22話「愛着」
ガルドにことを伝え終えた俺は子供たちの待つあの小屋へと戻ってきていた。
目の前には全身を全体的に薄暗い色で包んだ子供たちが各々《おのおの》武器を整備したり自分に出来ることを行っている。
いつも思わされるが、こいつらは一体どこで新たな知識を得てきているんだ? 武器の整備なんて一回も教えてないし見せてないんだが……
まあ、あまり干渉することでもないな、と考え俺は子供たちに話しかけた。
「よし、お前ら話を聞け~」
そういうなり子供たちは一斉にこちらを向いた。
一部のものは作業の手を止めていないのだが、まあ聞けばいいことなので放っておく。むしろ途中で止めたらいけないものだしな。
俺はこちらを向いた子供たちを見て、全員いることを目で確認すると再びしゃべり始める。
「さっきギルド長に今夜あのババアを暗殺しに行くって伝えてきた」
子供たちの顔を見ていくが、誰も驚いたりなどしていない。
そのことに満足感を覚えながら俺は続ける。
「これでお前らの暗殺難易度は劇的に上がったわけだ。通常の警備より備えた警備の方が突破するのは難しいもんなぁ」
俺が難易度の上昇を伝えると子供たちの目に僅かな灯がともる。
やっぱ難しいものを攻略してこそのゲームだからな。
たまにはサクサクやれるゲームが恋しくなるけども。
俺は少しそれた思考を元に戻し、前から伝えようと思っていたことを口に出す。
「それで、俺はこの命令を卒業試験にしようと思っている」
その瞬間、子供たちの目が揺らいだ。
その揺らぎは、どうして、何故という疑問のもの。
俺は感情を感じさせない淡々とした口調で理由を説明していく。
「大きな国の、しかも宗教とか言うキチガイじみた発想を当然のごとく口にする教会の、かなりの重要人物を殺害する。それも相手が万全の状態で、だ。それでお前らが暗殺を成功させたとしよう。これ以上に難しい暗殺がお前らにあるか? 前情報なし、襲撃時期の漏洩、最高機関の守り。まあ、もっと悪い状況を作ろうと思えば作れるが、それでなくとも今回の難しさは普通のものとは比べものにならない。ならばもう俺がお前らに教えることはないだろ?」
俺がそう言い終えると子供たちはしばらく黙り込んだ。
考えていることはなんだろうか。
俺がいなくなることについて? 俺がいなくなったことの後について? 俺がいることによるメリットについて?
まあ、んなもん考えても結局相手の思考なんて推測は出来ても読めるものじゃない。
考えることを放棄した俺は、さて暇になったな~、と適当な場所に横になる。
そして目を瞑ると俺は時間になるまでゆっくりするべく意識を微睡みの中に放り込むのだった。
どれくらい経ったか、俺は不意に俺を害するような気配を感じて目を覚ました。
すぐさま反射のごとく身を起こして地に足をつける。
しかし一向に攻撃が来ないどころか、先ほど感じた俺を害するような気配も消えてしまった。
前も同じことがあったなぁ、と思いながら俺は子供たちへと視線を移す。
「……ごめんなさい。でも話があって」
そういって一歩前に出てきたのは子供たちのリーダー的存在、カテフだ。
こういった起こし方は二度や三度ではないので諦めて、俺はその場に腰を下ろす。
「お~う、いいぞ~。話ってなに?」
「師匠はもう教えることはないって言ったけど、僕たちはそう思わない」
俺はその言葉に適当な場所に固定していた視線をカテフへと向ける。
カテフは真っ直ぐ俺を見据えていた。
「ほう」
俺は挑発するように言葉尻を上げる。
カテフはそれに動じず、彼らが考えたであろう俺を引き留める言葉を吐き出していく。
「師匠は前情報なしって言ったけど、僕たちはまだ情報の集め方とか知らない」
「そんなもん自分で見つけろって。情報源とか地元民のお前らの方が多いだろ~?」
もっともな反論に子供たちは黙り込む。
しかしカテフは粘った。
「…………まだ僕たちは十分に強くは――」
「――五級魔物を一人で殺せるのに?」
だがその粘りも俺の一言で言えなくなる。
五級の魔物というのは五級冒険者の盾、攻撃、回復が一人ずついてようやく倒せる魔物だ。
それを一人で倒せる。
しかもそれは前のように武器に頼ったものではなく、この世界の武器で、だ。ちなみにポーションもなし。
冒険者になってしまえばそこそこ不自由なく、そこそこな暮らしが出来るだろう。
それだけの強さをもってまだ足りない。
上昇志向は良いことだが、そこより上は自分で行くところだ。
自分でいけるかどうか判断し、自分でやり直しのきかない勝負をし、自分で勝ちをもぎ取ってくる。
そうしてより上にいける!
……そんな感じだと思う。うん、メイビー。
ま、ぶっちゃけそんなの知らないけどね。
ただなんとなく、死という絶対の危機感がない状態でならまだまだ強くできるだろうけど、その死がないと危ない気がするんだよ。
完全なる勘だけどね。
だから俺はこれ以上こいつらに教えることはしない。
こいつらのためにならないだろうから。
まあ、最大の理由は同じような【クエスト】を発生させないためだけどね。
また子供たちを鍛えて、また誰かを殺害して、また子供たちを鍛えて………………なんてやってたら前の世界と何も変わらない。
ちょっと物騒になっただけだ。
…………うん、物騒になっただけだ。
てなわけで、俺はもうこいつらとは分かれる。
ずっと一緒にいて多少は情とかあるけど、それもまあキャラへの愛着みたいなものだ。
どうせすぐに忘れる。
だからよぉ…………
「………………そんな顔すんなよ」
俺は俯いて悲しそうな、それで悔しそうな顔をする子供たちを見てそう言った。
この数ヶ月、確かにずっと一緒にいた。
死の淵にいたこいつらを助けて、しかも生きていけるように強くしてやった。
でもそれだけだ…………
「…………ん?」
おいちょっと待て、俺。
俺は自分の考えに強烈な違和感を感じて首を傾げる。
死の淵にいた状態を無償で助けてもらって、生きていけるように強くしてもらえた。
それっていわば、莫大な借金を返済してもらい、その後も普通に生きていけるよう資金と仕事をもらい、かつその仕事に必要な資格までとらせてくれた、ってことか?
魔物のことを考えると、たぶんその仕事もだいぶ資格とかが必要で、待遇の良い仕事だろう。
この世界で俺が行ったことを現代社会に変換して考えてみるとだいたいこんな感じだ。
そして俺はこいつらにそれだけのことをした、と。
…………え、なにそれ、めちゃくちゃ恩義感じちゃうじゃん。
俺は自分がやってきたことがどれだけ恩義を感じさせるか、ここで初めて実感した。
それを実感したところで俺は改めてこいつらを見る。
「……くそぅ、まだ……まだ恩が…………」
「師匠に何も…………」
「…………まだ一撃も当ててないのに……」
「……稼いで師匠に家でも献上するかな…………」
何故悔しいのかと思ったが、俺に何も出来なかったかららしい。
声も聞いてみると、一部違うのも混ざっているが、大抵が俺に何もしてあげられなかったとかそんな感じのものばかりだ。
でもそう考えた上で俺は二つほど疑問に思った。
一つは、俺を呼んだ人物を殺すことで恩を返すことにならないのか、ということ。
俺が望む相手を殺す、しかもそれはこの国にとっておそらくかなりの重要人物を、だ。
それは恩を返せたことにならないのか。
……もしかして俺が卒業試験といったから恩を返すのではなく、やらなければいけないこと、みたいになったのか?
そんなバカな、と思うも考えてみればそういう考えもあるなぁ、と納得してしまった。
……別の言い方にすればよかったなぁ。
そして二つ目は、恩を返せていないなら返せるようにその人の下につくなりすればいいんじゃない? ということ。
さっき例えた仕事と違い、こいつらは一つのところに縛られない。
冒険者はいろんな国にいるし、俺についてくるって選択肢もあるわけだ。
なのに卒業だと言うだけで俺とお別れみたいなこの空気。
…………まさかここにきて異世界語翻訳さんが不調?!
「……………………う~ん」
バカな考えを放り投げ、俺は腕を組んで考える。
言わないと分からないが、おそらく子供たちは俺についてきて恩を返そうと思っている。
なら俺はそれを受け入れるかどうか。
恩は別に受け取ってもいい。
てか恩を受け取らない理由が見あたらない。それを受け取ることで向こうがめちゃくちゃ困るとかじゃない限り。
じゃあそのために子供たちがついてくるのを了承するかどうか。
これについてはぶっちゃけそんなに拒否するほどのものじゃない。
ついてくるならついてくればいいし、ついてこないなら来なくて良い。
ついてきた場合知らずに俺の移動速度が遅くなったりするだろうけど、そこは鍛えてきただけあって普通よりは速いだろう。
「…………よし、決めた」
俺の言葉に子供たちが顔を上げる。
そんな大したことではないが、俺は声を張り上げ、片手を頭上に真っ直ぐのばして決めたことを言った。
「俺について来たい奴挙手!」
『…………………………』
そう言うなりその場に静寂がおりた。
子供たちは俺の言ったことが分からなかったのか、ポカンとしている。
いつでも冷静沈着に、って教えたはずなんだけど。
しばらく続く静寂。
手を挙げているのは俺一人。
正直反応がないのは辛い。実は俺の勘違いだったんじゃないかと思っちゃう。いや、実際はそうなのかもしれない…………
「…………」
俺がだんだんマイナス思考に染まっていき始めたとき、手が挙がる。
シュンッとそちらを振り向けば、手を挙げている獣人の子、ペロが目に入った。
「ししょーには『おんぎ』がある。じゅーじんは受けた恩はぜったい返せ、ってとーちゃんが言ってた」
恩義ってのは返さなければいけない恩って意味なんだけどね。
なんて八歳の子供に追求することはせず、俺は厳かに頷いた。
他に誰かいないか、と見渡すと全員が手を挙げている。
つまり全員が俺についてくるっていうこと。
そうなると思ってはいたが、本当にそうなると少し嬉しいものだな。
ちょっとした部隊みたいだし。
俺は先ほどの落ち込みはなんだったのかというほどの明るい声で、手を挙げた全員を見渡しながら喋り出した。
「よーし、そんじゃそういうことで~。ついてこられなかった奴はそのまま置いてくから、頑張れよ~」
『はいっ!』
子供たちの元気な返事に俺は思わず笑みを浮かべるのだった。




