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継の箱庭  作者: 福猫
14/24

●強い想いは願いとなって

 ひととおり片付けまで終えて、ようやく落ち着いたリューは「さすがに疲れたので、もうお終いです」と、看板を取り込みに行く。

 それについて出るように「俺もそろそろ帰るわ、じゃあまたな」って、ヒューゴが帰っていった。



 気づけばもう夕方だった。



「お疲れ様、リュー」


「ありがとうございます。今日はなんだかすごかったですね……そういえば、黒猫は商売繁盛をもたらすんでしたっけ……美夜のおかげですかねぇ」



 へぇ、黒猫ってそんな効能があるんだ。知らなかった。



「……って、今日リューが大変だったの、わたしのせい!?」


「こらこら、美夜の()()ではありませんよ。()()()って言ったでしょう?」


「でもでも、のんびりできてないし……大好きな読書だって……」



 そうだ、リューから大好きな読書の時間を取り上げちゃうなんて……。

 役に立つどころか、もしかしなくても迷惑なんじゃ……!



「珈琲の香りと味を楽しむのが好きで、読書も好きで、自分の好きなものを他人にも好きだと言ってもらえるのが嬉しくて……だからこういう店をやってるんです。好きなことを仕事にできてとても幸せですよ。……どうしても我慢できないほどに本を読みたくなったら……お店閉めちゃいますから。えぇ、躊躇せず。だから大丈夫ですよ」


「う、うん……そっか。……わたし迷惑じゃない?」


「!? そんなことありえません! もし美夜がいなくなったら……悲しくて……私、悲しすぎて取り乱してっ……ヒューゴに八つ当たりして羽を毟り取ってしまうかもしれません」


「え」


「ふふっ、冗談ですよ。冗談…………半分くらい」


「え」



 わたしを元気づけようとしてくれたんだよね? そうだよね?

 とりあえず、そんなつもりもないけど、勝手にいなくなるのは絶対にやめよう。



「上に行きましょうか」


「うん」



 ――。


 ――――。


 ――――――。



「あ、そうだ」



 寝室の手前半分のスペースを使ったリビングでまったりしてると、リューが何かを思い出したようだ。



「お風呂……どうしましょうか?」



 …………お風呂? 

 お風呂って……いつも美しさに気を使ってるきれい好きな家猫ミケさんが、あれだけはどうしても嫌だとすごい怖いオーラで話してた……あの……お風呂……?


 下の小部屋のものよりも少し固めのソファの上、隣のダイニングキッチンで夕食も終えて幸せ気分でダラリと伸びていた体が、緊張でギュッと縮む。


 あ、ちなみに夕食って言っても量は軽めで。

 そもそもこの箱庭では空腹も満腹もないそうで。あくまでも食事は生前の習慣というか、心を満たすための嗜好品扱いなんだって。

 たしかに、食べ終わったあとお腹が膨れてる感じはしなかった。どこへ消えてくんだろう?


 ……って、今はそんなことはどうでもいいのだ。



「ぁえ……と、お……お風呂……?」


「はい、昨日そのまま寝ちゃいましたし…………もしかして、苦手なタイプですか?」


「えぅ……わかんない、入ったことないから……でもなんかすごくヤバいって聞いて……」


「ふっ、ヤバいってなんですか……じゃあ、一度試してみますか? ここなら平気だと思いますし、どうしてもダメならそれはそれで」



 あー……箱庭現象。そっか、そうか。だったら案外平気なのかも?

 それに……いつかリューのお手伝いをするときに備えて、いろいろ知っておくのも大事だもんね。



「頑張ってみる!」


「ふふ。じゃあ、準備しましょうか」



 リューと一緒にバスルームへ。

 引き出しから取り出した着替えとタオルを洗面台の上に置くと、少しだけ何かを考えたあとリューが手にしたのは、小さな踏み台だった。



「浴槽の中が深いので、これを敷きましょう」



 浴槽に踏み台を入れてお湯を張る。

 湯気が立つ中へ、リューが何やらトロッとした液体を入れると……もこもこもこもこ……泡が! すごくもこもこしてる!

 お風呂、ちょっと楽しくなってきたかも。



「日本式ではないので……といっても、美夜は初めてのお風呂ですもんね」



 日本式……って、お風呂にも種類があるんだろうか。

 リューが少し離れたと思ったら服を脱ぎ始めた。そっか、服着たままお風呂には入らないんだ……ふむふむ。



「さて、入りましょうか……失礼しますね」



 そう言ってわたしを抱き上げ、泡に埋もれた踏み台の上へと置いた。

 そのあとリューが入ってくると、泡がわたしの肩まで上がってきて、ふわふわと温かさに包まれて顔が緩む。



「ふあぁあぁぁぁ……あったかい……気持ちいい」


「お気に召したようで。体、洗っていきますよ」



 リューの手が優しくマッサージするように動いて、眉間をスリスリされたときにはもうとろけちゃうくらい幸せ気分で……なんだか眠くなってきた。



「気持ちいいですか? 美夜…………美夜?」


「ふみゃ……あぃ……」


「おやおや、お眠ですか。ふふ、洗い流しちゃいますね」



 シャワーできれいに洗い流されたあとも、わたしの意識はうつらうつらと船旅中。

 タオルで拭かれて、さらにドライヤーってやつで乾かされて……全部リューにお任せ。

 至れり尽くせり、お姫様気分ってこんな感じかな。



「ふわっふわになりましたね……気持ちいい……」



 割増しで柔らかくなったわたしの毛並みに、リューの撫でる手が止まらない。

 へへ、気に入ってもらえたみたい……でも、そんなに撫でられると……もう……目が……開けてられない……。



「戻ってきましたよ……美夜? …………もうダメそうですね」


「うみゅ……」



 よく覚えてないけど、リューに運ばれて寝室に帰ってきたらしい。

 もう半分以上夢の中なわたしはそのままベッドに寝かされた。

 完全に沈みかける意識を、それでもなんとかつなぎ止める……まだ、やるべきことがあるのを思い出したから。



「おやすみなさい、美夜」


「おゃ…………み……リュー……」



 返事したつもりだけど、ちゃんと言葉にできてたか怪しい。

 瞼ももう重くて開けられないけど、なんとか意識は保ってる。

 今のうちに、早くお祈りしなくちゃ。

 

 ――神様、どうかお願いします。


 いっぱいの素敵をくれるリューに、わたしもいっぱいお返ししたい。

 お仕事を手伝いたい、ひとりで頑張ってるリューの役に立ちたい、支えになりたい。

 そばに居てほしいって、居るだけでいいって言ってくれるリューに、でもわたしは、もっと何かしてあげたい。


 だけど、今のわたしじゃ、わたしのこの体じゃ何もできない。


 リューの淹れた珈琲を運んであげられるような体が欲しい。

 リューにあーんを返してあげられるような、疲れたときにナデナデしてあげられるような、泣いてるときに涙を拭ってあげられるような……。


 リューがわたしにしてくれた、素敵なこと、嬉しいことを、わたしがリューにしてあげられるような、そんな体が欲しい。


 そんなわたしになりたい。


 だから、どうか。


 お願いします。


 神様――――


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