《9》
「‥んで? なんでまだ槍剣さんと、お前まで居んだよ?」
必要と思われる装備と、汚れても良いようにジャージに着替えてボイラー室の前に行くと、何故か槍剣さんと唐久多が残っていた。
「『なんで』とはご挨拶だな? 白井会長が言ったはずだ。『執行部の者が同行すればいい』と」
唐久多は眼鏡をクイッとあげ、いつもの嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「ボイラー室は別に立ち入り禁止区画じゃねぇから、ついて来なくてたっていいだろ」
「君がせっかくのチャンスをフイにしないように、残ってやったんだよ」
「はぁ…、そりゃどーも…」
要するに『監視』という訳か。
調査中に口出しされては堪ったもんじゃないが、仕方がない。
それならそれで、このまま『グゥ』の音もだないような成果を見せ付けてやるまでだ。
「何やオモロそうやからナ。ウチも協力したルわ」
「うんうん。調べごとなら一人より二人。二人より四人だね。二人とも、頼りにしてるよ?」
「白井会長の頼みとあらば、喜んで」
「力仕事ならまかしとキ!」
臨時とはいえ、調査員が増える事は確かにありがたい。
唐久多も妖子のいう事なら二つ返事で聞くだろう。
「あ~、ゴホン…。それではこれより、学園探索部の活動を始めたいと思います。先ずは…」
「その前に、朝野君」
部長らしく挨拶でもして士気を高めようと思った矢先に、唐久多が言葉を遮る。
「僕が記憶している限り、ボイラー室は既に調査された場所の筈だ。苦し紛れの再調査なら、実績と認めるつもりは無い」
「『苦し紛れ』かどうかは、これを見て判断しろよ。…マリン」
『ハイ、お呼びでしょうか?』
取り出したタブレット端末に呼びかけると、液晶からマリンが顔を出した。
最近のタブレット端末は肉眼で立体映像やAR(拡張現実)を出力できるので、マリンのようなデジタルの存在も、このように現実へ出現させる事が出来る。
尤もアバターデータの編集方法など知らないので、出現したマリンは平面状のままだが。
「マリン連れて来たんだ? こんにちはマリン、直接会うのは久しぶりかな?」
『はい妖子様、お久しぶりでございます。直接対面での会話は一年と三日、十四時間三十一分二十一秒ぶりとなります』
マリンはタブレットの上に全身を出すと、帽子を脱ぎ深々と頭を下げる。
「マリン、昨日のマップデータと案内図を重ねた奴を出してくれ」
『畏まりました』
俺はタブレットを副会長に手渡す。
空中に出現した映像を暫く訝しげに眺めていた唐久多だが、意外と早く案内図との違いに気が付いたようだ。
データ発見者である妖子は補足として、このデータが生徒会と探索部が袂を分かった頃に作られた物だと説明する。
「あぁ、そうだアルト。今日お昼の時に、生徒会の先輩達にも話を聞いてみたけど、やっぱりこのマップデータの事を知ってる人は居なかったよ」
「ますますキナ臭くなって来たな…」
「……確かに興味深い物ではある。しかし僕は、このマップデータの信憑性を問わせて貰う。当時の生徒会が採用しなかったと言うことは、反目した探索部がデタラメなデータを押し付けてきたからでは?」
どうしてこうも、好戦的な聞き方しか出来ないのか不思議で仕方が無い。
しかし、指摘自体は的を射ている。
「副会長、東棟を外から見た時の全長って何メートルか言ってみろ」
「およそ『65.5メートル』だ。学園を統治する立場にある生徒会を甘く見ないで貰いたい」
「正解。なら、内側から見た時の全長は何メートルだ?」
「『内側から』だと?」
「生徒会発行の案内図通りなら、東棟一階は廊下の左側に教室が三部屋と、突き当たりにボイラー室が一部屋、閉鎖されてる階段一本の構成になってる。先月の調査でボイラー室は『20×9の180平方メートル』の広さがある事が解った。ここに一部屋が『10×7の70平方メートル』の教室が並んで、ボイラー室手前に『幅1メートル』の階段がある訳だ。つまり中央の吹き抜けから、東棟の入り口をスタート地点にして、行き止まりまでの直線距離は『合計40メートル』。あとは単純な引き算だろ?」
外観で65.5メートルなのだとして、壁の厚さなどを0.5メートルと仮定して抜いても、内部の全長は『65メートル』無ければ可笑しい。
百歩譲って壁が分厚いのだったとしても、やはり55メートル前後はあって良いだろう。
自分で説明するほどに、やはりこの『25メートルの差』は不自然だ。
「フム…」
言い返してこないという事は、取り合えず納得してくれたようだ。
「さて、改めて今日の活動内容を説明すっぞ? 生徒会に保管されていた古いデータを調べた結果、現行の案内図との相違が確認された。このボイラー室の隣にある『25×20の空間』が何なのかを調べる事が、今日の目的だ。壁なら壁でよし。でも仮に空間だった場合、俺たちは『未開の区画』への侵入を試みる事になる。どんな罠や仕掛けがあるか解らんから、まずは安全の為に、みんなにこれを配る」
俺はリュックから軍手やマスク、ライトなどを取り出し、一つ一つを妖子たちに手渡した。
どれもホームセンターや通販などで買える防災グッズの類だが『市販』と言っても侮るなかれ。
どれも最新式で評価の高い物を厳選している。
その分値段も張るが、卒業した先輩から『メンバーの安全の為に、装備に金は惜しむな』と教えられて来た。
「ライトや笛なんかは解るとしテ…。なんャ? この三角巾みたいなモンは?」
「その三角形は『折りたたみ式のヘルメット』っス。広げるとぉ…、こんな風に被れるようになりますよ」
「ホ~ゥ? ‥って、何やコレ…。こないちゃっちぃモンで、落下物なんか防げるんカ?」
広げたヘルメットのチープさに困惑している。
確かに一見すると、プラスチック製のおもちゃのような外見と質感。
とても頭部を、護るほどの強度があるとは思えないだろう。
「‥いや先輩。これなら大丈夫そうだ」
妖子がなにかに気が付く。
「このヘルメット、『魔術合金』の『オリハリウム』で出来てるよ」
『魔術合金』はその名の通り、魔術的手法を利用して製鉄された金属の総称だ。
中でもオリハリウムは、P・Sや車両の外装にも使われており、最大30トンの物が落ちてきても壊れないと言われている。
「アルト、こっちのカラビナの付いた乾電池みたいな物は?」
「一回使いきりタイプの魔術装置だ。カラビナから強く引っ張ると、P・Sに搭載されてる『エアバック』と同じ泡が出て衝撃を軽減してくれる。腰の部分にでもぶら下げとけ。とは言え、どっちも過信すんなよ? ヘルメットが丈夫だからって、重さと衝撃は体に掛かってくんだし『エアバック』だって発動のタイミングを考えないと無駄になる。所詮は気休めだ。あぁ、あと服が汚れんのも覚悟しとけよ? 特に副会長、その白い学ランはヤバい。本気でついてくる気なら、待っててやるから槍剣さんみたいにジャージに着替えて来い」
「フンッ、心配は無用だ。この程度の活動で汚れるほど、僕は鈍重ではない」
唐久多はそう言うと、我先にボイラー室への扉を開けた。