貧乳の抵抗
僕は綿丘さんと連れ立って校庭を歩いている。巨乳美少女である綿丘きらりさんは衆目を集める存在だ。それに対して僕はと言えば、背が低くて吃音症の冴えない男だ。どうして彼女が僕に寄り添って歩いてくれるのか、自分でも理解に苦しむ。
さっき綿丘さんは「あなたみたいな童顔の男の子が好き」「わたしとつきあってくれる?」と言った。僕は「つきあいます」と答えた。彼女は冗談を言って、僕をからかっているのだろうか。頭がぼーっとして上手く働かず、判断できない。いま僕は夢でも見ているのかもしれない。
「お昼ごはんを一緒に食べましょう。なにがいいかなあ。小鹿くん、ラーメンは好き?」
「は、は、はい。ラーメンですか。す、好きです」
綿丘さんは僕に親しげに話しかけ、僕は相変わらずの吃音で答える。隣を歩く彼女のすいかサイズの胸がぷるんぷるんと揺れる。大きい。グラビアアイドルかある種のアニメのヒロインかと思うほど大きくて、そんなものがすぐ近くで揺れているものだから、あんまり見てはいけないと思いながらも、目を向けずにはいられない。
夢かと思ったが、どうやら夢ではなさそうだ。綿丘さんの声は明瞭で、彼女からは甘い匂いが漂い、その乳房は刻一刻と重量感を持って動きつづけている。夢にしてはリアリティがありすぎる。
僕は頭を振って考えた。「わたしとつきあってくれる?」と彼女は言い、僕は「つきあいます」と答えた。その「つきあう」は恋人的な「つきあう」だろうか。それとも「ちょっとごはんでもつきあって」という程度の軽い意味の「つきあう」だろうか。
まったくわからない。僕たちは「好き」と告白し合ったわけではない。そもそも今日出会ったばかりだ。僕は綿丘さんのことを何も知らないし、彼女も僕のことを知らないはずだ。
知っているのは見てわかるルックスだけ。彼女は巨乳で美人。僕は童顔で背が低い。僕は巨乳に圧倒され、よく考えもせずに「つきあいます」と言った……。
僕と綿丘さんは並んで歩き、学校から出ようとした。校門のそばに見慣れた女の子が立っていて、目が合った。
「カナターっ、待ってたよ。一緒に帰ろう」
僕に話しかけてきた女子生徒の名前は、草原すみれ。小学生のときから仲のよい幼馴染だ。中学校も同じで、クラスは別だが高校も一緒になったという腐れ縁。
やんちゃな男の子のようだったすみれも可愛らしく成長し、女子高生になった。
顔立ちの美しさだけなら、綿丘さんにも負けていない。綿丘さんは綺麗系、すみれは可愛い系。どちらも美少女だ。はっきりとちがっているのは胸の大きさ。端的に言うと、綿丘さんは巨乳、すみれは貧乳だ。
すみれは成長した。かつてのちっちゃな幼い女の子はすくすくと成長した。身長は女性としてはかなり高く、いまでは170センチ近くある。僕より15センチも高い。
だがその成長は、胸を除いての話だ。乳房だけは不思議と成長しなかった。膨らまなかった。胸の大きさは小学生時代とたいして変わっていない。関東平野のように平らだ。ぺったんこ。
すみれは綿丘さんと同じ明応高校のダークブルーの制服を着ている。でもふたりの様相は大きく異なっている。綿丘さんの胸は制服をぱっつーんと押しあげている。しかしすみれの胸はなま板みたいで、制服にはいささかも盛りあがりがない。
すみれは僕の隣にいる巨乳美少女に気づいて顔色を変え、「え?」と声を漏らした。二次元の創作物の中にしか存在しないようなど迫力のおっぱいを唖然として見つめ、「すいか……?」とつぶやいた。
「失礼ね。すいかじゃないわ。メロンと言ってよ」
綿丘さんが反論したが、どう見ても彼女の乳房はすいかサイズだ。メロンよりも明らかに大きい。
「あー、大玉のメロン、小玉のすいかかな」
「大玉のメロンと小玉のすいかって、どちらが大きいの?」
「さあ? どっちだろう」
綿丘さんとすみれがよくわからない議論を繰り広げるのを、僕は黙って聞いていた。女の子の胸の大きさについての話になんて加われない。
「ところであなた、小鹿くんの知り合いなの?」と綿丘さんはちょっときつい口調で問いつめた。
「知り合いなんてもんじゃないわよ。あたしはカナタの幼馴染で親友なの。1年2組の草原すみれよ」とすみれは対抗するように強く答えた。
「ふーん、幼馴染ね……」
綿丘さんは胸の下で腕を組んだ。彼女がそんな仕草をすると、胸の大きさがますます強調されることになった。
「わたしは1年1組の綿丘きらり。今日から小鹿くんとつきあうことになったから」
綿丘さんはきっぱりと言い、すみれの顔が固まった。
「つきあう……?」
すみれは信じられないといった表情になり、首を傾げて綿丘さんの顔を眺めた。
「え、なにそれ? つきあうって、彼氏彼女的なつきあう?」
すみれは僕と綿丘さんの顔を交互に見ながら、誰にともなく訊いた。
「もちろんそうよ。それ以外に何があるの」と綿丘さんは即答した。なぜか彼女はドヤ顔をしていた。
やっぱり彼氏彼女的な「つきあう」なのか、と僕は思った。我ながらびっくりした。本当にそうだったのか。じゃあこの巨乳ですごく綺麗な女子高生、綿丘きらりさんは僕の恋人ってこと? 本当に?
彼女がはっきりと言っても信じがたかった。すみれも驚いて、口をぽかーんと開けている。
「カナタ、このすいか女がわけのわかんないことを言ってるけど、本当なの?」
「すいか女じゃない! せめてメロン女って訂正しなさい!」
「どっちだっていいわ! で、この大玉メロン女はカナタのカノジョなの?」
「あ、ああ、僕も信じられないけど、どうやらそうみたいだね。僕と綿丘さんはいちおうつきあっているみたいだ……」
「小鹿くん、いちおうじゃなくて、わたしたちはきちんとつきあっているのよ!」
綿丘さんが声を大きくしたので、僕はすくみあがった。美人の叱声は迫力がある。
「ご、ごめん、綿丘さん……」
すみれは呆然として、しばらく言葉を失った。雨に打たれた子猫のように心もとない顔をしている。
「……どういうことなの? カナタは前からこのすいか女と知り合いだったの?」
すみれは僕の目をじっと見つめて問いただした。
「いや、今日同じクラスになって、顔見知りになったばかりだよ」と僕は困惑しながら事実だけを説明した。
「それでつきあうっておかしくない? ふたりともお互いのこと理解し合ってるの? そんなわけないよね」
すみれは表情を険しくして、非難がましく言った。僕は沈黙した。確かにこの展開はおかしいと思う。入学式の日、カノジョいない歴が年齢とイコールな僕に、いきなり恋人ができるなんて。でも僕は嘘をついてはいない。それは実際にこの身に起こったことなのだ。
「なにもおかしくなんかないわ」綿丘さんはきっぱりと言葉を挟んだ。「わたしは小鹿くんにつきあってとお願いし、小鹿くんはつきあいますと答えた。ゆえにわたしたちは彼氏彼女。なんにもおかしいことなんかない」
「おかしいわよ。あなた、カナタのこと前から知っていたの?」
「いいえ、知らなかったわ」
「じゃあなんでつきあってなんて頼んだの? やっぱりおかしいよ。初対面でそんなこと言うなんてあり得ない」
綿丘さんは口角をあげて妖艶に笑い、右手の人さし指をすみれに突きつけた。
「あなたはひとめぼれって言葉を知らないの?」
すみれはまた少しの間、声を発することができなくなった。彼女の額にひと筋の汗が流れた。
「……ひとめぼれ? カナタにひとめぼれしたって言うの?」
「そうよ。悪い?」
綿丘さんは堂々と言い張った。彼女はまだドヤ顔で、すみれを見下しているようだった。僕の幼馴染はたじたじとなった。
「悪くはないけど、カナタにひとめぼれされる要素ある? 背は低いし……」
おい、すみれ、なにげに失礼なことを言うな。事実でも傷つくんだよ、と僕は思った。だがすみれはまちがったことは言っていない。確かに僕にひとめぼれされる要素はない。僕は冴えない低身長の男子なのだ。
「小鹿くんは童顔で可愛い。ひとめぼれしたっておかしくはないでしょう?」と綿丘さんは頬を紅潮させて言った。茶化すような「カワイイ」ではなく、愛でるような「可愛い」という感じの発声だった。僕の心は震えた。本当に綿丘さんは僕にひとめぼれしたのかもしれないと思えた。
「確かにカナタは可愛い系の男子だけど……」
すみれは綿丘さんに圧倒されて、もごもごと自信なさそうに答えた。綿丘さんは腰に手を当てて、とどめを刺すように言った。
「わたしは小鹿くんの顔が好き。ちっちゃくて可愛いところが好き。抱きしめたくなっちゃう。だからつきあってと頼んだの。わかってくれた? わたしたち、これからごはんを食べに行くんだから、もう邪魔しないで」
「顔が好き……?」
すみれは絶句し、立ち尽くした。
綿丘さんはごく自然に僕の手を握り、歩いてすみれの横をすり抜けようとした。
「み、認めない! ルックスだけ気に入って、いきなり恋人になるなんて認めない! カナタ、そのビッチと離れて!」とすみれは叫んだ。




