20話「弟子たちの初めての殺人」
暗闇の中をいくつもの影が駆け抜ける。
それらは木々を飛んで移か動しているのだが、一切の音を立てていない。
スキルの補助や細心の注意によって影たちは無音での移動を可能としているのだ。
「…………」
その影たち――子供たちはアインの命令を遂行するため闇夜の中、森の中を移動していた。
目標は森に住み着いている盗賊。
子供たちにとって初めての対人戦であり、また初めての殺人でもある。
子供たちが森の中を駆け抜けることしばらく、唐突に先頭を駆けていた影――カテフが片腕を横へのばす。
すると、影たちはすぐさま音を立てずに立ち止まった。
全身を真っ黒な布で覆った子供たちはそれぞれ別々の木々の上で立ち止まり、カテフに注目する。
暗闇の中、視認しづらいそれらを確認した先頭のカテフはのばした腕をそのまま前へと向ける。
子供たちはジッと目を凝らしてその腕の先を見た。
子供たちの視線の先には洞窟があった。
蟻塚のように少しだけ隆起した地面に斜め下へと続くように穴があいている。
また、穴の周辺二十mほどは木が取り除かれており、見通しがよくなっている。
そして、その入り口には二人の見張りが気怠げに目の前に広がる森を見つめていた。
彼らはお互いに背を向け合うように立っており、それぞれ洞窟に対して右と左の方へと向いている。
しかし見張りは明らかに警戒心など抱いておらず、ただ言われたことをやっているだけのように見えた。
「…………」
改めて見張りが気を緩めているのを確認したカテフは手の動きで指示を出していく。
盗賊の住処はここで間違いない。
そしてアインにされた命令は盗賊の殲滅。
初っぱなから躓いてなどいられない。
カテフの指示に従って一人の影がカテフへと近寄る。
ピコンと頭頂部に立つ耳と、お尻の付け根から生えている大きな尻尾を持つ影――八歳の獣人、ペロ。
人々に自分の正体を知られないように行動するのもまた訓練だ、などと無茶を言うアインの指示によって幻魔法は解除されていたのだ。
「………………」
「……」
カテフは横にペロが来たことを確認すると改めて指示を出す。
僕は右を殺るからペロは左の見張りを頼む、と。
これは初めてアインから下された命令。
よって失敗は考えられない。
もしここで見張りに感づかれて仲間に知らされたりなどしたら殲滅が難しく、いや不可能となってしまう。
故にもっとも暗殺を巧くやれるであろうペロと、客観的に見て次に巧いカテフが第一の暗殺に選ばれたのだ。
そこまで理解しているのか、ペロは幼いながらに真剣な目でカテフを見ながら頷く。
そして音もなく、一瞬にしてその場から消え去った。
「……ふぅ」
カテフは自分の中にある不安や興奮を吐き出すように小さく息を吐く。
今、ここで必要なものだけを残すように。
人を殺す、ただそれだけを思う冷徹な心へと変貌を遂げるため。
「…………」
息を吐いたカテフは変わる。
その瞳には何も映さず、情さえ捨て、人殺しの目を持った、暗殺者へと。
そしてカテフはただ自分の目標を殺すためだけに、動き始めた。
約十秒後、示し合わせたとおりカテフとペロは目標の始末に成功していた。
カテフとペロの目の前に転がる人だったモノ。
的確に、声を出せないように喉をかっ切られた喉からはまだ暖かいであろう血液がじわぁっと地面に広がり、染み込んでいく。
「…………ぅ」
カテフは心を殺しているため、そんな光景を見ても何も覚えないがまだ八歳のペロは違った。
手に感じる人の肉を切った感触、布越しに嗅ぎとれる濃厚な血の臭い、物言わぬ骸と化した目の前の肉塊。
それら全てが倫理的な忌避感へとつながり、ペロに強烈な吐き気を催させる。
胃の中のものが食道へとさしかかり、ペロが慌てて口に巻いた布を取ろうと手をかけると――
「――ダメだ」
そう言われながら、カテフに布を取ろうとしていた腕を掴まれた。
なんでっ!? と必死の様子でカテフを見上げたペロは、そこで見た深い闇のように底が見えないカテフの目を見て恐怖する。
恐怖で体が動かなくなり、吐き気も消えた。
すると話が聞ける状態になったと判断したのか、カテフはペロに言い聞かせるように喋り出す。
「今の俺たちは暗殺者だ。決して素顔を見せるな。それと動揺しすぎだ。俺たちはこれからたくさんの人を殺していく。そのたびにこうなるつもりか? ならないためにまずは自分の心を殺せ。ただ人を殺す道具となれ。恐怖も不安も興奮も忌避感も絶望も歓喜も、全てを殺せ。いいな?」
いつもと違う、飛び出す直前の獣のように荒々しく、静かな口調のカテフにペロは驚きつつも首肯する。
その様子にカテフは、とりあえず大丈夫、と判断し手を挙げた。
すると森からいくつもの影が飛び出してカテフの下へと集まる。
カテフは洞窟の中の気配を探り、声が聞こえる範囲に人がいないことを確認すると子供たちに向けて改めてこれから行うことを話し始めた。
「いいか、俺たちはこれから人を殺す。余計な感情は捨てろ。俺たちはまだ子供で、殺す覚悟なんて持っていないし、持てない。これは自分の身を守るための行為だ。余計な感情を殺し、今までの訓練通り音を立てず、気付かれず、速やかに目標を殺せ」
カテフの言葉に子供たちはどういうことだ、と目を動かしていたが最後の一文を聞いて己のやることを自覚したようだ。
子供たちはそれぞれ心を落ち着かせ、殺していくように目を閉じる。
そして、再び全員が目を開けた時、そこにいたのはただの子供たちではなく、暗殺者だった。
「…………」
それを確認したカテフはもはや何も言うことはないとでも言うように手を振ることで指示を出す。
目標はすぐそこ。
カテフたちは気配を探りながらそれぞれ速やかに盗賊を暗殺していくのだった。
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「…………結構出来るもんだな」
子供たちを側で見守っていた俺は盗賊が殺されていくこと、そしてそのことが生きている盗賊に気付かれていないことを確認するとそう呟いた。
ちなみに呟きは子供たちではなく、俺に向けたものである。
あんなデタラメな訓練でまさか本当に暗殺紛いのことが出来るとは思わなかったのだ。
しかもなんか殺すことへの忌避感をなくす術みたいなのを得てるし。
いつの間にそんな逞しくなっちゃったかな?
なお、この暗殺者となった体ではなんとなく、どのタイミングでどう暗殺すればいいのか分かるのだが、それは完全に感覚に頼ったものであり、教えられるものではない。
故になんとなく暗殺に必要そうな技能を叩き込んだのだが…………うん、上手くいってよかったよかった。
ともあれ、これでこの前決めたクエストが達成出来そうだな。
「…………さぁて、そこまで恨みはないが俺の生きる目標となってもらいますか~」
――クエスト【自分を呼んだ奴を殺せ】
俺は誰に言うでもなく独り言をこぼすと【影渡り】にてその場を後にするのだった。




