9話「訓練(遊び)」
仲間の無事を確認して泣いていた少年が落ち着き、安らかな寝息を立てて眠る少年少女たちを綺麗に並べて寝かせるのを待ってから、俺はその少年と相対していた。
場所は外。
まあ中も外も汚いし、なら静かで気の散らない外の方がマシだということで。
そして、さあ話し合おうかと俺が腰を下ろそうとしたとき、少年は素早く地面に伏せた。
あや! 敵か! 俺の索敵スキルは何をしている?!
と、少年の行動に警戒心を抱いて身構えたが……
「ありがとうございました!」
下から聞こえた少年の声に俺は身構えたまま首を傾げた。
いや、言っている内容は分かる。それが何に対しての感謝なのかも。
しかしこんなに簡単にいくものなのか、と俺は感じるのだ。
俺はこいつとこれからのことを話し合い、少しずつ俺をこいつらの心の内へと忍び込ませようと思っていた。
俺の作ってみたい【死の兵隊】は俺を心の底から、神のごとく信奉していないと作れないから。ちなみにそんなものを作りたい理由はただの暇潰しと興味の布石だ。
俺はこの世界で宗教国家でも作ってみたいと考えている。
しかも俺を信奉する国だ。
だが、宗教ってのはそんな簡単なものじゃないと思うし、そのためにはめちゃくちゃ働かないといけないだろう。
だから俺は取り敢えず考えているだけ。やめたくなったら止めちまう程度の考えだ。
そのためにこの話し合いで俺は今回の件を上手いこと表現して、こいつらとしばらく一緒に行動する旨を言おうと思っていたのだ。
だが実際はどうだ。
今俺の眼の前ではあんなに俺を怪しんでいた少年は土下座をして感謝している。
もしかして土下座は格好だけで本心ではないのかもしれないが。
俺が何も言わず考え込んでいると、少年は何を思ったのか激しく頭を地面に打ち付け始めた。
ゴッゴッ、と硬い地面と額がぶつかる音が耳朶を打つ。
「……何やってんの?」
その行動の意味がわからない俺はその行動の意味を聞いてみるが、頭を強打し続けている少年に俺の言葉が届くことはない。
俺は取り敢えずその狂った行動を止めさせようと少年の頭を足で掬い上げた。
突然襲ってきた上向きの力に少年はなす術なく体を持ち上げられる。
そして露わになる擦りむけて血塗れとなった額。
「……何やってんの?」
俺は話を聞ける体勢になったと判断し、もう一度同じ問いを投げかけた。
本当に分からない。いったい何が少年をあんなになるまで動かすのか。
少年はふらふらと揺れながら自分のあの行動の意味を答える。
「……ボクたちは、あなたに命を、助けられた。だから、感謝の、大きさを表すために、自分の体を傷付けた」
「……は?」
「あの格好は命を助けられた時とか、すごく大きな感謝を伝えるための格好。だけど、それでも足りない時、自分の体を傷付けて、こうなってもいい程感謝しているって伝える」
土下座が最大級の感謝を表す、か。
どっちかっていうと謝罪とかそんな側面が大きいと思うけど、まあ文化が違うって話だな。
ていうか、治して助けたのにその行為を無駄にしてまで感謝ってどういうことだよ。
俺は向こうの文化の説明に理解を示して頷く。
「へぇ、そうなんだ。だけどまた治すのも面倒だからもう止めとけー」
しかし理解はしても、納得はしていない。
だから俺は俺の理由によってそれを止めさせる。
「でも……」
「俺が止めろって言ったんだ。命の恩人の言葉は受け止めとけー。それと俺は感謝なんて欲していない」
俺がそう言った瞬間、少年は先程までのふらつきはなんだったのだと言いたくなるほどにピシッと身構える。
そっちが本当のこいつか。
俺はこんな場所でただの子供が生きていけるはずがないと思っていた。
俺の知る世界観ならこんな所にいるガキは人さらいに捕まって売られるか、大きなグループの下で奴隷のように働かされるかのどちらかだ。もちろんそれらは俺の想像の中での話ではあるが。
なのにこいつはあんな大人数の子供を抱えながら独立して生きてこられた。
ならばこんな世界で生きていけるだけの、それ相応の知恵があるのだろう。
俺は本性を表した少年にニヤッと意地の悪そうな笑みを送ると口を開いた。
「俺がお前等に要求すること。それは…………俺にお前等の教育をさせる権利」
「…………え?」
少年は当然のようにどういうことかと目を見開く。
しかし俺の言った内容はそれ以上でもそれ以下でもない。
そのままの意味だ。
俺はこいつらに恩を売り、信用させ、信奉させ、尽くさせる。
その手段が教育というわけで。
少年は一瞬の困惑をすぐに打ち消すと神妙な顔になった。
おそらく俺の言う教育がろくなものではないと思っているのだろう。
あながち間違いではないので言い返すことも難しい。
まあ言われたらそのまま俺の予定を話すだけだ。
そう決めると少年はちょうど決め終わったタイミングでしゃべり出した。
「…………どんな教育をするつもり?」
「暗殺者、というよりはアタッカーだな。戦えるようにする」
「なぜ?」
「暇つぶし。まあ馬鹿貴族の娯楽とでも考えとけよ。どのみちお前らに決定権なんてないんだから」
そう言った次の瞬間、少年が正座の状態から飛び出すように俺の喉元めがけて飛びついてきた。
こいつの中で俺は危険人物扱いにでもされたようだ。不本意なことに。
だが俺にとってこんなガキの攻撃など児戯ですらない。
俺は少年が鳥だそうとしている懐のナイフを一瞬にして奪い去ると死なない程度の力でビンタをする。
首が弾け飛ぶのではないかという破裂音を出しながら少年は近くの壁へと叩きつけられた。
ズサッとゴミの散らかった地面に倒れる少年。
俺は暗殺者のパッシブスキルで音もなく歩み寄ると少年に下級ポーションを振りかけた。
「おい、起きろ」
「ふぐっ」
俺に持ち上げられるように蹴り上げられた少年は壁に背を預ける形で座る。
完全に俺が悪役というか、とんでもないクズだが、まあ異世界転移してきた人らも大体そうだし、そもそも力さえ有ればそれさえ許される世界がこの世界だ。
俺は気丈にも俺を見上げるように睨みつけてくる少年の先ほどの愚行を糾弾する。
「お前さ~、さっきの行動の意味分かってる?」
「…………」
「お前俺にスリを働いた時点で俺に勝てないことくらい分かってただろ? てかわざわざここにくる途中でわかりやすく強さも見せたつもりだったんだけど。なのになんでかかってきたわけ? 馬鹿なの? 俺の評価したお前はやっぱ違ったの?」
「…………」
俺の挑発に少年は何も言わず黙りこくる。
その様子に俺はアホらしいけど、確かに有効かもしれない案を思いついた。
「もしかしてお前、自分が犠牲になってあいつらを見逃してもらおうって思ったわけ?」
「っ」
「はぁ、期待した俺が馬鹿だったわ~、あ~馬鹿だった。お前らが生き残ってこれたのもここらを仕切るボス的な存在が居なかったとか、そういう感じかよ。さっきのもブラフだったってわけだ」
少年はついには何もいえずに下を向く。
なんか、こう、心理戦的なのをちょっと期待しただけに残念感が否めないな。
まあ、もしかしたら俺がこういう反応をするのもこいつの思惑通りなのかもしれないけど。
だが、まあ過程なんてぶっちゃけどうでもいいんだ。
結果は変わらないから。
そして俺はそれをこいつに分からせるためにこれからの予定を話し始めた。
「ま、どうでもいいけどね。結果は変わらない。お前らには起き次第俺の訓練を受けてもらう。内容は至って簡単。どんな手を使っても良いから俺に触れれば勝ち。なお、変わろうとしない奴、怠ける奴は俺が陰から攻撃していくから覚悟するように。以上、お前は今から訓練を開始だね~」
「…………は?」
「ほら、目の前に俺はいるよ~。あ、そうだ、俺に触れる、もしくは俺がお前らの成長を確認でき次第ご褒美をあげちゃおう! 例えばこれ! この短剣はレア度七で、魔力を流せば炎を出せるんだぜ~。ロマンだろ? ちなみに売れば結構な値段にはなる……はず!」
値段の話をするなり少年の目の色が変わる。
しかも少年なりに知識はあるのだろう。異世界ものの定番としてゲーム時代の武器防具は神話の中のものとして扱われることも多い。
特に魔道具なんかはそうだ。めちゃくちゃ貴重だったりする。
少年の反応からしてそんな世界観が正しいだろう。
このレベルの短剣ならドラゴン狩りでゴミほど出てきたからな。なかなかレアドロップしなくてイライラしたもんだよ。
「おっと」
そんなことを考えていると少年が一気に距離をつめて俺の腰へと手を伸ばしていた。
俺がそれをくれる保証なんてどこにもないなんてこと分かっているだろうに。
いや、少年はもう考えることをやめたのかもしれない。疲れたんだな。
そうしている内に反応が遅れるが、その程度の差はあってないようなものだ。
例え一センチの距離から始めたとしても俺はこいつに触れられない自信がある。
それを示すかのように俺はギリギリまで動かず、もう触れると思われたところで一瞬にして少年の背後へと回り込んだ。
前のめりにたたらを踏む少年。
「さあ、絶望的な差を縮める訓練の始まり始まり」
おそらくポカンとしているであろう少年に向けて俺は心底楽しそうに、弾んだ声音でそう言ったのだった。