10話 連合軍総司令部へ
ミィルは格納庫へと来ていた。フローレスの損傷した腕の修理が終わったらしい。〈赤き翼〉ことアルヴィスとの戦闘で左肩や左腕に手裏剣が刺さった状態だったので、貴重な機体を壊してしまったと気が気でなかったが結局は杞憂だった。下からフローレスを眺めているといつの間にか整備班のメイカが現れていた。ミィルはメイカに聞く。
「すごい……完璧に直ってる。帝国の機体なのに部品とか大丈夫だったのか?」
「他人事みたいに言いますねー。片腕を損傷させたのはミィルさんなんですからね。もっと気をつけてくれないと」
「それもそうだ。すんません……けど相手も強くて……生き残れたのは完全にフローレスの性能のおかげだよ」
「あはは。冗談ですよ、気にしないでください。意地悪言っちゃいましたけど、駆動系は無事でしたから。装甲を交換するだけで済みました。軽い怪我みたいなものです」
不意にフローレスのハッチが開き、中から人が現れる。銀髪で中性的な容姿の女性。その人物をミィルは知っている。捕虜のセリア・ウォーロックである。しかも整備班に支給される作業着を着ており、もうずっと昔からメカニックだったかのような馴染み具合だ。
「ミィルさん。いらっしゃったんですね。安心してください。フローレスの調整は終わりました」
「え、あ、ありがとう。いや……それよりなんでセリアさんが整備班にいるんだ……?」
「私が志願したんです。連合軍の力になりたいって。それでフローレスの整備を手伝うことになりました」
「いや、でも……」
セリアは非人道的なやり方も厭わない帝国軍についていけず、連合軍のところへ脱走した。だからと言って、かつての仲間と戦うのは抵抗感があるだろう。整備班なら直接的ではないが、それでも殺める手伝いはしている。ミィルの疑問に答えるようにセリアが話を続けた。
「大丈夫です、ミィルさん。私は私の思う正しいことがしたいだけです。それに捕虜から解放されても行く当てがありませんから。それなら連合軍でミィルさんと一緒に戦うのが最善の道だと思ったんです」
「……そっか。セリアさんが自分で決めたことならいいんだ。一緒に戦ってくれるなら心強いよ」
握手のために手を差し出すと、セリアはミィルの手を強く握った。
その直後に誰かが呼ぶような声がした。声のする方へ向くと隊長のリンドがちょうど格納庫の入り口にいる。フレディも連れている。手を振ってきたのでミィルも手を振り返した。
「よっ、ミィル。機体は直ったみたいだな。俺たちもセリアさんに挨拶しに来た。これからは仲間だからな」
「リンド隊長。フレディも。あ、セリアさんも顔は知ってると思うけど紹介するよ。こっちが俺たちアークルス小隊の隊長をしてるリンド隊長で、こっちのハチマキ巻いてる方がフレディだ」
ミィルの雑な紹介を受けて、セリアが深々と頭を下げる。
「投降したときは受け入れてくれてありがとうございました。あらためて、セリア・ウォーロックと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。俺はリンド・アークルス。一応、小隊の隊長だけどもっとフランクに来てくれていいぜ。堅苦しいことは気にしないタチだからな」
「僕はフレデリク・ノーマンです。フレディって呼んでください。ミィルとは同期で士官学校からの付き合いです。仲良くしてくださいね」
自己紹介を済ませてからも少し話をしたが、セリアはミィルの想像より早く打ち解けている様子だった。それにしてもアークルス小隊の整備班に所属となれば、今度の総司令部行きも一緒ということになる。近々連合軍は大規模な作戦を計画しており、そのために各基地から戦力を集結させようとしている。
詳細を聞かされたわけではないが、おそらくセリアが以前語っていた、帝国軍のルクス計画が関わっているのだろう。地上への攻撃が可能な宇宙要塞を建造し、一方的に攻撃するこの計画。阻止しなければ連合軍は降伏するしかない。
そして宇宙へ上がるには宇宙港のマスドライバーを使うしかないのだが、五つある連合軍の宇宙港は、現在帝国によって全部が占領されてしまっている。おそらく今回の作戦はそのマスドライバーを奪還するためなのではないかというのが、ミィルの予想だった。
果たしてその予想は的中することになる。輸送機で乗機のアクトフレームごと運ばれたミィルたちは、連合軍の総司令部であるティマイオス基地で降ろされた。レイアム基地からはアクトフレーム部隊の隊長であるローウェン・ハーバードを筆頭にミィルの所属するアークルス小隊の他、基地に所属するパイロットの多くが作戦に参加するため総司令部に呼ばれている。
総司令部には300名近いパイロットが集められ、マスドライバー奪還作戦の説明を受けた。五つすべての宇宙港を同時に奪還するのは難しいため、この総司令部からもっとも近い宇宙港、フェンサリル基地を取り戻す。それが今回の目的であるらしい。
フェンサリル基地は総司令部と同じフリムーナ大陸にあり、位置としては大陸西側の沿岸部に存在する。このフェンサリル基地に駐屯しているのは主に帝国軍第2部隊。もっとも海戦を得意としており、無敵艦隊とまで言われるほどだ。
よって基地を攻めるなら陸路に絞られてくる。同じ大陸の総司令部に戦力を集めたのもそのためだ。ただ、陸路から攻めるのに問題となるのがバルダー要塞の存在である。この要塞は帝国がフェンサリル基地を占領してから建造されている。陸を攻めるならまずこの要塞を陥落させなければならない。
当時の連合軍はなぜそこまでして占領した基地を守りたいのか理解できず、首を傾げていたのだが、ルクス計画を知った今なら帝国軍が宇宙を独占したかった理由も理解できる。
マスドライバー奪還作戦において、この要塞を無視して迂回するという手段を取ることもできるだろう。だが、その場合は高い確率でフェンサリル基地の防衛戦力とバルダー要塞の部隊との挟撃を受ける。よってこの要塞を攻略することが、マスドライバーを奪還するための第一歩なのである。
「は~。それにしても、総司令部ってだけあってすごい広いですね。食堂も綺麗だし。ご飯も美味そうだ」
「ミィル、なんかおのぼりさんみたいになってるよ。確かにレイアム基地とは比べ物にならない規模だけどね」
「仕方ないだろ。都会で生まれ育ったフレディさんから見れば、どうせ俺は田舎者だよ」
先頭をハーバード中佐が歩き、他の小隊の面々が続く。リンド、フレディ、ミィルの三人は最後尾だ。向かう先は陸上戦艦。ミィルたちは早速バルダー要塞を目指すことになるわけだ。前にいる中佐からどことなく緊張した空気が伝わってくる。きっと激しい戦いが待ち受けているのだろう。
「ハーバード、久しぶり。貴方、見ない間に随分変わったわね。最初は誰かと思ったわ。もうおっさんじゃない」
陸上戦艦の待つドックへ足を踏み入れるなり、女性が声をかけてきた。ハーバードと顔見知りのようだ。階級章に目を向けるとハーバードと同じ中佐であることが分かる。上官だ。ミィルたちは一斉に敬礼した。
「あはは。みんな丁寧ね。いいよ、別に。私はカイリ・デルフィーニ。ハーバードとは同期なの。本当に久しぶりに顔を合わせたから、嬉しくって声をかけただけよ。だから堅苦しいことは無しにしましょう」
「君は昔とそう変わらないな、カイリ。私はそんなに変わったかな。いや……うん……変わったところもあるが……」
「髪の毛がなくなったわ」
「はっきり言うな。言い淀んだ私の気持ちを察してくれ」
「まあ、禿げてる方が軍人っぽくはあるわ。昔はちょっと格好つけてるなと思ってたから」
ハーバード中佐とデルフィーニ中佐が会話をしていると、また新たな人物が声をかけてくる。精悍な顔立ちの男性だ。階級は大佐。年齢はハーバード中佐とそう変わらないだろう。纏う雰囲気は歴戦のパイロットのそれだ。ハーバード中佐が男性に向かって手を振る。
「アルフレッド、君も来ていたのか。会えて嬉しいよ。総司令部は同窓会でも始めるつもりなのかね」
「やっぱりハーバードだったか。今回の作戦、失敗は許されないからな。少しでも腕利きを集めておきたいのだろう」
その人物のことはミィルですら知っている。アルフレッド・ロダン。連合軍のエースパイロットとして有名である。
三人が会話する様子を後ろで一緒に眺めていたリンドが、ミィルとフレディに耳打ちする。
「凄い光景だ。デルフィーニ中佐もロダン大佐も凄腕のエースパイロットだぞ。まさか直接顔を見る機会があるなんてな」
「忘れそうになりますけど、ハーバード中佐って凄かったんですね……」
「ミィル、それは忘れない方がいいと思うぞ……」
ハーバードが会話を終えたところで、ミィルたちは陸上戦艦に乗り込んだ。格納庫にはアクトフレームが並んでおり、ミィルのフローレスもリンド機とフレディ機の横に並んでいた。数時間後には新たな戦場、バルダー要塞だ。さすがのミィルも、内心で緊張が高まっていくのを感じずにはいられなかった。




