悪戯
「お姉ちゃん、クレープ楽しみだね」
「甘いの、しょっぱいの。どれも美味しい」
「おーい。いい加減離してはくれませんかね?」
帰り道の商店街、猫宮姉妹はウキウキな顔をして(天は無表情のままだが)俺を両側で腕を組んで歩く。
両手に花という状態は男としては夢のようなシチュエーションではあるのだが、衆人環視の好奇と嫉妬と殺意の視線がグサグサと刺さるため生きた心地はしない。
「そうはいかないよ。離したら逃げちゃう予感がするもん。ね、お姉ちゃん?」
「うん。白鐘凛は逃さない」
「変なルビを付けるな俺は食べ物じゃない。逃げないから離してくれ」
「ダーメ」「却下」
俺お願いも二人に即答でNOを突きつけられ、もはや観念して歩くしかないかと諦める。
そんなやり取りをしていると約束の場所へとたどり着いた。
「おうミクちゃんに天ちゃん。それに凛坊もいらっしゃい」
『くれぇぷやのたっちゃん』と書かれた店から野太い声とともにひょいと強面のおやっさんが顔をのぞかせた。
「ヘイオヤジ、クレープ三つ大至急だ」
「天ちゃん、せめてどのクレープか言ってくれないかい」
キメ顔で注文する天におやっさん、御子柴龍典が苦笑する。
顔はアレだが気さくで人当たりが良い。
この顔のせいで新規の客はなかなか寄り付かないがこの性格を知ってる地元では結構有名なんだよね。
それになんと言っても値段以上のうまさとボリュームがあって、俺も含め2人もこの店でよく贔屓にさせてもらっている。
「けどすまねぇな。今お客さんが大量に注文してるから時間が掛かっちゃうんだ」
「お客? 団体さんが来てるの?」
「いや、1人なんだがそれがまたーーー」
「ねー、まだー?」
おっちゃんと話をしていると催促の声が聞こえた。
声のする方を向くと、そこには派手な髪色をツインテールにしている少女が……というか。
「げっ」
そこには見知った顔、るなの顔を見て俺は思わず声が漏れてしまった。
るなはというとまだこちらには気づいておらず、注文し届いたクレープを一心不乱に食べている。
いつからいたのかは知らないがすでに屋外テーブルには山と積まれたクレープがあるのだが、みるみるうちにるなの口に吸い込まれて消えていく。
その様はまさしくゲームで有名な某ピンクの悪魔そのものをイメージさせる。
「す、すごいねあの子。あんなにちっちゃくて可愛いのに。カー◯ィみたい」
「……そうだね」
猫宮姉妹も目の前の異常事態に目を丸くしている。
そしてそれを見ていたのは俺たちだけではなく、徐々にギャラリーが出来上がっているほどだ。
「おやっさん、あの子いつからいるの?」
俺が全力でクレープを焼いているおっちゃんに話しかける。
「かれこれ一時間くらい前だな。札を束で見るのはくm……社会人時代以来ねえからなぁ」
……なにか口走ったような気がするがあえてツッコミはしないでおこう。
「ん?」
そんな他愛もない話をしているとようやく俺の存在に気付いたのか目が合い手を止め、俺の左右にいる猫宮姉妹を見る。
(なぜだ。猛烈に嫌な予感がする)
その時視界にノイズが走り、画像が視えた。
それは猫宮姉妹に踏みつけられている自身の姿だった。
(え。なんでこんなーーー)
とそこまで考えハッとした。
目が合っているるなの口端が上がり邪悪に笑うのが見えたからだ。
彼女は席から飛び降り、こちらにトコトコと近づいてくる。
そして俺たちの前にまで来るとニッコリと満面な、年相応の無邪気な笑顔をこちらに向けーーー。
「会いたかったよおにいちゃーん♡」
「んなっ!?」
「んにゃ!?」
「……ほう」
ガバッと俺に抱きつくるなに凛たちは三者三様な反応を示した。
「るな、りんおにいちゃんのこと探してたんだよぉ」
「あわ、あわわ、あわわわっ」
「ふむふむ……」
甘ったるい声を出しながら俺の腹に顔を埋めるるなに、ミクは顔を真っ赤にし口をパクパクと開閉させる。
天は何を考えているのか分からないいつもの無表情で顎に手をやり小首を傾げている。
俺はというと抱くつくるなを引き剥がそうとしているが磁石のようにくっついてどうやっても離せないでいる。
「ね、ねえ白鐘。この子とはどういう関係かな?」
ミクは俺とるなを見比べながら話しかける。
表情こそ笑顔だが完全に引きつっており、その背中からは鬼のような殺気を放っている。
「ひっ。いや、これはーーー」
「るなとりんおにいちゃんはぁ、同じ秘密を共有してる大事な人だよぉ♪」
「るな。誤解を生みそうなーーー」
「りんおにいちゃんと昨日はるなと激しく求めあったもんね。るな、今でもあの時のこと思い出してドキドキしちゃうの」
「その言い方はアカーーー」
俺の否定の言葉に被せるようにるなは頬を染めながら話す。
るなの言葉を訂正しようとすると横から強烈な衝撃を受け吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
昨日の赤鬼に吹き飛ばされたような剛力で地面に転がる。
顔を上げると般若の顔をするミクと絶対零度の目をこちらに向ける天がいた。
「最低っ、不潔! 女の敵!!」
「このロリコン野郎は」
「ち、ちがっ、話を、せめて釈明をっ」
床に転がる俺に、猫宮姉妹は先程視えた映像通りに追い打ちをかけるように足蹴にされる。
ちなみに当の元凶は猫宮姉妹の後ろに隠れて見えない角度でニヤニヤと笑っていた。
(ハメやがったなこんちくしょー!)
心のなかで毒づいていると、ひとしきり笑ったろうるながこちらに近づいてきた。
「おねえちゃんたち、ごめんなさい。さっきのは冗談だよ。ホントは道に迷って困ってたところをりんおにいちゃんが助けてくれたの」
「え……そうなの?」
顔面を踏みつけつつミクがきょとんとした顔をしている。
どうでもいいが、この角度だとまた見えているのだが……と言うのは火に油を注ぐ行為だと知っているため黙っておこう。
「私は最初から気づいてた」
(いや、それは嘘だろ)
おもいっきり汚物を見る目になってたし、フルネームから苗字呼びにランクがツーダウンしてたし。
「るなはるなって言います。お姉さんたちはなんて言うのかな?」
「あ、私は猫宮ミク。それでこっちは姉の天だよ」
「……よろしく」
「お姉ちゃん顔変わんないけど怒ってるわけじゃないから怖がらなくていいからね」
「ミクおねえちゃんに天おねえちゃんですね。よろしくお願いします」
るなはそう言って人畜無害そうな笑顔で頭を下げた。
その後は何事もなかったかのようにテーブルに戻り、女子たちが女子トークを繰り広げていた。
ーーー踏みつけられ未だに床に這いつくばっている俺は放置したままで。
「ま、女の子ってやつぁ甘いもんとおしゃべりが好きな生き物で、野郎は二の次ってなもんさ」
いつの間にか俺の隣に来ていたおやっさんの慰めが心に染みて目から汗が出てきたのは言うまでもないだろう。




