●わたしにできること
「美夜にもちゃんとお出ししますからね」
リューのその言葉に、何が出てくるんだろうとワクワクする。おいしいものかな?
「まぁまぁ、美夜ってお名前なのね。『みぃちゃん』って呼んでもいいかしら?」
「あ、うん。リューがつけてくれたんだよ」
「あら素敵。私クレアと、夫のデイビッドもよろしくね、みぃちゃん」
「うん! よろしくクレアさん、デイビッドさん」
「む……うむ、よろしく……」
おじさん――デイビッドさんは相変わらず口数が少なくて静かだけど、よろしくって言ったあとちょっと空気が柔らかくなった。クレアさんと一緒に居るんだもん、優しい人なんだろうな。
挨拶が済んだタイミングで出された珈琲は、ヒューゴのものとは違う匂いがした。
不思議だなぁって思ってるうちにまた作業場へ潜ってしまったリューが、今度はお盆に小さなお皿をいくつも乗せて戻ってきた。
目の前に置かれたお皿からは甘い香りがする。
皆にそれぞれ配り終えたあと、またお許しが出たのでカウンターに上って覗き込む。
「クッキーです。それと、美夜のミルクにも少し珈琲を混ぜてみました。お口に合うといいのですが……」
「いい匂い……ありがとう、いただきます」
「美夜のおかげでいろいろついてくるからありがてぇ」
「あらまぁ、おいしそうねぇ。いただくわ」
「うむ」
初めての珈琲は、ほとんどミルクなのに香ばしいような気がして、ホロっと苦くて、でもやっぱりミルクの甘味が広がって。ひと舐めしただけなのに口の中が忙しかった。
こっちも初めてのクッキー。サクッとしてて、カリッとしてて、果物とは違った甘いもの。
すごい……鼻から吸った空気がおいしい。
「ふふっ、気に入っていただけたようでなによりです」
「――あっ……うん、すごくおいしいよ! 珈琲もクッキーも」
ハッと顔を上げる。感想を伝え忘れるほど夢中になってしまった。
そんなわたしを優しく見つめるリューと、さらにその様子を微笑ましそうに眺めるクレアさん。
デイビッドさんは黙々と本を読んでて……そういえばヒューゴが静かだなぁ……って隣を見ると、同じく読書中。……本なんていつの間に持ってたんだろう?
それぞれが自由に過ごしながらも静かな時間が流れる店内に、カラン……とまたドアベルの音が届く。
「いらっしゃいませ」
「三人なんですけど……入れますか?」
「大丈夫ですよ。こちらのテーブル席か、そちらの窓のある広めの席がありますが……」
「じゃあ、窓のほうでお願いします」
「では、そちらへどうぞ。ご注文は――――」
一気に人が増えた。
三人組の女性が、入口横の窓のある広い席へと入っていく。
注文を取ったリューがすぐ作業に取り掛かる。
さっきまでの……いや、昨日までの、あのまったりした静かな時間が嘘のように、リューがずっと動きつづけてる。
のんびり気まぐれ営業はどこにいったんだろう。
リューの動きを追うように見回していると、本を読み終えたらしいデイビッドさんと、それを確認したクレアさんが席を立つ。
「私たちはそろそろお暇するわね。お代は……みぃちゃんのそばに置いておくわ。ふふ、それじゃあまた」
「おいしかった……また来る」
「ありがとうございました、いつでもお待ちしています」
クレアさんとデイビッドさんが帰った後、ゆっくりとした入れ替わりではあったが、さらに二組のお客さんが訪れた。
珈琲を淹れては運び、使い終わった器具や食器を洗っては片づける……を繰り返すリューを、心の中で応援しながら見守る。
ただただ……それしかできないから。
「――昨日はわからなかったけど、お店ってこんなに人が来るんだね。……忙しそう」
「まぁ、毎日ってわけじゃねぇけど。……客はゆっくりしてるから落ち着いた雰囲気ではあるが、リュシアンだけ動いてるからなぁ」
「……ひとりで……大変そうだな…………」
何か手伝えたらいいのに。こんなときこそ役に立たなきゃいけないのに。
今のわたしじゃ、ひとりで仕事をこなすリューを見守ることしかできない。
「……どうしたら役に立てるんだろう」
思うだけで何も行動できないのがもどかしくて、つい零れる。
「リュシアンのために……か?」
ポツリと小さく呟いたわたしの言葉は、ヒューゴにはしっかり聞こえていたらしい。
「そう。わたし……リューに素敵なものいっぱいもらってばかりだから、何かお返しがしたくて……お手伝いっていうか、役に立ちたいの…………でも、こんな体じゃ……どうすればいいのかわかんないや」
「ふむ……それは……その姿じゃ難しいってことでいいのか?」
「んー……たぶん、そう……かな。この体じゃリューと同じことできないし」
「なるほどな…………」
何かを考え込むように、顔に手を当てたまま俯き黙ってしまった。
その様子を見つめながら静かに待ちつづけると、ヒューゴがひとつ……信じられないような提案をしてきた。
「神に頼んでみろ」
「え………………えっ!?」
「『絶対』は約束できねぇ、そこはまず知っておいてくれ」
「ぇあ……う、うん」
「美夜がリュシアンのために何かしてぇって想いが真剣なのはなんとなくわかった。あとはその想いの強さと……願いの正当性だ」
「……正当性……?」
「箱庭は死者ができるだけ快適に過ごせるよう管理されてる。皆が同じことに不満を抱えてりゃそれが改善されるほどに……な。個の願いであっても、それが皆の……箱庭のためになるなら叶えられることもある……多くはないが。――つまりだ、美夜の願いが本当にリュシアンのためになって、それが他にもいい影響を与え得るか……不利益を被るやつがでねぇか、箱庭の平和・秩序を乱さねぇかってことだ」
リューのためになればいいって考えてたけど、箱庭全体ってなったらどうなんだろう…………だってこんなの、わたしの我儘だもんね。
「っと、まぁ……最後は脅しみてぇになっちまったけど、そう不安になる必要はねぇよ。なんたって、同じような事例が過去にもあるからな!」
グルグル考えて、だんだん落ち込んでいくわたしに、明るい声が届く。
「え……あるの!?」
「おう! 何件もな。もともとペットだったやつらに多い願いでな……飼い主追っかけてきて、今度は自分が支えてやるんだってな」
「はー……」
「願い事としては珍しくねぇんだが、神の手の空き具合でな……叶うスピードや順番が変わってくるんだ。絶対じゃねぇってのはそういうことも含む」
「……なるほど」
なるほどなぁ……そういえばここ、不思議現象いっぱいの世界だった。
叶うかどうかは神様次第だけど、この体じゃできることほとんどないし……お願い……してみようか。
事例があるのは心強いし、何よりヒューゴのことは信用してる。出会ってまだ少しだけど、良いことも悪いこともちゃんと教えてくれる人(神の使いだけど)だとわかるから。
「ありがとう、今日はお祈りしながら寝ようかな」
「ま、なるようになるさ」
「――貴方たちはまたふたりで楽しそうに…………ずるい」
わたしの悩みが少し明るい兆しを見せ、気持ちも浮上してきたところで、リューの恨めしそうな声が聞こえてきた。
「お? 美夜と話し込んでる間に終わったのか、仕事」
「そうですよ。やっと美夜とお楽しみタイムだと思って来てみれば……ふたりで何やら楽しそうに……」
――いつの間にかお客さんは皆いなくなってた。
読んでいただきありがとうございました。




