13話「教皇」
「とうちゃ~く!」
俺の声に子供たちが右へ左へと視線を泳がせる。
時間は深夜。さらにここは森の奥深く。月の光も巨大な広葉樹林に阻まれてごく僅かにしか届かない。
スキルで夜目が効く俺と違い、子供たちは何も見えていないことだろう。
第一の試練、視覚に頼らず森を生き抜け! なんつって。
俺はここに来てから数秒の間、ずっと落ち着かない子供たちに最後の優しさで声をかけていく。
「はいっ! 落ち着け~。皆手は握ってるだろ? なら皆そばにいる。まずは明かりの確保だな。魔物に気をつけながらなんとかして火をつけよう!」
俺がしゃべり出すと子供たちは次第に落ち着きを取り戻していく。
俺がいることで安堵したのか、はたまたまだ逃げれる可能性を見たからか。
しかし俺はそんな優しくない。
さっきは気まぐれでちょっとした優しさを見せたが、本当の俺は性根が腐ってるクズ野郎だ。
俺はあっさりと子供の一人においていた手を離す。
「え?」
「そんじゃ、皆で力を合わせて頑張るんだぞ~。俺は影で見守ってるからな~」
「近くで守ってくれるんじゃないのかよ!」
「いや? そんなこと一言も言ってないぞ? まあ安心しろって。多少離れてても助けにいけるから。速さとDPSには自信があるからな!」
「そ、そんな…………」
俺の言葉に子供の一人が絶望したような声音で呟く。
しかしその声は不気味なほど音がしない森にとけていった。
俺はそんなすがるような声には欠片もなびかず、スッと音もなく立ち去ると近くの木へと飛び移った。
息を潜めて子供たちの動向に注意を向けていく。
子供たちはしばらく『おーい』とか『黒い人ー』と俺のことと思わしき言葉を投げかけていたが、俺が何も反応しないことに諦めをつけると全員手を繋いだまま作戦会議を始めたようだった。
なお、その声に反応して魔物が数体近寄っていったが、一体をのぞき投げナイフで殺している。
定石通りに進んでいったら膨大な経験は得られないんだよ。
俺はそう思いニヤリと笑うと、わざと残した熊の魔物を見つめるのだった。
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時は遡り暗殺者であるアインが町を脱走した頃。
ギルド長のガルドは様々な書類に目を通し、判断してサインなどしていた。
しかしその手が一瞬止まる。
「ん?」
原因は机の上、視界に入るように置かれた水晶だった。
それは登録されたギルドカードを持つ人物の中でもマークされたものが町に入ったり出たりしたときに赤く光るもの。
ガルドは、全く誰だよ……と呟きつつ秘書を呼ぼうとして…………
「あ! クソッ! アインのやつか! 登録して追跡されてるって知りながら逃走とかマジかよ…………おい! モール!」
「はい、どうしましたガルドさん」
「相変わらず早い……じゃなくて、アインのやつが逃げたぞ!」
ギルド長であるガルドの言葉に秘書のモールは唖然とする。
彼女もガルドと同様に登録した初日に逃げるとは思わなかったのだ。
追跡装置があると知っているにも関わらず。
なお、カードに追跡装置があるなら捨てればいいと思うかもしれないが、ギルドカードは本人の魔力を認識させた時点でギルドカードと持ち主が魔力の糸で繋がれてしまう。
しかもその糸はこの世界では大規模魔法で作られるほどの結界でないと断ち切ることは不可能。
故に例えギルドカードを捨ててもそのギルドカードから本人へと追跡されてしまうのだ。
それを知っているガルドはアインに逃げられはしたものの、そこまで焦ってはいなかった。
せいぜいが国に報告に行ったときにごちゃごちゃ言われ、すぐさま高い階級の冒険者に頭を下げて追跡しに行ってもらう程度のことだ。
だからガルドは落ち着いて今出来ることを考えていく。
「…………まずは確認だな。アインは今どの辺りにいる?」
ガルドが問うとモールは部屋の棚の引き出しにある石版を取り出し、サッサと操作する。
しばらくして、モールは調べがついたのか、困惑気に歪められた顔を上げた。
「…………はい、アインは現在魔国へと通じる森へと向かっております」
「何がおかしい?」
一旦言葉を切ったモールにガルドは素早く次を促す。
なんだかんだ不安なのだろう。
「はい、それが……移動速度なのですが」
「速すぎるのか?」
「いえ、むしろ遅すぎるくらいでして…………もしかしたら何か大きな物を運んでいるのかもしれないと考えます」
その推測にガルドはしばし考え込む。
「…………確か『エグ・マリン』の女共はいたよな?」
モールは頷く。
「女共という言葉が気に入りませんが確かにいますよ。ちょうど休暇も終わり明日から依頼を受けようと言っておりました」
しかしガルドの言葉遣いが気に入らなかったのか、返答はとげとげしい物だった。
だが、それはいつものことなのか、ガルドは気にせず続けた。
「ならばあいつらにアインの追跡を頼もう。階級の設定が難しいが…………俺の攻撃を避けて、お前の【拘束】を一瞬で無効化する奴だ。森の奥深くへと行っても不思議ではあるまい。一応階級を三としておく」
冒険者の階級は十から一まで。
一になるほど強くて信頼の置ける冒険者ということと、そんな依頼を指名されることから、『エグ・マリン』と呼ばれる女たちがどれほど強いか分かるだろう。
「はい、分かりました。『エグ・マリン』の方々に明日、アイン追跡依頼三級を受けてもらうということでよろしいですか?」
「いや、すぐだ。今から行けないか頼んでくれ」
モールはこの命令に眉をひそめた。
これからの時間は仲間と杯を交わし、友好を深めたり情報を交換したり、疲れをとる時間だ。
そんな大事な時間に依頼を持って行くなど非常識だ。
しかしガルドの意見は変わらないようで。
「…………頼む、これを持って行って依頼内容を言ってくれればいい」
そう言って手短に何かを書いた手紙をモールに手渡す。
モールは逡巡していたがガルドがいっこうに手を引かないことを見ると、ため息をついて受け取った。
「高くつきますよ」
「その程度で崩れる友情なのかね?」
「…………」
ギルド長モードのガルドに見事に言い負かされたモールは釈然としない物を抱きながら、『エグ・マリン』の下へと向かうのだった。
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城――正確には巨大な教会――の一室で、教皇は過ごしやすい部屋着になって思案に暮れていた。
思案の種となっているのは当然召喚した勇者についてだ。
教皇は召喚を行った者たちから勇者たちの様子を聞き、さらに自分からも勇者たちに接触することで彼らのおおよその状態を把握していた。
そしてそれらを、魔法や音漏れによる盗聴の心配がない室内だというのをいいことに、声に出して確認していく。
「男の方は今のところ問題ない。アホであるが、演技の可能性を排除しきれない内は要注意とする。女の方も問題ない。状況判断くらいは冷静に出来るらしく下手な反論などはしなかった。こちらがボロを出さないように気をつければよい。あとは…………」
教皇はここで言いよどむ。
眉を寄せ、うなり声をあげつつ頭の中で情報をまとめていく。
しかしどうしても上手くまとめられなかったのか、パタンと背中からベッドに倒れてしまった。
「………………報告にあった黒装束の何か、か。奴だけは何かを知っているような様子であった、と言っていた。かつあの聖堂を一刀両断し、逃亡…………理解不能だ」
だが教皇は既にギルドから黒装束の何かを追跡している旨を聞いている。
さらには元一級冒険者だったギルド長――ガルドの攻撃をなんでもないように避けたことも。
いくら衰えていようと、武器がなかろうと、一級冒険者というのは身体能力が桁違いに高い。特に近接攻撃担当のガルドならなおさらに。
そんな化け物が野に放たれたこと、そして最初の段階でこちらに引き込めなかったことに教皇は激しい後悔をする。
「………………よし、次はどうするか」
だが落ち込むのは数秒だけ。
あまり余計なことに気を割くわけにはいかないのだ。
そして教皇はこれからのことを必死に頭を回して考えていくのだった。




