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第2序幕

(もう、聴きたくないのに)


 耳を塞いでも、目を閉じても結果は変わらない。

 ボクだけの世界は何処にもなく、ボクの意志とは関係なく勝手に全てを知らせに"ヤツ"はこちらに近づき耳元で鳴り響いていく。


 ーーーあいつマジでウゼー。

 ーーーあの女めっちゃエッロ。あんなんとやりてぇなー。

 ーーークソクソクソクソクソッ。あの上司死んじまえよ!!


(うるさい。もうやめて!!)


 普段はこれのせいで外に出ず引きこもっているのだが、どうしても買いたいものがあり外出したのだがすぐに後悔することになった。

 休日は人混みが多く、それゆえに流れてくる雑音もそれに比例して多く、大きくなっていく。

 ヘッドホンを耳に装着し音楽を大音量で流してマシにはなるけどそれも気休め程度。


(さっさと買い物終わらせて早く帰ろう)


 ボクは歩きながらスマホを取りだして買うものリストを確認する。

 欲しいのはラノベにマンガだ。

 煩わしいのであればネットや電子で買えばいいという意見もあるだろうが欲しいものは直接手に取り買いたいという厄介な性質なためこうして苦痛を押しのけてまで外に出向いているというものだ。


「ーーー! ーーーーーー!」


 今回は最近新しい推しの作品ができたのだ。

 主人公は大柄で一見すると圧があり周りから誤解されるのだが内面は優しくたとえ敵であろうと手を差し伸べるギャップ萌えの典型なのだがボクはそういう古典的なものに弱い。

 現実はクソ以外の何物でもないが、せめて自分の世界だけではラノベや漫画のようなハッピーな世界に浸っていたいのだ。


「ーーーーーー!!」


 鈍感系の主人公だとか、ハーレムだとかリアルだと唾棄すべきものであろうとそれはそれ。ファンタジーだもの。

 幸せに満たされている作品であればそれは尊くてこちらの心も満たされるのである。


(ボクにもそんなリア充なことが起こってくれればいいけど……あるはずないよね)


 こう、よくある危ないところで腕を引かれて胸に抱き寄せられたりとかされたらもうちょろいボクは一発で落ちちゃうだろうな。


「ーーーーーーー!!!」

「うわっ!?」


 そんな妄想に浸っていると不意に後ろから強い力で引っ張られ、よろけたボクは足をもつれさせて何かにぶつかった。

 視界が真っ暗で見えないため何が起こったのか分からないでいるとヘッドホンを外された。


「余所見してんなよ。もう少しで轢かれるところだったんだからな!」

「あ、え?」


 男の人の声が頭上から聞こえボクは顔をあげる。

 怒っているような、心配しているような複雑そうな顔をしてこちらを見下ろしている彼の言葉にボクは辺りを見回す。

 いつの間にか横断歩道まで来ており、しかも信号機は赤でありボクの数十センチ前には車が止まっていた。


「あんたたち、大丈夫だったかい?」

「あー、多分平気っす。こちらこそすんません」


 車を運転していただろう運転手が窓を開けてこちらを心配して声を掛けてきたのを彼が未だ事態がまだよく飲み込めていないボクの代わりに謝罪していた。

 安全が確認できたのか車は発進して行ってしまったあと彼はボクから離れた。


「歩いてる時はせめて歩きスマホは止めとけよ。今みたいに事故っちまうからな」


 そう言って苦笑し頭をポンとひと撫でされた。


「んじゃ俺は行くけど、マジで今後は気をつけろよな」


 念を押すように注意され、無意識にボクはうなずいていた。

 そんなボクの反応に彼もうなずき返すと「じゃあな」と言って言ってしまった。

 ボクは呆然とただ彼の後ろ姿を見送っていた。


「……ウソ」


 ヘッドホン無しでも周りの雑音が聞こえないくらいにドクンドクンと心音が耳に鳴り響いていた。

 この世界はクソだけど、この時ボクの中で世界が変わった。

 くだらないと思われるだろうが、この時のボクは確かにそう感じたんだ。

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