11話「選択」
「さて、質問のあるやつはいるか?」
全員を蹴り起こして、子供たちのリーダーであるあの少年――カテフをつれてこさせたところで俺は子供たちに俺がなんなのか、何をしたのかを説明した。
最初こそ子供ながら俺を疑っていたが、無理矢理起こされたカテフの言葉を聞くと全員俺に感謝の言葉を言ってきた。
しかしやはりスラムの子供だ。俺に感謝をするものの、何が目的なのか、と全く信用はされない。
これじゃ目的を話しても疑われそうだな~、と半分諦めつつ俺の目的を言えばやはり納得した者はいなかった。
もう無理だ、と諦めた俺はお決まりの言葉で最後を締めくくった。
子供たちの視線が痛い…………思わず捻り潰したくなるよ…………NPC風情が………………
「あの……」
「あん?」
「おい、リーシュ!」
やっぱ適当にドラゴンでも狩りに行こうかな~、とコロコロ自分の意見を変えていると子供の中の一人の女の子がおずおずといった風に手を挙げた。
あまりの信用のなさに心がやさぐれていたのと、質問なんかこないと高をくくっていた俺はまさかの質問に思わず素っ頓狂な声を上げる。
ていうかこっちでも発言する際は手を挙げるんだな。
しかしリーシュと呼ばれた十二歳ほどの少女はカテフに怒鳴られ目を泳がせている。
そしてしばらく目を泳がせていたが、俺が続きを促すように見ているのを察すると口を開いた。
「……ほんとうに、強くなれるの、ですか?」
「おう、なれるなれる」
リーシュの意を決して放った台詞に俺はなんとも軽い調子で答える。
これにはリーシュも疑惑の目で俺を見てきた。
まあ今の俺にはやる気もあまりないし、別にいいけどね。
そんな考えの俺は最初と違い、思ったことを素直にそのままいうことにした。
「しかも死ぬ心配はほぼない。その代わり死んだ方がマシと思えるような目に遭う可能性もあるけどな!」
にやぁ、と笑いながらいう俺はさながら黒幕。
多分本当の黒幕は寿命をほとんど削ったりして主人公たちに対抗できる莫大なエネルギーとかを覚醒させたりするんだろうな~。
「…………それって悪魔との契約ですか?」
自分の脳内で現実で見たマンガなどの知識を反芻していると、リーシュがそのようなことを言ってきた。
どういうことだ、と俺が首を傾げるとリーシュは視線をあちこちに移しながら説明をする。
「だって、命はとらない、とか、死にたくなる、とか、悪魔との契約みたい、だから……」
「へ~、悪魔との契約とかあるんだ。ま、俺の訓練はもっと単純で簡単なものだから安心していいよ~」
森に放り込んで何度も死にそうな目に遭わせるだけだからね。
俺の言葉を受けてしばらく少女は考えたかと思うと、子供たちのリーダーである少年、カテフに向き直った。
「カテフ、私はこの人についていくね」
そして紡がれた言葉にカテフと俺は二人そろって驚いた。
おそらくめんどくさそうな顔をしているだろう俺はその顔を見せて考えを変えさせようかと思ったのだが、俺の顔は人に見せられないと思いだし、断念する。
「…………そうか、元気でね。いつでも帰ってきていいから」
そう言って手を振るカテフ。
なんか俺の思惑とは違う形で話が進んでいくなぁ。
てかこいつらはついていきたい奴だけが来る感じなの? え、そんなの俺は認めないんだけど。
「うん、バイバイ」
「いや、お前らに選択肢は二つしかなんだけど?」
俺は、手を振り返してこちらへ歩み寄ってくるリーシュをよそに、自分たちの世界を作っていた子供たちに現実を叩きつける。
『……………………』
一瞬にして凍り付く空気。
子供たちは困惑をはらんだ目で俺を睨みつけてくる。
だが俺はそういうのを一切気にしないタイプだ。
自分の言いたいことはズケズケ言うし、行動にも起こす。
まあそのせいで学校ではあまり馴染めなかったけどな。おそらく社会ではもっと。
俺は拳を顔の横に持ってきて子供たちに話しかける。
「一つ、俺とは何もなかったことにして一切の関わりを断つ」
そう言って人差し指を立てる。
子供たちは口を挟まずに大人しく俺の話を聞いていた。
「二つ、全員俺についてきて力をつける」
次に中指を立てた。
この二択に子供たちはどうするべきかそれぞれ考え始める。
やはりこんな厳しい環境だと小さな子供でも考える力が付くんだな。
そんなことを考えながら俺はこいつらに一つ目の選択肢を選ばせるために悪いことを連ねていく。
「ま、俺についてくるのは推奨しないな~。なんたって力の代償に死ぬより辛い目にあう……かもしれない……からな~」
もちろん『かもしれない』の部分は聞こえないくらいの声で言った。
そんなことする必要も理由もないんだけどね。雰囲気的にやってみようかな~ってな。
「そもそもこんな全身真っ黒な怪しい人物を信用してついていく方が可笑しいって。奴隷商人とかに売り飛ばされるかもしれないぜ?」
俺はここまで、俺が怪しくて危険な人物だと言ってきた。
しかしそれを言い終えた瞬間、俺がこの場所に来るまでにカテフへ言った内容を思い出してしまった。
俺はカテフに害をなすことはない、と信用させるために金と力を見せてしまっている。
だから今この状況で俺は怪しくて危険な人物ですよ~、とアピールしても今更感がハンパない。
運良くカテフが忘れってくれたりしてくれれば――
「でもそんなことはないって言ってくれたよね? ボクには証拠も見せてくれたし」
――と思っていた時期が俺にもありました。くそぅ。
見事なタイミングで言ってくれちゃって。
そんなカテフの言葉を皮切りに子供たちは次々と大丈夫といえる根拠を立てていく。
ある子供は『わざわざ私たちを治してくれた』といい、違う子供は『寝ている間にさらえばよかったのにしなかった』といい…………
あぁ、結局子供たちの子守をすることになるのか…………いや、自分で一度は決めたことだけど…………そんな面白くなさそうなんだよなぁ………………
そして、俺の落ち込んでいく気分など関係なしに子供たちの意見は固まっていき、
『おねがいします!』
初対面の正体不明な怪しい男についていくことにしたようだ。
いや…………いくらこのままだと同じように荒んだ生活をしていくからって…………人間って変化をあまり好まない生き物じゃなかったっけ……?
俺は大げさにため息をつきつつ肩を下げると、仕方ないというようにこれから行うことを告げる。
「よ~し、分かった~。とりあえずお試し期間ってことで一週間くらいお前らを鍛えてやるわ」
『はいっ!』
はい、とってもいい返事ですね~、やる気に満ちあふれています。
てなわけで、俺に着いていきたくなくなるように心を折りますか。
俺はインを結びながら術の名を詠う。
完全に忍者であるが、俺の心の中では折り合いはついた。ちょっと知識の乏しい運営が忍者と暗殺者をごっちゃにしたのだ。きっと。
「【召喚:黒鳥】」
俺の言葉とともに俺の肩あたりで煙がポンとあがり、同時に重みが生まれた。
チラと肩を見れば俺の肩に真っ黒な鳥――ぶっちゃけカラス――が止まっている。羽を畳んでいるのに結構でかい。
子供たちは突然現れた鳥に少しだけ驚いたように声をあげた。驚いてくれてちょっと嬉しかった俺がいる。くそぅ、単純な俺の心め。
ともあれ、俺がこいつを呼び出したのは子供たちを驚かすためなどではない。
俺は俺の言葉を待つ黒鳥に命令する。
「空から見て弱い魔物が群生している森を探せ。森はそこそこ広い方がいい。時間は十分だ。行けっ!」
黒鳥――カラスは甲高い鳴き声を発しながら翼を広げ空高くへと飛び上がっていった。
羽とかめっちゃついたんですけど……
そして、俺は情報が来るまでその場で目をつむり、直立して待つのだった。




