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溺愛してくる領主様は前世の宿敵でした  作者: 二階堂まりい


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5話 追いかけてくる過去

「先方が到着なさるまでしばらく時間がありますが、どうなされますか?

 休まれますか?」

 ジェミールを外交用の服に着替えさせてから、ルリウスは言う。

 ジェミールは正午頃に政務や決済を終えたところだ。

 午後からは他の領主が訪ねてくるので、領主のアルトゥールや兄のアリアスと共に外交の場を設けることになっている。



「うむ、ひと休みしよう。恋人と過ごす時間が欲しい」

「はっ……それは私めのことと考えて良いのですか?」

「勿論だ、ルリウス。

 君の美しさを前にしたら、側室を置く気など無くなる」


 歯の浮くようなジェミールの言葉に内心で愕然としながら、ルリウスは答えた。

「恋人と過ごすと言っても、あまり触れ合うのはおすすめしませんよ。

 せっかく整えた身なりが崩れます」

 こうして屈辱を回避するのが、ルリウスに出来るささやかな抵抗であった。



「そうだな。では昨日の続きだ、面白い話をしよう」

 またジェミールの面白くない歴史の話が始まるのか、とルリウスはげんなりする。

 しかし顔には出さず、おとなしくジェミールの向かいに座った。



「ルリウスは最高神の名を知っているか?」

「はい。ハルビッヒ・オルエルン様ですね。

 オルエルン王家の初代にして、天上より降りし神にございます」

 言いながら、そんな訳ないだろうとルリウスは内心オルエルン王家のことを馬鹿にしていた。

 ルリウスは前世で、ハルビッヒの孫であるネツァーリクがハルビッヒを神に制定した瞬間を見ていたのだから。



「そうだ。

 ハルビッヒ様は本来不老不死であったが、冥界神ヘイスよりあえて死の概念を授かり、天上にて人々を待っている。

 善行を積んだ者には天上での幸せを約束なさっているのだ」



 来世利益の一神教。

 王都ラケルで生まれた国教「ラケル正教」は、エイカが元々持っていた信仰とは真逆だ。



 エイカはかつて合議制商人による自治がなされていた。

 ルトレフ・ヴィオレツクもその一人であった。

 彼らは厳しい海を渡り、大陸と貿易した。

 そのため信仰するものは自然そのもの。

 神に利益を祈ることはせず、ただ恵みを感謝するだけの関係性。



 色んな神が居た。

 雪の神、霜の神、釣りの神、スキーの神。


 エイカの最高神は、万物を創造した海の女神マキだ。

 彼女は基本、海の底で眠り続けている。

 たまに彼女が寝返りを打つと海が荒れ、目覚めると災いとなる。

 人間は死後、マキの居る宮殿に赴き、彼女のお膝元で安らかに眠るとされた。




 トゥラは農耕の神。

 航海が発展する前は最高神だったようだが、時代が下るとマキの息子という位置付けになった。

 自害して横たわった彼の遺体が農地になったという伝説がある。

 かつてエイカ人は仮面や顔料でトゥラと同じ「死体」になりきり、豊穣を感謝して舞ったものだ。



 戦闘の神クーレツクもマキの娘として人々から崇められた。

 彼女は恋多き美女で、人対人だろうと人対モンスターだろうと、惚れた方を勝たせるのだ。



 エイカの信仰は、もうどこにも残っていない。

 ネツァーリクやグラーリドたちラケル人に神殿ごと壊されたのだ。



 昔信仰していたものを思い出すだけで、船に乗って荒海へ飛び出したくなってくる。




「……ルリウス? 大丈夫か?」

 ジェミールが心配げに声を掛けてきた。


「何でもありません」

「そうか。もしや、神殿税の話はつまらなかっただろうか?」


 神殿税の話「は」じゃなくて全部つまらないけど、と思いつつ、ルリウスはかぶりを振る。

「いえ、ただ私めにはまだ難しかったみたいです」

「そうか。では、もっと分かりやすい神話でも話すか。

 例えば、そうだな……ラケル正教には、ハルビッヒ様を支える陪神が居る。

 そちらも面白いエピソードがあるぞ」


 陪神に神話があるのは当然だ。

 ラケル正教は実在人物のハルビッヒを最高神にする代わりに、元々王都ラケルで信仰されていたあらゆる神をハルビッヒの配下に落としただけなのだから。

 元々の神話は、ハルビッヒの正統性を支えるように改変されて残っている。



「ルリウスは港で働いていたのだろう?

 ならば船の船首に上半身が人間、下半身が魚の像が付いているのを見たことはあるか?」

「あります」

「あれは海の女神アローヌ。

 リンデバルの戦いの直後はラケル人の航海術が発展して遠洋へ出ることも多くなったので、安全祈願のために付けられるようになった像だ」



 リンデバルの戦いとは、ルリウスの前世「ルトレフ」が戦死した戦いのこと。

 その後すぐに王都ラケルの人々の航海術が発展した? 因果関係が気になって仕方ない。

 とても、嫌な予感がする。



「ジェミール様! ラケル人の航海術が発展した理由を詳しくお聞かせくださいますか」

「ん? 良いぞ。

 まず……ラケル正教を受け入れなかったためにリンデバルの戦いで討たれたルトレフ・ヴィオレツクという将軍が居た。

 エイカ人全般に言えることだが、ルトレフは特に航海術に詳しかった」



 ルトレフの名を口にしても、ジェミールに妙な様子は無かった。

 前世を思い出す兆しは無いらしい。



「ルトレフが王都ラケルに居た間、文化に馴染めない彼にはトーキという文官が世話を焼いていた。

 トーキは優れた記憶力の持ち主で、ルトレフと共に船に乗った際にその航海術を覚えたそうだ」



 トーキ……ジェミールが言う通り、ルトレフに優しくしてくれた文官。

 しかし彼をルトレフの世話役として寄越したのは、他でもないネツァーリク・オルエルン王だった。



 間違いない。

 ネツァーリクははじめから航海術を盗むつもりでトーキをルトレフの世話役にしたのだ。


 用済みになったルトレフを切り捨てる時も用意周到であったのだから、ネツァーリクならばそれくらいのことはするはずだ。


 トーキも、逆らえば家族が酷い目に遭う状況でルトレフから情報を搾取し続けるのは辛かっただろう。



「とはいえ、最初からエイカ人のように上手く航海出来た訳ではない。

 トーキが文字で航海術を伝えても、エイカ人が長年培ってきた感覚には適わなかったのだろう。

 はじめは船旅で多くの死者が出たそうだ。

 トーキもその犠牲者の一人で……」


 それを聞いた時、ルリウスの眼からは涙がこぼれ落ちていた。

 あるいはそれは、「ルトレフ」の涙だったのかもしれない。


 ルトレフがネツァーリクの罠を見破っていてトーキを守っていれば、トーキの運命は変わったのだろうか?

 何もかも無理な話だが、考えずにはおれなかった。



「ルリウス……」

「あ、ごめんなさい。

 トーキ様も可哀想なお方ですよね。

 ルトレフ将軍と関わったばかりに……」

 ルリウスは自虐的に言う。



 ジェミールは立ち上がると、ルリウスの側までやってきた。

 そして屈み、ルリウスのことを抱きしめる。

「ルリウスは優しいな」

「いえ……」

「ルトレフもトーキも、哀れな人々だ。

 かたや航海術を盗まれた。

 かたや、よかれと思って取り入れた航海術に殺された。

 二百年前とはそういう時代だったのだ」



 ジェミールは、ルトレフも航海術を盗まれた被害者だと認識してくれている。

 それだけで、自虐的になっていたルリウスの気持ちは救われた気がした。




 城門から、訪問者を知らせるベルが響いてきた。

「ジェミール様! お客様がいらしましたよ」

「うむ」

 ルリウスはジェミールを立たせると、ルリウスを抱きしめたせいで少しシワの寄った服を整えて、大広間へ送り出す。



『ジェミールならば前世を思い出しても、俺にああやって優しい言葉を掛けてくれるだろうか?』


『いや、期待しちゃいけない。

 ジェミールはジェミールで、グラーリドはグラーリドなんだ。

 お互い前世を思い出して傷つけ合う前に、離れなきゃいけないんだ……』

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