第248話 ミューズ/オーガ①
俺たちがアウリフェリアを出て丸一日半。
刺客との遭遇も無く、ついに俺たちはプロスペリタスへと到着した。
結局今も光導列車は運休したままで、俺たちはこのまま皇都まで馬車旅を余儀なくされそうだ。
「引き渡し場所はどこだ?」
馬車を走らせる御者台のゼフィドが、ティアに問いかける。
「中心街に騎士団の詰め所があるから、そこへ向かってくれる?」
「分かった」
「メルカディアと同じくらいたくさんの人がいますね。心なしか僧服を着られた方が多い気がします」
荷台から辺りを見渡しながら、胡蝶蘭が驚きの声をあげた。
プロスペリタスの街は、どこか空気が澄んでいた。
白亜の学舎群が丘陵に段々と並び、鐘楼の上では青銅の鐘が定刻を告げる。
石畳を行き交うのは修道服の神官たち、法衣を翻す学者、巻物や魔導書を抱えた学生たちだ。
昼下がりの陽光に照らされたその姿は、まるで信仰と知識がひとつの祈りとして形を成したかのようだった。
「プロスペリタスは学術都市だから。学校と教会が多い街なんだよ」
街の中央には聖堂がそびえ、光を反射する青いステンドグラスが町中に彩りを落としていた。
喧騒はメルカディアやセラフィオンの方が大きい。
だが、この街はどこか静けさの裏に熱を感じた。
知を求める者たちの瞳には、信仰ではなく探求の炎が宿っている。
ここでは祈りさえも、研究のひとつなのだろう。
「街ごとに色も雰囲気も少しずつ違うんだね」
「聖庁や皇都が近づくと、教会も増えていくって思っていいよ」
ガラガラと馬車をゆったり走らせながら、俺たちは街の中心部へと向かう。
露店が立ち並び商人が行き交っていたメルカディアとは異なり、この街は整然と建物が並んでいた。
「騎士団の詰め所はこれで間違いないな?」
「うん、馬車のまま入れるはずだよ」
しばらく走ると、黒い鉄の柵で囲まれた敷地が姿を現した。
大きな門の奥には石造りの四角く白い建物が見えており、門の前や中には多くの騎士がいる。
皆一様に紺地に銀の意匠の騎士服を着ているので、ここが騎士団の詰め所で間違いないようだった。
「止まってください。ご用件は?」
門の前に立っていた二人の騎士の傍で馬車を停める。
すぐにそのうちに一人が駆け寄って来た。
「ウルフリック団長とお約束をしています、ティア=アルヘイムです。病人の護送をお願いしていました」
御者台の後ろからティアが顔を出してそう説明する。
ティアの名前を聞いた途端、騎士たちの背筋がピンと伸びた。
「伺っております、巫女代理。どうぞそのままお通りください。団長と、随伴する看護師はすでに到着されています」
「ありがとう。ゼフィド、出して」
「わかった」
門は日中開けられているようなので、俺たちはそのまま馬車ごと中に入っていく。
中は整然と敷かれた石畳で、ところどころ芝生や木々も見える庭園のようになっていた。
訓練場もあるのか、遠くからは金属音や野太い掛け声なども聞こえてくる。
「みんなティアのこと知ってるんだね」
「まあ一応ね。皇都に近づくと知り合いは多くなってくるかな」
本当にティアの故郷とも呼べる場所に帰ってきたのだな。
すれ違う騎士たちが、皆俺たちの馬車に向かって胸に手を当て敬礼をしてくれた。
「この辺りで待とうか」
詰所の入口脇。
白く四角い石造りの建物を見上げる。
紺の盾に銀の剣が交差した騎士団の紋章が掲げられている。
両開きの扉の脇には武器を持った2名の騎士が控え、少し物々しい雰囲気も漂っていた。
一応軍事施設だから仕方ないが、こちらを警戒したり探るような視線は特に感じないので気にしないことにする。
これが騎士団詰所の通常営業なのだろう。
「あれにレオナを乗せるのかな」
俺は前庭の脇に停められた白い意匠の馬車を指差す。
こちらにも騎士団の紋章が描かれており、中は見えないが人を2、3人寝かせても十分移送できそうだ。
「そうだよ。皇都の軍病院の馬車だね」
「一旦レオナとお別れか」
結局彼女はこの旅の間も目覚めなかった。
一体彼女の身になにが起こっているのだろうか。
ようやく皇都の設備がしっかりした病院で診てもらえることになり、ほっと安堵する。
「寂しい?」
「そんなこと言ったらレオナに死ぬほどからかわれる」
俺とティアは笑いあった。
「レオナさんはまだ少女のように見受けられますが、お二人からもとても信頼されているのですね」
胡蝶蘭が柔和に笑ってそう言う。
俺とティアは面食らったような顔で互いに視線をかわしあった。
「そうね。最初は彼女も刺客だったんだけどね」
「刺客を仲間にしたのか。豪気なことだな」
「勝手に着いてきたんだよ。でも何だかんだもう今は仲間だけど」
いつも騒がしくて、俺たちをからかってくる生意気な奴だったけど、こうして黙って眠っているとそれはそれで物足りないなと思っている自分がいる。
一緒に何度も死線を潜ったし、今は素直に信頼できる仲間だと思えた。
「よう、待たせたなティアちゃん。あー失礼、代理」
すると、詰所の扉を開いて二人の人物が現れた。
そのうちの一人、俺たちに声をかけてきたのは中年の騎士服を着た男だった。
黒い髪を後ろで縛り、無精ひげを生やしたその男は、口元に飄々とした笑みを浮かべている。
腰に白銀の剣を帯び、軽そうな態度とは裏腹に眼光は鋭く一目で実力者だと分かった。
「久しぶりねウルフリック。今更だしそんな呼び方しなくていいよ。呼び立てて悪かったね」
「皇都じゃ陛下や王子の目があるし、ここの方がのんびりできるからな。ありがたいくらいだ」
「シグに言いつけるよ。あ、そうだ。アウリフェリアでルセリナに会ったよ」
「聞いてる。剣を取られたって嘆いてたぜ」
ティアが親し気に会話をしているのを見るに、レオナを預けられる”信頼できる相手”とは彼のことなのだろう。
まじまじと見ていたからか、ウルフリックと呼ばれた男は俺達を見てフッと笑った。
「君らも護衛、ご苦労だったな。俺はウルフリックだ。騎士団長をやってる。疲れたろ、中で茶でも飲んでくか?」
そう言って気さくに声をかけてくれる。
ちなみに、このウルフリックと先日会ったルセリナは兄妹らしい。
よく見れば目元は似ている気がしないでもない。
「あとでね。早速護送をお願いしたんだけど……ゼフィド、どうしたの?」
ティアが馬車の中をウルフリックに見せようと踵を返すと、ゼフィドがある一点を見つめていることに気が付いた。
俺はその視線の先を追うと、そこにはウルフリックと共に現れたもう一人の人物が目に留まる。
「ん? ああ、ゼフィドじゃないか」
俺たちの視線に気づいたその女は、看護師風の白い制服を着ていた。
褐色の肌にウェーブがかった長く青い髪が特徴で、健康的な色気が眩しい背の高い美人だった。
彼女はそのアクアマリンのような透き通った瞳でゼフィドを見て、驚いたようにそう言う。
「ゼフィド、知り合い?」
「ああ、リンドウだ」
「ええっ!?」
俺は思わず驚いてゼフィドとリンドウを交互に見やる。
胡蝶蘭も驚いて両手を口元に当てていた。
「なんだ、あたしのこと知ってんの? リンドウだよ。今は聖庁の軍病院で看護師をやってる」
「リンドウ、彼は?」
「あたしの許嫁」
「そりゃすごい偶然だな」
ウルフリックともそんなやり取りをしている。
本当にすごい偶然もあったものだ。
まさかレオナの護送をしてくれる人の一人が、ゼフィドの許嫁であるリンドウだったとは。
「色々と興味深い話だが、とりあえず嬢ちゃんの護送だな。馬車を見てもいいか?」
「ええ、お願い」
ウルフリックとリンドウは馬車に上がり、荷台に寝かされているレオナの傍らに座る。
リンドウは脈を取ったり、何やら身体を触ってはメモを取っているようだった。
「脈も呼吸も正常だね。多少外傷はあるけど……まあここじゃ分からないか。悪い、ストレッチャー持ってきてくれる?」
リンドウは、扉の前にいた騎士たちに指示して、すぐ中に置いてあったらしいストレッチャーを持ってきてもらう。
「あ、僕が乗せますね」
「そうかい? 気を付けてね」
何となく俺がやった方がいい気がしたので、俺はレオナを抱き上げてストレッチャーに乗せてやる。
ティアは馬車からレオナのトランクを取り出し、それをリンドウに預けた。
スヤスヤと寝息を立てるレオナに、俺は心の中で「さっさと戻って来いよ」と言っておいた。
ティアも現在はツインテールを解いてるレオナの髪をひと撫でして整えてやっていた。
そして騎士たちが、白い軍病院の馬車へと運んでいく。
「レオナのことお願いします」
俺はリンドウを真っすぐ見つめてそう言った。
信用していないわけじゃないが、大切な仲間なのでと念を推しておく。
「任せな。あんた達も、ゼフィドのこと頼むよ。愛想の無い奴だろ、子どものころからなんだ、勘弁してやってくれ」
リンドウは笑みを浮かべ、冗談めかして返す。
「愛想が無いは余計だ。道中危険はないのか?」
ゼフィドはため息をつきながら言った。
ここから皇都まではまだ数日かかるが、大丈夫なのだろうか。
「そのためにわざわざウルフリック騎士団長閣下自ら来てるからね。まあ騎士団の移動に合わせるから、あんたたちが運ぶよりずっと安全で快適だろうよ」
「そうか……頼んだぞ」
「はいよ」
そう言いつつ、リンドウはゼフィドの肩をポンと叩いて馬車の方へと駆けて行った。
少し言葉を交わしただけでも頼り甲斐のありそうなお姉さんだと思った。
ゼフィドが鉄だか鋼だか言っていた意味も少し分かるかもしれない。
「もう少し話したかったんじゃない?」
俺は会ってすぐ許嫁と別れなければならないゼフィドにそう問いかけた。
だが、さほど気にする様子もなくその背中を見送っている。
「いや、今は互いに仕事中だ。それにたまに会ってるからな」
そういうものだろうか。
どちらにせよ、再会を喜ぶのは皇都に着いてからになりそうだ。
「嬢ちゃんはこれから皇都の軍病院で検査をして、状態にもよるが最終的には聖庁に移送される。ティアちゃんは聖庁に留まるんだろ?」
「ええ、助かるよ。ごめん、忙しいのに」
「そうでもないさ。優秀なシゼル女史が王子の補佐についてるからな。おっさんは事務仕事から解放されてむしろ楽させてもらってる」
ウルフリックは手をヒラヒラと振って笑った。
「団長! 団長!!!」
ウルフリックもそのままレオナの移送に向かおうとしたときだった。
門の方から一人の騎士が全速力で駆けてくる。
怪我をしているのか、頬には擦り傷があり騎士服もところどころ汚れていた。
「何だ騒々しい」
「大変です! 街に魔獣が入り込んで、真っすぐ中央部……こちらの方へ向かっています!」
俺は嫌な予感がした。
ティアに視線を送ると、彼女は小さく頷く。
「規模は」
「5体です!」
「5体? それくらいお前らで何とかならんのか」
「そ、それが……うち1体は青白い肌に顔の無い人型の魔獣……おそらくミューズかと!」
「何だと……?」
やっぱりだ。
きっと俺たちを追いかけてきたのだろう。
5体というのが気になるが、眷属でも引き連れて来たのだろうか。
「ティアさん……」
胡蝶蘭がティアに声をかける。
ティアは頷き、門の方へと向かって歩き出した。
俺たち3人はそれに続く
「おいおいティアちゃん……それは俺たち騎士団の仕事だぞ」
「ウルフリック、騎士団は住民の避難を急いで。ミューズはこちらで引き受ける」
ティアは鋭い眼差しでウルフリックを見つめる。
まだ3日と経っていないのに、敵と戦うのは随分久しぶりな気がした。
俺もそれなりの休息が取れたし、今ならある程度万全な状態で戦えるだろう。
「分かった。気をつけろよ。おい! 被害状況報告! 防衛線を配備!」
ウルフリックはあっさり了承し、周囲の騎士たちに指示を飛ばし始めた。
ティアが、というより俺たちがミューズとこれまで戦って何体も葬ってきたことを知っているのだろう。
「ゼフィド、蘭さん。二人はミューズとやるのは初めてだから気をつけて。見た目からは何をしてくるか分からないから」
「ああ」
「お任せください」
すぐに戦士の顔つきになっている二人。
ゼフィドは盾を背負い、胡蝶蘭の腰には新たなる刀『霞鈴』がある、
この前まで俺一人で背水の陣を戦っていたときとは随分違う。
たとえ複数のミューズと魔獣が相手でも、今は負ける気がしない。
今は二人の存在が、俺にとって心強いものになっているのだと改めて気づかされるのだった。
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