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17話「国について」

 あの森からボロ小屋へ帰ってきた俺たちはまず寝た。

 全員死の淵をずっと渡り歩いていたのだから当然として、俺も七日間ずっと見張りと訓練で疲れていた。

 そんなわけで、みんなして丸一日は休暇としたわけだ。


 そして休暇が終われば訓練の開始だ。

 まず最初の訓練は『無駄な音を立てない』こと。


 これは俺に出された課題を無駄な音を立てずに完遂させることで身につけさせていく。

 例えば掃除。雑巾掛けでも音を立てたらアウト。ハタキでパタパタなんて言語道断。


 もちろん最初は俺が見本を見せた。

 恐ろしいほど無音で綺麗になっていく小屋に子供たちは口をポカンと開けて見ていたのが印象的だ。


 そしていざ子供たちにやらせてみると、当然音は出てきちゃう。

 まず普通に歩くだけで床が鳴る。古ぼけた小屋は老朽化も進んでいたようだ。


 で、当然音を出した者には罰がある。

 カテフが経験したまきびし地獄の中で五十m走だ。


 コースはぐちゃぐちゃ。ぶっちゃけ五十mかどうかも定かではない。

 とりあえず五十mくらいの道をまきびしの中走らせているだけだ。


 そしてついでというか、タイム制限まで俺は設けた。

 五十mを八秒。これ以下で走りきるまで何度も走らせる。

 子供といえど、身体能力は大人どころかアスリート顔負けである。普通に走れば八秒どころか五秒をきれる。


 そう思えば破格のタイムだと思うだろう。


 ちなみに出来ないと騒いだやつらには俺が実際に走って見せてやった。タイムは一秒だった。


 そんな感じで日々は過ぎていき、子供たちはその持ち前の学習能力で次々とスキルを手に入れていった。

 この世界には神か何か知らないけど不思議な力がいて、スキルがあればある程度補助してくれるそうだ。

 努力をしたもの、もしくは天賦の才を持つ者がより高みへと昇れるシステムだな。


 そんな調子で、俺は順調で平和な、なかなかに充実した日々を過ごしていた。




 ある日、俺はふと思い出すことがあり訓練中のエルフと獣人の子に【真の姿(トゥルー)】を唱えた。

 魔法的な何かが壊れ、霧が晴れていくようにあの子たちの本当の姿が現される。


 エルフの子は、エルフらしく濃い緑色の髪と、尖った耳が。

 獣人の子は、狼のようにピンと立った耳と、ふさふさな尻尾が。


「あ、あれぇ?」

「がぅ?」


 現在行っている訓練は障害物競争みたいなものだ。

 全員で俺の後ろをついてくるというもの。


 そんな中で急にまぼろし魔法を解かれたからか、エルフと獣人の子は思わず不思議そうにつぶやいて止まってしまった。


 エルフの子は後ろの方で息も絶え絶えに。

 獣人の子は俺の少し後ろで少しばかり疲れた感じに。


 俺はさっさと七mほどの壁を登り終えると、子供たちが登ってくるのを待つ。

 その間にあのエルフと獣人の子について考えてみた。


 情報収集してみた結果、この国は宗教国家のようだ。

 しかも人間至上主義のようで、エルフや獣人などの他種族を亜人といって差別しているらしい。

 そしてちまたでは、亜人に人権なし、と言われるほどに他種族への弾圧は酷い。

 この国の人間以外の種族は全員が奴隷として生きていることになるほどに。


 だが、当然そのようなことをすれば周りの国や種族から睨まれることとなる。

 だがそれでも国として存在できるのは圧倒的な武力があるからだ。

 それが国の八方にある砦と教会――という名の城――にそれぞれいると言われる聖騎士の存在である。

 彼らは一人で災害を起こせると言われるほどの人物で、そいつらのおかげで簡単に攻められることはないという。


 まあ簡単にまとめて言うと、この国は我を通すだけの武力を持ってるってことだな。


 実に簡潔でわかりやすい。

 ついでにいうと我を通すだけの力を持てば、我を通せるってのも良い。

 実際にこの国で証明されてるわけだし。


 で、俺が気になったのはそんな人間至上主義の国にある町にエルフと獣人の子たちがいたのかということ。

 しかも奴隷ではなく浮浪者として。


「一番ッ!」


 俺の中で一番の謎に挑もうかというとき、ちょうど獣人の子が一番乗りで俺の元へたどり着いた。

 壁を見下ろすと二番目の子とは結構差が開いている。

 まだ慣れないもんだなぁ。


 俺は顔を上げ、嬉しそうに尻尾を振る獣人の子を見る。

 エルフの子は精一杯で魔法をかけ直すことは出来なかったようだ。耳と尻尾が出てしまっている。


「ん? ししょー、どーした?」


 俺が見ていることに気付いて獣人の子はスススッと近寄って見上げてくる。

 音を出さずに動く訓練が身についているようで俺もびっくりだ。


「いや、ちょっと考え事をしててね~」


 俺はそういってキョトンと見上げてくる獣人の子を撫でる。

 俺の体は、手すら布で覆われており、決して人前で剥がれないのであまり撫で心地はよくない。

 しかしさっきよりも尻尾をブンブン振り回し、耳をヘニャァとして笑う様は見ていてとても和む。

 そしてまだしつこく居座っている現実の俺がその笑顔を見て『こんな素直な子に強くなれるかどうかも分からない、俺の暇つぶしで考えた訓練をさせているんだよなぁ』と罪悪感を抱く。

 …………さっさといなくなってくれよなぁ。俺は俺なんだからその罪悪感も伝染してくるんだよ…………


 俺は獣人の子の笑顔を見ていると謎解きがどうでもよくなってきて、さっさと本人に答えを聞こうと口を開いた。

 撫でる手を離したら尻尾が少しだけ垂れ下がったので再び頭を撫でてあげながら。


「なぁ、この国って人間至上主義……あ~、人間が偉い! みたいな雰囲気じゃん。なんでお前とエルフの子ってこんなところにいるわけ?」


 獣人の子はエルフの子よりちょっと大きい九歳くらいの女の子で、話しているうちに難しい言葉はダメだなと気付いた俺は、簡単な言葉で質問した。


 俺の質問に獣人の子は目をつむってムムムッと考える。

 しばらくして言葉を整理したのか、今度は頭を撫でられているため目だけ俺の方へ向けて――いわゆる上目遣いで――話し出した。


「えっとね、ウチとチロちゃんは旅をしてたんだ。でもとちゅーで人間に見つかった。それでとーちゃん(父ちゃん)とウチらの周りにたくさんいたにーちゃんたちが戦ったの。でも人間はすっごくたくさんいて、やばかった。だからとーちゃんがチロちゃんを連れて逃げろって」

「…………」

「とーちゃん、だいじょーぶかなぁ…………」


 そういって獣人の子は目を伏せてしまった。

 そして俺を聞いてしまった俺は町での情報収集の時疑問に思っていたことがだいたいこれで説明されたことを悟ってしまう。


 いろんな人の話を盗み聞きしていると時たまエルフという単語が聞こえたり、フードを深く被った目立たない不審者が影に紛れてうろついていたり、何が起こってんのかな~と思う要素はたくさんあったのだ。


 エルフっていうのは獣人の子が言ったようにチロとやらのことだろうし、フードを被った不審者は生き残りだろう。


 しかも獣人の子の話ではこの二人は結構なお偉いさんの娘達っぽい。

 たくさんの護衛に囲まれて、おそらくお互いの国を行き来してたりしたのだろう。

 その途中でどこかから情報を手に入れた人間に襲われた、と。


 やはり異世界の定番でエルフは高く売れるのだろう。

 そしてちょっと定番から外れてるのは、エルフと獣人の仲が良いってこと。


 俺は俯いたまま撫でられている獣人の子の頭を少しだけ力を入れてクシャっと撫でると手を離した。

 獣人の子はそれを何と勘違いしたのかこちらを見上げて目を潤ませるが、多分彼女の思っていることは違う。

 俺はただ、これから面白いことが起きそうだ、と楽しみにしているだけだ。


 そして、俺が手を離してから数秒後、息も絶え絶えの様子で次々子供達が登り終えてくる。

 いきなり七mの壁は辛かったのだろう。皆手がボロボロだ。

 俺はそんなボロボロの子供達に一人一人傷薬を塗ってやる。

 下級ポーションを使ってもいいのだが、こんなことで使うのはややもったいない気がするので、こちらの世界で買った傷薬を使っていた。


 一人一人の手を取り、痛みで顔を歪める子供達に次々と塗っていく。

 あぁ、こいつは真面目に訓練しているあの子だな。こいつはたまにサボろうとして俺に影から尻をたたかれたやつだ。お、こいつは…………

 そういう風に一人一人、顔と性格を思い出しながら。


「…………」


 そして何人目かにさしかかったとき、俺はあることを思いついてしまう。

 普通は一番最初にやることで、知らないと不便であろうことを。


 とりあえず全員を塗り終えてから、俺はその思いついた――忘れていたことを全員に向けて言った。


「そういえばお前ら、誰?」

『………………』


 今更何、とでもいうような視線がちょっと痛かった…………

 その後、今更ながらお互いの自己紹介をするのだった。

 なお、次の日の訓練はだいぶ厳しくなった模様。











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