救出
「家出って、いったい何があったの?」
「悪いけど、説明してる暇はないんだ」
「ちょっと待ってよ」
すみれは絶望的な顔をして、僕に向かって右手を伸ばしたが、かまってはいられなかった。
ごめん、すみれ。きみは2番目なんだ。
僕は象公園から駅まで走り、折よくやってきた電車に飛び乗った。
どうやってきらりさんを助ければいいのか、電車の中で考えた。
とにかく僕の家に連れていく。
突然僕が巨乳美少女を連れて帰ったら、お父さんとお母さんは仰天するだろう。
でもきらりさんは僕の恋人でいちばんの女の子なのだ。
両親がびっくりするなんてささいなことだ。
なんとしてでも助ける。
今夜、彼女を義父がいる家に戻すわけにはいかない。
できることなら僕の家に泊めたい。
それが無理なら、親からお金を借りてきらりさんに渡し、ホテルにでも泊まってもらう。
彼女のお母さんは交通事故でどんな怪我を負ったのだろう。
義父はどれほど悪質な男なのだろう。
きらりさんはこれからどうしたいのだろう。
わからないことが多すぎて、考えがまとまらない。一刻も早く彼女に会いたい。
ターミナル駅で降りて駅構内を走り、別の路線に乗り換えた。
『あと15分くらいでそっちの駅に着くよ』と僕はメッセージを送った。
『ありがとう。待ってる。大好き』とすぐに返信が来た。
電車の速度が妙に遅く感じる。
15分が永遠のように感じた。
目的の駅に電車が滑り込み、ドアが開く。
僕はホームを走り、階段を一段飛ばしで上り、改札へ急いだ。
きらりさんは明応高校の制服を着て、暗い表情でうつむいていたが、僕と目が合うとぱっと顔を輝かせた。
「きらりさん!」
「カナタくん!」
僕は改札を出て、彼女に駆け寄った。
「大丈夫?」
「なんとか無事だった。怖かった……」
彼女はまたうつむいて、悲愴感漂う表情になった。
「もう家には帰りたくない。どうすればいいかわからない」
「僕の家に来る?」
「うん……」
きらりさんは小さくうなずいた。
彼女の電車賃を負担し、ふたりで改札を通った。
「夕ごはんは食べた?」と僕はたずねた。
「食欲ない……」きらりさんは首を左右に振った。つまらないことを訊いた、と僕は後悔した。
僕たちはラッシュアワーの下り電車に乗った。車内は激しく混んでいた。きらりさんに詳しい事情を聞きたいが、深刻な話ができる状況ではない。
とりあえず両親に彼女を連れて帰ると連絡しておかねばならない。
僕は首をひねった。どう伝えれば適切なのかわからない。おそらくどんな言葉でも唐突になってしまうだろう。
「とにかく親にきらりさんを連れていくことを伝えるよ」
「迷惑をかけてごめんなさい。こんな形でカナタくんのご両親に会いたくはなかったけれど、他にどうすればいいのかわからない。家には帰れないし、お金もない……」
「きみは心配しなくていいよ。なんとかする」
僕はスマホに文章を入力した。
『遅くなってごめん。これから恋人を連れて家に帰る』
お母さんにそんなメッセージを送った。
きっとすごく困惑させてしまうが、こちらは緊急事態なのだ。やむを得ない。
母からの返信が届いた。
『恋人って誰よ? すみれちゃんじゃないの?』
『すみれじゃない。高校のクラスメイト』
『クラスで恋人ができたの? これから来るの?』
『うん。いまから連れて帰る』
『もてなさなきゃいけないじゃないの! 急すぎる。なんの準備もないわよ』
『事情があるんだ。彼女はいま自分の家にいられない。助けなきゃいけないんだよ』
返信が来るまで少しの間があった。
『ワケありなのね。いいわ、一緒に帰ってきなさい。お父さんにも伝えておくわ』
電車がターミナル駅に到着し、僕たちは降車してエスカレーターに乗った。
「きらりさんを連れて帰るって、母親に伝えたよ」
「なんかすごくだめなことをしてる気がしてきた。バカな子だと思われるし、家庭に問題があるってバレちゃう……」
「なんにも心配しなくていい。きみはいま助けが必要なんだ。僕が必ず救う」
きらりさんは目をぱちくりさせて僕の顔を見た。
「すごく失礼なことを言っちゃうけど、カナタくんがこんなに頼りがいのある人だとは思わなかった」
「僕は小心な臆病者だよ。頼りがいなんてない」
「でもわたしを助けてくれるのね」
「きみだけはなんとしてでも助ける」
「あ、ありがとう……」
彼女は僕の肘のあたりを握った。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗り換える。
他の乗客に押されて、きらりさんが僕にしがみついた。
巨乳が僕の胸板に当たって、むにゅんとつぶれる。
こんなときなのに、興奮して僕の股間は反応してしまった。
きらりさんがそれに気づいて、うれしそうな顔をした。
電車が僕の家の最寄り駅に停車する。
恋人をいざなって降りる。
星々の光の下を歩きながら、彼女の話を聞いた。
「放課後、お母さんから交通事故にあったっていう連絡が来たの。膝の骨を折って入院することになったけれど、命に別状はないって。わたしは病院へ行ったわ。すでに処置が終わっていて、お母さんはベッドの上で安静にしていた」
「命の心配はないんだね」
「うん。わたしはお母さんと話して、明日でいいからパジャマとか暇つぶしの本とかを持ってきてと頼まれた。しばらくして義父もやってきた。やさしそうに母をいたわっていたわ。わたしは義父とタクシーで家に帰った」
僕は話を聞きながら、歩き慣れた帰路をたどった。
「その義父が家に着いてから豹変したの。お母さんがいなくてチャンスだと思ったんでしょうね。わたしは襲われたわ。胸を触られた。押し倒そうとしてきた。絶対にそのままやるつもりだったと思う。わたしはもしかしたらこんなこともあるかもしれないと考えて警戒していた。躊躇なく股間を蹴りあげたわ。義父は悶絶した」
僕は少し驚いた。僕のカノジョはためらいなく股間を蹴れる女の子なのか……。
「わたしはスマホだけ持って家を飛び出した。財布くらい持ってくるべきだったとすぐに後悔したわ。でももう家に戻る気にはなれなかった。さっきは不意打ちでうまく急所を蹴れたけど、二度は無理。帰ったら今度こそ確実にやられちゃう」
だいたいの事情はわかった。
「お母さんはどのくらい入院することになるんだろう?」
「まだはっきりとはわからないけれど、目安としては2週間くらいって言ってた」
「その間は避難が必要だね」
「うん。獣がいる家には帰れない」
「お母さんが退院した後は?」
「わかんない。あんなやつと一緒に住みたくないけど、どこに行く当てもない」
事態は深刻だ。
僕は親の保護下にある高校生で、財力なんてない。
それでもなんとかしてきらりさんを救わなければならない。
親の助けが必要だ。
お父さんとお母さんに土下座する覚悟を固めた。




