揺れるストレッチ
放課後、僕と綿丘さんは明応高校の最寄り駅に向かって歩きながら、山デートの打ち合わせをした。通学路は住宅街の中を通り、やがて駅前商店街に至る。
「どんなに低い山でも、山歩きで絶対安全ということはないの。靴はちゃんとしたものを履いた方がいいわ」と綿丘さんは真剣な面持ちで言う。
「登山専用の靴じゃなきゃだめってこと?」と僕は少し不安になって訊く。
「そう。山の中で滑って転んで、捻挫でもしたら大変だからね。滑りにくいトレッキングシューズがいい」
「持ってないよ……」
綿丘さんは右手の人さし指をあごに当てて、「うーん」とうなった。
「じゃあこれから買いに行かない?」と彼女は言った。
綿丘さんは行動が早い。思いついたらすぐ動くというようなところがある。入学式の日には、いきなり「つきあって」と言われた。
僕にはそこまでの積極性はない。どちらかと言うと引っ込み思案で受け身な性格だ。彼女がぐいぐいと僕を引っ張ってくれるのは、とても心地のよいことだった。
「行く」と僕は答えた。
「善は急げだね」綿丘さんは微笑んだ。
僕たちは電車に乗り、3つ先のターミナル駅で降りた。その駅前にはデパート、各種の商店、カラオケやゲームセンター、飲食街などがあって、いつも大勢の人で混雑している。
綿丘さんは僕の手を握り、人混みを縫うように歩いて、登山用品店へ案内してくれた。
「彼の軽登山用のトレッキングシューズが欲しいんです」
彼女は店員さんと相談して、候補の靴をいくつか選んだ。
僕はそれを履き、店内を歩いて、履き心地を確かめた。
「これがいいかな」
店員さんの話や実際に履いてみた感じや値段を考慮して、僕は防水性を備えたゴアテックスのミドルカット登山靴を購入した。
「ありがとう、綿丘さん」
「どういたしまして。小鹿くんと山に行くのが楽しみだよ」
店から出て、跳ねるようにいきいきと街を歩く綿丘さん。
こんなに素敵なカノジョは世界中を探しても他にいないだろう。
僕は靴を選んでくれたお礼として、チェーンの喫茶店に入り、綿丘さんにチョコレート味のフラペチーノをごちそうした。「ラーメンも好きだけど、甘い物も好きよ」と言って、彼女は上機嫌でフラペチーノをストローで吸った。
山デートの待ち合わせはゴールデンウィーク前半、昭和の日の午前7時、ターミナル駅のプラットホームでということになった。
当日、僕は上手く早起きできず、慌てて身支度をして、待ち合わせ場所に向かった。綿丘さんはいつも約束の時間よりかなり早く来るのだ。あまり待たせたくない。
30分前に着いたが、やはり彼女はすでに待っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、いま来たところ」
そう彼女は言ったが、たぶん僕に気を遣ってくれている。申し訳ない……。
綿丘さんは濃いピンクのウインドブレーカーに茶色のハーフパンツ、黒い登山タイツ、ハイカットのトレッキングシューズという格好だった。大きめのオレンジのリュックサックを背負っている。
どこから見てもばっちりと決まっている山ガールという装いだ。スポーティな彼女もすごく魅力的だった。
「かっこいいね。山に慣れてる女の人って感じがする」
「そんなに慣れてるわけじゃないけどね。まあ山歩きしやすい格好ではあるよ」
僕は登山専用のウェアを持っていないので、ランニングウェアを着て、先日買ったトレッキングシューズを履いていた。小型の青いリュックを持ち、そこに2リットルのペットボトルのスポーツドリンクとコンビニおにぎりを入れている。綿丘さんとふたりきりの登山が楽しみで、心躍っていた。
「小鹿くんも動きやすそうな格好だね」
「ふだんのジョギングのスタイルだよ」
「いいんじゃない? 今日は低山ハイキングだから、気負うことはないよ」
僕たちはJRの下り線に乗った。
電車は鉄路を叩き、ガタンゴトンという音を響かせた。
綿丘さんは車窓を見たり、僕の顔を見て微笑んだりした。
大きな川に架かる鉄橋を渡っているとき、彼女は「あっ、富士山が見える」とはしゃいだ声をあげた。
空は群青色に晴れ渡り、雲はわずかしかなかった。絶好のアウトドア日和だ。
ローカル線がふたつ交差する駅で私鉄に乗り換えた。
行き先は完全に綿丘さん任せで、僕はどこへ行くのかまったくわかっていなかった。ついて行けばいいとしか考えていない。僕は彼女が大好きで、信頼しきっている。
ガタンゴトン、ガタンゴトン……繰り返し鳴る音。
僕はうとうとして、いつの間にか眠ってしまった。
「もうすぐ着くよ」と綿丘さんに起こされた。
僕は彼女にもたれかかって、ぐっすりと眠っていた。
「ごめん。重かったよね」
「いいのよ。小鹿くんとくっついているのは好きだし、可愛い寝顔が見られてうれしかった」
彼女に可愛いと言われるのは、やっぱり抵抗がある。
できれば男らしいと言ってほしいのだが、僕がそう望むのは無理があるかもしれない。
今日だって完全に彼女にリードしてもらっている。
まあいいや……。
どんな形であろうと、綿丘さんのそばにいられるのはしあわせだった。
僕たちが降りた駅からは、山がすぐ近くに見えた。鮮やかに新緑が萌えて、山腹を彩っている。
「ここは関東平野の端っこなんだ。ここから山地が始まるんだよ」
「空気が美味しい気がする」
「そうだね。山に入ると、もっと美味しくなるよ。森林浴をして、フィトンチッドをふんだんに浴びよう」
綿丘さんは山へ向かって歩を進め、僕はその隣を歩いた。
アスファルト道を10分ほど歩き、四つ角を曲がると砂利道になっていて、すぐに登山口があった。
そこから先は曲がりくねる登山道が山の上の方へとつづいている。
雑木林の中で遅咲きの山桜が可憐な花を開かせていた。どこかでウグイスがホッホッホケキョと鳴いた。ピチュピチュピチュと鳴いている鳥の名前はわからない。
女性だけの数人の登山グループが楽しそうに語り合いながら山道を登っていき、やがて木立に隠れて見えなくなった。
「軽くストレッチをしよう。山で怪我をしないようにね」
綿丘さんは地面にリュックを置いて、足を伸ばした。
僕も腰や足首を回したりして、柔軟体操をした。
彼女がストレッチをすると、胸がゆらっゆらっと揺れる。前屈をすると乳房は地表に向かって垂れ、後屈をすると天に向かって跳ねた。
綿丘さんの乳房はふにゃふにゃに柔らかくて、上下左右にうねり、柔軟きわまりない。タコよりも柔らかいかもしれない。
いつもながらその動きの破壊力は抜群で、僕は自然と目を引きつけられてしまった。男ならそうなってもしかたがないと思う。
「どうかした?」とたずねられたが、きみの胸が魅力的すぎるんだとは言えない。
「なんでもない」とごまかした。
「うふっ」と彼女は蠱惑的に笑った。見透かされている気がする。
綿丘さんは僕に近寄って、見せつけるように上半身を回した。
ぷるんぷるん、ぽわんぽわーんと揺れ動く柔らかいすいか。むしゃぶりつきたいという思いを、僕は懸命に押し殺した。
彼女は執拗にストレッチをした。彼女の胸が僕の脳の動物的な部分を刺激する。股間がついに高々とテントを張ってしまい、僕はそれを隠すため後ろを向いた。
どこかでまたウグイスが鳴いた。




