敵の家
かぐや姫の住まいは、如何にも中古の物件という感じであった。
あらかじめ文を出しても断られるのは明らかなので、無連絡で直接訪ねることにした。使用人に取次を頼もうと思ったら、爺さん本人が出てきたのは驚いた。この家は人を雇う余裕もないのだろうか。
「申し訳ないのですが、姫は、条件を満たす者以外には誰にも会わぬと……」
訪問者は皆、求婚者だと思っていやがる。噂のことを思えばそれも無理ないが、求婚する気などサラサラない身としては非常に不愉快だった。
「ご安心下さい。私はあの娘に求婚する気はこれっぽっちもありません」
もっとも、どんな顔をしているのかには興味があるのだが。
俺の言葉に、ジジイは気の毒なほど狼狽していた。滅多にない……下手をすると初めてのことなのかもしれない。
「それにしても、見たところ暮らしも楽ではないようですが。娘の意志など無視してさっさと良家に輿入れさせたほうが、老後も安泰でしょうに」
思わず口に出していた。爺さんは困ったように頭をかいた。つけ慣れていないであろう烏帽子が、少し前にズレる。あわやポロリだ。
「それはそうなんでしょうがの。あの子は本当の娘ではないもので……天からの授かり物のような子なんです。だから、難しうて……」
「子はみんなそうでしょう。かの中納言とて、家族にも、使用人にも、友人にも好かれていました」
つい、トゲのある口ぶりでそう言うと、ジジイはハッとした顔をして、両手で顔を覆った。
「恐れ多いことです。まさか、その、あのようなお気の毒なことが」
「……その件について。友が最期にそちらの姫と交わした手紙について直接お聞きしたく参りました。私が友の家に行った頃には、その手紙は遺体と一緒に荼毘にふされたとのことでしたので見ることも叶わず」
「直接」と言うと、ジジイは目を泳がせた。そりゃそうだ。大勢の男が毎日毎日通って、結局姫の肉声を聞けたのは例の五人だけなのだから。
「繰り返しますが。私はそちらの姫に求婚するつもりはありません。ただ、姫に恋焦がれて死んだ友人の最期を知りたいだけなのです。こんなことになるのなら、もっと話しておけば良かったと悔いています。私は、間に人を挟むのももどかしいほどに、一刻も早く、友のことを知りたいのです」
本気で睨みつけていた。頭では、涙を溜めて嘆願する方が、情に訴えるという点では有効だろうとわかっていた。しかし、この家は敵の家である。このジジイにも責任がないわけではない。そう思うと、どうしても、恨みを込めて睨まずにはいられなかった。
ジジイは震え上がるように身震いして、小さな声で「わかりました」と言った。脅迫まがいの方法でも、いよいよ敵との対面が叶う。
心中で密かに気合を入れていると、ジジイがチラチラとこちらを見る。何かと思って少し屈むと、蚊の鳴くような声で囁いてきた。
「……これから見聞きすることは、どうぞご内密に」
「わざわざ声を落とさずとも結構。私は情報にしか興味ありません」
ムッとして言うと、ジジイは安心したようにため息をついた。そして、姫に話を通すとか言って早足で奥に引っ込んだ。よほど姫を世間から隠していたいらしい。そこまで勿体ぶって、実はブスではあるまいな。それではいよいよ麿足も浮かばれんだろうが。
しかし。
ここまで来て姫の一存で帰らされてはたまらないので、俺は大胆な手段を選択した。周囲を見ても他に人がいる気配もなし、証人も少なかろう。
人のいない廊下をずんずんと大股で進む。少々は待った。大げさに咳払いをし、わざと足音を立てれば、顔を隠す時間くらいはあるだろう。それで間に合わぬのならぐずぐずしていた先方が悪い。
「失礼致します。私はじっとしていると苦痛を感じる病なので、足が勝手に動いてしまいました」
奥に進み入ると、ジジイが「ひっ」という声を出した。やはり姫と交渉中だったらしい。几帳の隙間から、女の着物の端がちらりと見えた。
「おや、まだお話は終わっておりませんでしたか? 申し訳な……」
「勝手に動く足をお持ちとは、随分と難儀なさるでしょうね」
俺の言葉を遮った声は、鈴を転がしたような、澄んだ音だった。不覚にも、一瞬思考が止まった。男の言葉を遮るとは、やはりただの女ではない。
「……ええ、蹴鞠の時には活躍する良い足ですがね。ついとも動かれぬ姫にも病を分けて差し上げたいくらいです」
「わたくしにそのような物言いをする殿方は初めてです。それより、今日は求婚にいらしたのではないのでしょう? 本題を」
「おや、思っていたよりも性急でいらっしゃる。有りもしない宝を取ってこいと言うくらいですから、もっと回りくどい言い回しをされるのかと覚悟しておりましたが」
「宝は存在します」
「……は?」
嫌味への予想外の返答に、間の抜けた声が出てしまった。この女、馬鹿なのか?
「……姫は、本気であれらの宝を……火鼠の皮衣だの、燕の子安貝だのをお求めになっていたとおっしゃるのですか」
「その通りです」
あまりにも当然のように言ってのける姫に、驚きも怒りも通り越して途方に暮れた。なんと返したものか言いあぐねていると、姫が言葉を続ける。
「どれも元はわたくしが持っていたものなのですから」
すまん、麿足。お前の最期の手紙よりも先に聞くべきことが出来てしまった。




