聞き取り調査
俺は、しばらくまとまった休みをもらうことにした。「死者の家に行ったからケガレが残ってるかも」、と言えばカンタンに休みが取れる制度は便利だ。
事情通から仕入れた噂によれば、「なよ竹のかぐや姫」とかいう件の女は、竹を取って生活していたという翁とその妻の養女であり、なんの後ろ盾もなかったらしい。というか、はっきり言えば、伝統も作法も知らぬ成金の田舎ジジイとババアと、生まれも血筋も知れぬ女だ。よくも貴族の一員ような顔ができたものだ。
ただただ美しい。その一点で、あの女の噂はこの京の都を席巻した。
山ほどの高貴な男どもが、かぐや姫の元を訪れ、垣間見しようとしていた。が、姫の防備は堅く、取り次ぎも叶わない状況に屈して、次第に訪れる者は減っていった。その中で最後まで残ったのが、五人。
石作皇子。車持皇子。右大臣、阿倍御主人。大納言、大伴御行。そして中納言、石上麿足。誰も彼も朝廷の要人である。
世間では、「五人の貴公子」などとまとめて噂されていたそうだ。
確かに麿足から「恋敵の身分が高すぎる件について」という文をもらったことがあった。ろくろく読んでいなかったが、改めて見ると大変な面々だ。あの気が弱い男が、そんな連中とよく張り合っていたものだ。その胆力だけは認めてやらねばなるまい。
「一人に固執せずとも、よい女は他にもいるだろうにな」
牛車の中で報告の文を読んでため息をつく。牛飼童はふふん、と小馬鹿にしたように笑った。最近コイツ生意気だな。
「カンタンに手に入らないのがイイんでしょう。旦那だって、鷹狩でとんとん拍子に行った日より苦労して獲物をつかまえた日の方が楽しそうにしてるじゃないですかあ。
あ、着きましたよ。大伴大納言のお宅です」
大納言大伴御行は、かぐや姫から「竜の首の玉」を持ってこいと言われていた求婚者だ。死にかけたという噂を聞いたので、その件について詳しく話を聞きたいと文を出したら、思いの外カンタンに会う段取りが整った。
大納言ともなれば多くの訪問者の対応や仕事で忙しそうなものだが、どうやら、正妻と離縁までしてあの女に求婚していたことで、世間からの風が冷たいようだ。命こそあれど、社会的には死んだようなものかもしれない。
取次の者に訪問を告げると、なんと、寝所まで通された。家の中は嫌にガランとしている。正妻どころか、使用人まで出て行ってしまったのだろう。
「失礼いたします。文を出した橘正道と申しますが」
挨拶をすると、布団の塊がにじり寄ってきたので、すわ物怪かと戦闘態勢に入りかけた。
「ああ、中将。このような姿で申し訳ない……。余が大伴御行じゃ。病で床から離れられんのです……」
布団を頭から引っ被った大納言は、弱々しい声で名乗った。床ごと動くことを床から離れられんと言うのかは疑問だが、相手はお偉いさんなのでツッコミは控えておく。
「病とは、例のかぐや姫に関することでしょうか」
俺が尋ねると、大納言は急にガバリと布団を跳ね除けて、立ち上がる。その鬼気迫る勢いに、情けなくも一歩退いてしまった。こちらを睨む目は……いや、睨んでいるように思えただけで、実際にその目は見えなかった。目蓋が鞠のようにポンポンに腫れ上がっている。
「そうとも。あの大悪党の大盗人、かぐや姫のせいじゃとも。余は、あの女の望み通り、竜の首の玉を手に入れようと、自ら海に出たのじゃ。しかし、それ自体があの女のたくらみよ。あの女は最初から余の命を狙っておったのじゃ。いざ海に出たら、この世のものとは思えぬ恐ろしい雷雨。竜の怒りをかったのじゃ」
その後、その航海がいかに大変だったかという話が延々と続いたが、要約すると、潮風に当たりすぎたことと、心身の疲労から眼が腫れ上がってしまったらしい。それを見た者が、「大納言は竜の玉は取れなかったが、目に玉を得たな!」などと揶揄するのが悔しくてたまらんということだった。「まるで不味そうなスモモ」とか言ったやつの頭はかち割って見てみたい。スモモに謝れ。
「噂で聞くに、石上中納言は亡くなったそうではないか。余は命があっただけ運がよかったのだろうな」
突然アイツの名が出てきて、ハッと我に返った。
「そう、そうです。中納言は私の友人で。私は、あのおん……かぐや姫が、友が命を失う原因を作った者が、今も平気な顔をしていると思うと悔しくてならんのです。せめて、」
顔を見てやりたい、と言うのは躊躇われた。俺がカンタンに見られるのならば、スモモがおっさんの目に喩えられることはなかったのだ。
「……せめて、文句の一つでも言ってやろうと」
「やめておいた方がいい。あんな大悪党とは、もう関わらん方がいい。きっと存在自体が物怪のようなものなのだ。人の心を惑わし、騙し、愉悦に浸っておる」
「御忠告感謝いたします、それでも、私にとっては友の仇なので」
キッパリと宣言すると、大納言は再び布団を被って部屋の奥に行くと、何やら書きつけてから戻ってきた。飾り気のない紙を、俺に握らせる。
「かぐや姫の家の周辺を書いておいた。あの周辺の道も、木も、覚えておる。目を閉じれば勝手に浮かんで消えてくれんのじゃ。あの翁は娘には弱いものの、情に訴えれば取り次ぐかもしれん。せいぜい魂を取られないように気をつけよ」
「ありがとうございます」
布団の塊に戻った大納言に礼をして、屋敷を後にした。他の求婚者に話を聞こうにも、大臣やら皇子やらにカンタンに会えるとも思えない。直接敵の棲家に乗り込んでやるとしよう。