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「……ってことで、仕切り直して。最初の訓練メニューはこれだ」
そう言っておじさまが取り出したのは、薔薇で覆われた城の上を白鳥が飛んでいる刺しゅうのほどこされたハンカチです。このようなものが二枚も存在するはずはありません。間違いなくわたくしがおじさまに贈ったハンカチです。
贈ったと言いますか、おじさまのポケットにねじ込んだのですが。
それはさておき。
ハンカチを使う戦闘訓練が想像できなかったわたくしは、首を傾げるばかりです。
「おじさまの考えた戦闘訓練とは、どういうものですの?」
「シンプルだけどお嬢様には難しい訓練かもなー」
おじさまは、拾った石で地面に線を描いていきました。
その線はわたくしの周りをぐるりと回り、円の形になりました。
円を描いたおじさまは満足そうに頷いてから、わたくしに訓練内容を教えてくれました。
「今からおじさんが、このハンカチをお嬢様に当てようとする。お嬢様はこの円の中から出ないようにしつつ、ハンカチから避けてくれ。このメニューは『ハンカチ避け』とでも呼ぼうかな」
「先程、難しい訓練だと仰っていませんでした? ハンカチを避けるだけですの?」
「そう、避けるだけ」
「そんなお遊びみたいな訓練で強くなれますの?」
「さっきのお嬢様の訓練よりは、な」
おじさまはそう言うと、ハンカチを構えました。
「おじさんは円の外から腕を伸ばしてハンカチを当てようとするからなー。三分間、頑張って逃げ切ってくれよー」
「分かりましたわ!」
「じゃあ開始。それ」
「きゃっ」
一瞬でした。
おじさまの振り下ろしたハンカチが、わたくしの左腕に当たりました。
三分間逃げ切るどころか、わたくしはたった一度の攻撃すら避けられなかったのです。
「あーあ。これが魔物の爪だったらお嬢様は負傷してるな。がおー」
「もう一度! もう一度お願いしますわ!」
不完全燃焼も良いところのわたくしは、おじさまに再度の『ハンカチ避け』を懇願しました。
おじさまはすぐにこれを了承してくださいました。
「オーケー。じゃあ再開。それっ」
「ああっ、また」
またしても一瞬でした。
おじさまが屈んだと思ったときには、わたくしの右足にハンカチが当たっていました。
「もう一度! もう一度お願いしますわ!」
「別に良いけど、お嬢様の反射神経は鍛え甲斐がありそうだなー」
おじさまはハンカチを構えると、わたくしのことを見ながらニヤニヤとし始めました。
「すでに左腕と右足をやられたお嬢様は、次はどこを狙われちゃうのかなー?」
「次こそは避けてみせます、わっ!?」
おじさまはわたくしのことを見つめたまま、ハンカチをわたくしの左脇腹に当てました。
「ずるいですわ!? 目線はわたくしの顔を見ていましたのに!」
「当然、こういうことをしてくる魔物もいる。相手の視線にばかり気を取られてると危険だぞー」
おじさまは相変わらずニヤニヤとしています。
決闘のときにローランを煽っていたように、この笑いもわたくしを煽るため……ではないように見えます。
おじさまはわざと笑顔を作っていると言うよりも、心から楽しんでいるゆえに笑顔になっているように見えるのです。
「なんだかおじさま、楽しそう?」
わたくしが呟くと、おじさまは自身の顔を触って口の端が上がっていることに驚いたようでした。
どうやらおじさまは、無意識に笑っていたようです。
「面倒くさいと思ってたけど、やってみると案外楽しいかもな。お嬢様を鍛えるのって」
「わたくしの鈍くささが笑えると言いたいんですの!?」
「そうじゃなくてさ。んー、何だろう。頑張ってる若者が微笑ましいと言うか、この先成長するだろう若者の姿を想像すると笑みが零れると言うか」
「わたくしには伸びしろがあるということですの?」
「あはは。伸びしろはあるだろうな。伸びしろだらけだ」
おじさまは笑いながら空を見上げました。
おじさまには、ふとした瞬間に空を眺める癖があるようです。
「今日も空は晴れ渡ってるなー……ああ、だから老兵は後継を育てようとするのか。なんだか腑に落ちた気分だ」
「ろうへい?」
「未来ある若者を育てるのが、おじさんたちの楽しみってこと」
* * *
「もうわたくし、一歩も動けませんわ」
馬車の中でぐったりとしながら、わたくしは嘆きました。
『ハンカチ避け』のメニューをこなした後、おじさまが提案したメニューは『ハンカチ取り』でした。
『ハンカチ取り』の内容は単純明快。おじさまが尻尾のようにズボンから垂らしたハンカチを、わたくしが取るというものでした。おじさま曰く、『ハンカチ取り』は楽しみながら体力をつける訓練なのだとか。
内容はシンプルですが、おじさまからハンカチを奪うのはなかなか難しく……なかなか難しいと言いますか、百年かけてもわたくしにはハンカチが取れないのではないかと軽く絶望をするものでした。
「ではお疲れのアリーゼお嬢様は、明日は路地裏には行かないと言うことで……」
「今のは言葉の綾ですわ! わたくし、明日も路地裏でおじさまの訓練を受けますわ!」
わたくしは身体をぐったりと横たえたまま、ブランカに宣言をしました。
「明日のアリーゼお嬢様は筋肉痛だと思いますが……あの、一つ意見を申しても?」
「おじさまの訓練をやめろという話なら、聞きたくありませんわ」
「いえ、そうではなく……訓練をするなら、もっと動きやすい服を着て、もっと動きやすい靴を履いた方が良いのではないでしょうか?」
わたくしは、靴擦れで痛む足を伸ばしながら叫びました。
「そういうことは早く言ってくださいませー!」




