○巡り逢う
ストックがあるうちは週二か週三であげてこうかなどうしようかな。
柔らかな風が、庭の花々の香りを連れてそよいでいる。
澄んだ青空がどこまでも広がり、気候も穏やかで過ごしやすい一日になりそうだ。
朝の新鮮な空気を取り込むために開けた窓からは、長く伸びたプラチナブロンドの髪が白銀に輝くほどの、明るい日差しが届く。
ここは町の外れ、生い茂る森を背に建つ少し古びたレンガ造りの洋館、喫茶 chat noir。
本を読みながらお茶が楽しめる……というよりも。店主である私、リュシアン・フォーレこそが珈琲を嗜みながら大好きな読書に没頭している店、といったほうが正しいかもしれない。
それはさておき。
「おっと、読み終わってしまった……そろそろ開けないと」
窓を開け、店の準備を進めるべくカウンター周りを整えていた……………………はず。
しかし、私の手には一冊の本…………いつの間にやらちゃんと席に着いてしっかり読み耽っていた。
少しだけ、一章だけと開いたが最後このとおり、そう簡単に戻ってこられたためしはない。
まぁ、この性分を直す気もないのだから、おそらくずっとこんな調子だろう。
それでも、一応は店主として続けているこの店ももう……何年になるんだったか……………………はて。
まぁ、いいか。
開店と書かれた立て看板を店前に設置すべく、扉を開けたところで黒い塊が目に入る。
「おや、これはこれは」
乱形石材を用いて広めに造られたポーチの真ん中にて。
――すやすやと眠る、黒猫だった。
「ふふ、気持ちよさそうですねぇ。ただ、ここでは少し困るというか……」
客足は決して多くないとはいえ…………扉の前、ど真ん中。
自然と起きるのを待ってあげてもいいのだけれども。
手にしていた立て看板を脇へ置き――――
「んー…………失礼しますね」
微笑んでいるようにも見える顔で眠っている黒猫を、申し訳ないとは思いつつも、移動のために抱き上げた。振動で目覚めることもなく、穏やかな寝息を立てている。
「これも何かのご縁ということで――」
店内に入ってすぐの客席…………ではなく。
ひとつ扉を開けた、私的な小部屋のソファへそっと寝かせる。
なんとなく。
目覚めてサヨナラ、これっきり。それでは勿体ない気がして。
「連れてきちゃいました……」
居住スペースである二階へと続く階段の横。壁に沿って置かれた本棚には様々な本がびっしり詰まっている。それらを心ゆくまで楽しめるようにと設置された、ゆったり広めのソファと、木の温もりを感じる楕円形のローテーブル。
店のカウンターで淹れた珈琲を持ち込み、本を読みながらひと息。それが私の日課――いや、生き甲斐でもある。
そんなわけで。
この部屋は、家の中でも特にお気に入りなのだ。
大きな窓から差し込む光が、ソファの上を優しく包み込んでいる。
青灰色の目をうっとりと細めながら、じぃっと寝顔を見つめる。
……………………何時間でも見ていられそうなほど可愛いと思う。
ほぅ……と、堪らず息が零れた。
「――好きなんですよねぇ…………黒猫」
特に触れることなく中へと入ってきたが、店内やこの部屋……だけでなく、もちろん二階に掛けてある絵画にもポスターにもほぼ黒猫が描かれている。クッションやタペストリー、置物までも黒猫をモチーフとしたものが多数。もちろん食器も。
――そして、忘れてはいけない…………店の名前も黒猫なのだ。
いつからだったか……物心がついた頃にはもう好きだったような気がする。
猫という生き物を可愛いと、好ましいと思っていたところにやってきた『黒猫』という神々しいまでに美しい存在。初めて出会ったときの、目も頭も心臓も撃ち抜かれてしまったあの衝撃は今でも忘れられない。
ただ。その忘れられない衝撃と感動から溢れ出す思いが強すぎるせいなのか、その駄々洩れているオーラが隠せないせいなのか。
とにかく黒猫が寄ってこないのだ。
――その切なさを紛らわすかのように黒猫アイテムを集めた結果がこれである。
そんな、まるで片思いを拗らせた乙女のように悶々とした日々を送っていた私に、突如として訪れたこの機会。
…………逃すわけにはいかない。
そんな思いもあって、この部屋へとご招待したわけだ。
あぁ、はやく瞳の色が見てみたい。しなやかな体で動く様を見てみたい。発せられる声を聴いてみたい。
――そして、その目に私を映してほしい。
…………こういうのがいけないのだろうか。
どうか怖がらず、落ち着いて……逃げずにいてほしい。
嫌わずに…………いてほしい。
――少し不安になってきた。
あぁでも、やはり。
「はやく起きてほしいなぁ……」
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