10話「勘違いで敵対」
訓練の開始からしばらく、少年はずっと俺に触れようと試行錯誤していたが真正面からは無理と判断したらしく、一旦休憩しようとしていた。
自分を限界まで追い込んでもいないのに休憩とは片腹痛い。
俺は休憩なんぞ出来ないようにこいつの行く先行く先にまきびし的なものをまいていく。
これにより少年は普通に歩けばまきびしの餌食になるという状況となった。
なお、これにも意味があり、まきびしがあれば自然と踏まないために摺り足にならざるを得なくなり、しかし摺り足だと足が痛むので少し浮かすこととなる。
そうなると俺の理想となる走り方が出来るようになるのだ。
足を最小限上げて、素早く移動する、走り方が。
この走り方によって足をあげることにより出来る隙を格段に減らし、走っているどの場面からでも違う動作に移れるようになる。
まあこれらすべては俺の想像プラスこのアバターですげぇなと感じたことなので実際に使えるかどうかは分からない。
だが極めれば、まあ、使えるんじゃね? 的な軽い考えでこいつらに教え込むことにした。
所詮暇つぶしだしね。
「ほらほら~、休憩するなら俺の見えないところでしないと~、攻撃しちゃうぞ~」
「うぐっ! くそっ、速すぎるだろ……」
少年は何度か俺のまきびし攻撃にしびれを切らし、足下のまきびしを俺に投げつけてくるも、俺の残像が残るほどのスピードに的を絞れずにいた。
それにしても……すごいな。
俺は少年の足下を見て感心する。
少年は何度かまきびしを踏み、痛むであろう足を気にもせず動き回っているのだ。
時折顔をしかめることから痛みを感じないわけではあるまい。
ようするにこの程度の痛みは日常茶飯事、と。
まだまだこいつを追い込むには足りないのだ、と。
「……………………ふはっ」
そう思った瞬間、俺は嬉しさで思わず笑い声が漏れた。
ならもっと激しくしてもいい。もっと痛めつけていい。もっと苦しくしてもいい。
俺の、いや人間の中に眠る嗜虐心が顔をだす。
俺はアイテムボックスからレア度五の基礎値が高い普通の短剣を取り出すとそれを少年の足下へと投擲した。
まっすぐ飛んでいった短剣は地面に斜めに刺さる。
「おい、それを抜け」
冷静さはあるのか既に摺り足で歩き始めている少年は俺をしっかりと見据えながらゆっくりとしゃがんで短剣を地面から抜いた。
そして短剣を手元に引きつけた格好で構える。
「そう、それでいいよ~。お前は俺のスピードに対応できない。小回りがきくようにして俺の攻撃を捌くんだぞ」
その言葉とともに、俺は少年を死なない程度に痛めつけては回復させるのを繰り返すのだった。
少年が精神的な疲れかぐったりと倒れ込んでしまい、暇になった俺は子供たちの様子を見ようとボロ小屋へ向かっていった。
日は既に傾き、地平線の彼方へと消えようとしていた。
道中は裏路地と言うこともあって、もとより薄暗かったものがほぼ真っ暗で普通なら見えないほどになっている。夜目のある俺には関係ないのだが。
そしてその道すがら、俺はこれからのことについて考える。
正直なところ、現在の俺は完全な行き当たりばったりで動いている。
ゲームのイベントだと思ったから逃げたし、ここが異世界という現実らしいと知ったから身を守ろうと動いたし、手頃な駒を見つけたから育成ゲームでもしようかと子供たちを助けた。
ここがゲームじゃなくて現実だとして、いや例えゲームだとしても俺の目標は何か。
とりあえずここらへんで一度整理せねばなるまい。
まず、注意するべき点として、ゲームだとしても現実だとしても俺は国の者に探されていることだろう。
これに関しては一応ギルド長が通達というか、話し合いで何とかしてくれる…………という算段になっている。
多分無駄だろうけどね。
勇者召喚なんてする国にろくな国はいない。
どうせギルド長の言葉を疑い、かつギルドカードを作成させたことから強大な戦力を自分たちの陣営に引き入れた、とでも言うだろう。
う~ん、流石にこんな単純ではないかな。
ともあれ、俺は密かに狙われているというわけだ。
まだ異世界にきて初日だしそんなに警備とかいないと思うけど。
次に子供たちのことだ。
スラム、子供、飢餓。
あのときスリをしようとして俺と出会ってしまった少年から受けた印象であるこれらの言葉から、【死兵】という言葉を連想した俺は自分のための【死兵】を作ろうとしている。
これから起きているかどうかを確認しにいくところにいるやつらだ。
しかしどうにも俺は失念していたようで、改めて考えてみると子供たちが意識も定かでない頃に助けてもらった人物を覚えているはずもなく、ましてや感謝、恩などあるはずがない。
もちろん、俺が治療したのだと伝えれば多少の感謝や恩を感じてはくれるかもしれない。
しかしそれでは足りないのだ。その程度の感謝では俺のために死んではくれない。
ならどうするか。
恩と感謝を作るしかなかろう。
幸い、俺のスキルにそこそこ育てた召喚系魔法がある。
それで召喚した魔物で子供たちを襲撃して…………
「…………ないな」
ありきたりな英雄っぽい演出を作ってみようと思ってみたが、あれは物語だからこそのものであり、そんな上手く行くとは考えられない。
もしかしたら俺の自作自演だとばれる可能性もあるわけだし。
それによく考えてみると俺の召喚系魔法は暗殺者らしく偵察や文書のやりとりに特化していた。召喚できる魔物の視覚を共有したりとか。
そもそも考えてみると、俺がやろうとしていることはマインドコントロールであり、短時間で行うには難しいことだ。
そして残念なことに俺は飽き性である。
つまりこれは俺に向いていない、もっと言えば不可能なことだ。
…………俺のあまりの見通しの悪さに頭が痛い……この程度のことちょっと考えれば分かることなのに……
となると、俺はここで二つの選択肢が与えられることになる。
一つはこのままとりあえず子供たちを育ててみる。
一つは見捨てて新しい楽しみを探しに行く。
「おっと」
そんなことを考えている内にいつの間にかボロ小屋へと着いていたようで、俺は小さく声を漏らしながら歩みを止めた。
扉は壊れているので止まる必要なんてないんだけどね。
そして一旦自分の中の選択肢を先送りにして、どうしているかな、と中をのぞき込むと、
「とりゃ!」
甲高いかけ声とともに中を覗こうと突っ込んだ俺の頭へと何かが降ってきた。
元気なことだなぁ、と思いながら首を引っ込め、俺は俺を攻撃してきた子供を見やる。
「え?」
「お?」
そいつは俺に不意打ちを避けられたことが想定外だったらしくこちらを驚いたように見ていた。
そして俺もこんなことをするやつがどんなやつかと見てみて、少しだけ驚いた。
そいつは女の子で、六歳か七歳といった年齢に見える。
いや、あの年だと男の子の可能性もあるが、俺にはそう見えた。
「カテフはどこ?!」
驚愕から立ち直ったのか、幼女は誰か――十中八九あの少年だと思うが――の名前を叫びつつ俺へと向き直る。
その手には棍棒と言うには粗末で小さな木の棒が握られていた。
あぁ、俺が不審者だと勘違いされてるパターンね。
俺はこの子の警戒のしようや、身内の心配などからそう結論づける。
全身真っ黒で目元しか確認できないやつなんて不審者以外の何者でもないけどな。
俺は自分の変えられない格好に小さくため息をこぼすと俺を警戒する幼女に言葉を返してやった。
「あ~、カテフ、カテフね~。お前たちの中で一番年上の少年のことか?」
「そうやっぱ知ってる!」
「うん、知ってる。だって俺がお前たちを助けた本人だから」
「……………………ん?」
俺の言葉に疑問点があったのか、幼女は喉に言葉が詰まったような音を発した。
しかし俺を胡乱気な目で見る視線は変わらない。
全く、感謝どころか敵対されるとは…………
俺は『死兵計画』が不可能で、めんどくさいものだと再認識した。
「……じゃあカテフはどこ?」
「ん? あいつはそこらへんで転がってるぜ~。激しい特訓をしたからな」
俺が、ここらへんでばっくれるのも手だな~、と考え始めたとき幼女が質問を重ねた。
それに答えた俺は、流石にここでばっくれるのも後味悪いし適当に育てて弟子TUEEでもするか、と思い直す。
キョロキョロと辺りを見渡す幼女の横を無音で素通りした俺は、やっぱ訓練とか面倒だし適当に魔物の巣とかに放り込んで実践させるか、と考えながら子供たちを蹴り起こすのだった。




