……。
大好きな黒猫が、その面影を残したまま人になった姿なんて、好みじゃないわけがない。
この先、私が美夜に恋愛感情を抱かないとはとても言えない。
いや、もうすでに怪しい……だからこんなに焦っているのだ。
「リュー? リューにとってわたしはそんなのじゃなかった?」
「!? そんなことありません! 美夜は私の特別ですよ」
「本当? じゃあ、やっぱり問題ないよね!」
あぁ、また深く掘り進んでしまった。
「……えぇと、今日はちょっと疲れましたし……練習はまた今度ということで……今日は猫の姿でお願いします。サクッと入っちゃいましょう」
問題はとりあえず先延ばしにしておこう。
そう決めたあと、すぐにふたり分のタオルと着替えを用意して、猫の姿に戻ってもらった美夜と一緒に入浴する。
前日に引き続き、体を洗い始めるとまた夢の世界へ誘われていった美夜の様子に、今日のベッド問題がひとまず解決したと安堵した。
しばらくはこの手で回避していくか……。
私がそんなことを考えひとりでグルグル悩んでいることなど、これっぽっちも知らない黒猫は幸せそうな顔で無防備にお腹を見せている。
はぁ。早く整えて私も寝てしまおう……美夜が起きてしまわないように。
――
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――そして翌朝、私よりも早く目覚めたらしい美夜が、人の姿でベッドの上にいた。
もちろん、裸だった。
「おっ…………!?」
一気に目が覚めた。
できるだけ見ないように目を逸らしつつ、状況を聞いてみる。
「おはようございます……どうしたんですか? そんな姿で……」
「おはよう…………昨日お風呂で寝ちゃったから、パジャマ着れなかった。せっかく買ってもらったのに」
「……そう、ですね……?」
「探そうと思って人の姿になったんだけど、どこにあるかわからなくて……それに、あまり動くとリューが起きちゃうと思って……ここでじっとしてた」
なるほど。
近くにあったら一度自分で着てみようと思ったものの見つからず、私を起こさないようにと考えベッドから出れず。
昨日、着替えとして持って行ったものたちはそのままバスルームのチェストに収納してしまったから……ベッド脇にでも置いてあげればよかったな。
「あのね、リュー。わたし今日はお風呂の練習したい。猫の姿だとすぐに眠くなっちゃうから……ちゃんと起きてられるように、人の姿で入ってみたい」
あぁ、こんなに早く気づかれてしまうとは……いい回避方法を見つけたと思ったのだけれど。
しかし、こんなにやる気になっている美夜に水を差すのも可哀そうだ。
「……わかりました。今日はしっかりお風呂の入り方を覚えましょうね」
「うん! ありがとう、リュー」
「……って、そうじゃなかった! まずは今すぐに服を着てくださいっ」
もうしっかり見てしまったあとだが、一応手で顔を隠す。
……が、そういえばひとりで着られるだろうかと気になって、少し様子を覗った。
昨日一緒に片づけたチェストの中から服を選び出した美夜は、少々ボタンに苦戦しながらも身に着けていく。
モニカさんが試着の際にしっかり着方を教えてくれていたようだ。
完成したのは、ミルクをたっぷりいれた珈琲のような色をした、セーラーカラーのワンピースを着た美少女。
「上手に着れましたね。よく似合っていて、とても可愛いですよ」
「えへへ、ありがとう」
少し照れながら、姿見の前でクルクル確認している様子が微笑ましい。
見惚れるのはこのくらいにして、私もそろそろ着替えなくてはと用意した服は、ほぼいつも同じデザインの白シャツにベストとズボン。
実に喫茶店の主らしい装いだ。
「そういえば、しっかり着込んじゃいましたけど……先に顔を洗う練習をしたほうがよかったでしょうか」
どういうことかよくわかってない顔の美夜を連れて洗面台の前へ行き、服が濡れないようにタオルで覆いながら、洗顔と歯磨きの練習をした。
顔を濡らすことに慣れていないため、最初は怯んでいたが、やってみると水が気持ちよかったのか、何度も顔につけてはしゃいでいた。
その結果、タオルを厚めのものにしておいてよかったと思える惨状になっていたが……。
こうして、着々と人としての生活知識を身に着けていく美夜の成長を嬉しく思う。
ただ、喜んでばかりいられないのは、今度は忘れずに覚えている試練について。
あぁ、今夜のお風呂練習が無事にやり遂げられますように……と。
私は心の中で密かに祈るしかなかった。
読んでいただきありがとうございました。




