第235話 禍福は糾える縄の如し
「……」
俺は今、ティアから無言でヒーリングによる治療を受けていた。
ミューズの拳が掠めた脚は青くなっており、折れてはいないまでもヒビが入っていそうな痛みがある。
全身の傷はミューズによる打撃と、俺自身の雷によるものが半々といったところだろうか。
勝利と引き換えに得た傷としては、上々な成果だ。
「兄ちゃんすごかったな! 大丈夫かい?」
「助かったよ、ほらこれポーション。よかったら使ってくれ」
「あ、どうもすみません」
周囲の冒険者たちからは労いの声がかけられた。
惨劇の場になる寸前で現れ、謎の人型魔獣を撃退した英雄とでも思われているのだろう。
奴が現れる原因も俺達にあったかもしれないことは黙っておく。
悪いのはあんな化け物を送り込んだ側なのだから、俺たちが責められるのも何か違うし。
「ねえお兄さん、治療終わったらあっちで一緒にご飯食べない? お仲間さんも一緒に」
「どこの冒険者? 今度一緒にクエスト行こうよ」
「あ、いやー……ははは」
女性冒険者からも若干モテた。
悪い気はしないが、あなた方には俺の横で怖い顔で治療しているティアが見えてないんですかね?
彼女らは俺に色々と嬉しいことを言い残してそれぞれのキャンプへと戻っていく。
「よかったね。倒れるほど頑張って女の子に声かけてもらえて」
「いっ……つ!!」
ティアがジトッとした顔で俺を睨み、久しぶりの皮肉を飛ばしてきた。
そしてペチッと俺のヒビ割れた足を叩き、俺は顔をしかめる。
容赦がない。
デレデレしていた俺が悪いのだろうか。
「……脚も胸も多分ヒビ。全身火傷。切り傷・打撲痕は数えるのもバカらしいほど。体力だって半分も戻ってないでしょうね」
ティアが淡々とそう告げる。
そして彼女は、へらへらしていた俺を責めるように、真剣な瞳で見つめてきた。
「フガク、このままだとあなたは聖庁への到着を待たず死ぬ」
ティアは断言した。
俺もさすがに表情を曇らせる。
分かっている、このままではまずいことぐらい。
「このまま敵の襲撃が続けばの話だ」
俺は希望的観測を宣う。
それは楽観視が過ぎると分かっているのにだ。
「現実の話をしなさい」
「……」
今朝と同じことを、今朝より厳しい口調で言われた。
「フガク、あなたに守ってもらってること、すごく感謝してる。だけど、私はあなたが死ぬことを許さない」
ティアの目は俺に反論を許さなかった。
俺も返す言葉を失う。
「傷……大丈夫?」
そしてようやく、ティアは心配そうな声をかけてくれた。
その声の奥に感じられるのは、怒りと焦燥。
俺以上にティアは、俺の身を心配してくれているのだろう。
「……余裕、とはいかないかな」
「でしょうね」
最初からそう言えと言いたげだったが、彼女も分かっていたことだ。
「ティア、どうすればいいかな」
俺はティアに少しだけ弱音を見せることにした。
彼女はきっと、それを受け止めてくれると知っていたから。
俺の言葉に、ティアは一度だけため息をついて唇を動かす。
「護衛を雇おう」
「護衛?」
ミユキやレオナを失い、削れた戦力を別のところから補おうというのは俺の中には無い発想だった。
だがよくよく考えてみれば、ミユキはティアが雇った護衛だし、俺も半ば無理やり連れてこられたようなもんだ。
レオナなんか自分から着いてきたし、俺たちも外からの寄せ集めで構成されているといえばその通りだった。
俺のきょとんとした顔に、ティアは肩をすくめて頷く。
「どう? フガクが嫌じゃなければ」
「大丈夫だよ。どうする? 丁度冒険者の人達もそこそこいるけど」
俺は周囲を見渡す。
大半がパーティを組んで行動しているようだが、試しに声をかけてみてもいいかもしれない。
だがティアは首を横に振った。
「ほとんどがさっきのミューズと戦いもしなかったでしょ。さすがにダメじゃない?」
確かにと思った。
突然の襲撃だったので彼らを責めるつもりは毛頭ないが、戦力としては心許ないかもしれない。
冒険者も活動方針はさまざまだ。
みんながみんな命がけの戦いをするわけじゃない。
「幸い、次のメルカディアは大きい街だから冒険者も多いはず。仲間や仕事を探している人もいるかもしれない」
「仲間か……いい人いるかな」
とはいえ、誰でもいいとはいかない。
俺が守れるのはせいぜいティアとレオナくらいだ。
気持ちの問題ではなく物理的に手が足りない。
最低限今朝戦ったナーヴェスやファルザあたりとは、まともにやりあえる相手であってほしい。
奴らは複数で来るから、ミューズなんかよりも防衛という意味では厄介だ。
「それは何とも。一応言っておくけど、可愛い子とか綺麗な子から選ぼうとしないでよ」
「分かってるよ」
俺を何だと思ってるんだか。
せっかくだから気の合いそうな男とかもいいとは思うが。
「あ、そうだティア。さっきのミューズだけど、学院のときより流暢に言葉を喋ってたよ」
「……赤光石の情報リンク……やっぱ学習しているのかもね」
アストラルが残した資料に記載されていた、ミューズの核である赤光石の機能だ。
具体的な内容は分からないが、俺達のことをミューズが認識していたのが気になる。
「戦う度に賢くなるってことかな」
「もしくは、誰かが”調整”しているか」
アストラルのように科学者としてミューズを操っていた奴が他にもいるのかもしれない。
ミューズを作ったガウディスの関係者なら、きっと可能なのだろう。
聖獣を制御する研究もあったので、ミューズで同じことができてもおかしくはない。
「とにかく、あのミューズもまた追ってくる可能性が高いね」
「ナーヴェス達とミューズ、どっちからも逃げないといけないのか」
ルキは大丈夫だろうな?と一瞬心配になったが、さすがにあの状況じゃウィルブロード軍に拘束されているだろう。
仮に逃げていたとしても、前回のときよりボコボコにしといたから一旦は考えなくてもいいはずだ。
「私たちが力尽きるのが先か、奴らが倒れるのが先か、ここからはギリギリの消耗戦だよ」
俺達はこれから、最低限皇都までナーヴェスたちとミューズを退けながら辿り着かなければならない。
俺はティアに肩を借りながら、メルカディアに向うべく馬車の中に戻るのだった。
―――
「オーガちゃんからも逃げおおせたみたいだね」
ドラクロワは倉庫街の倉庫のひとつで、光石駆動式の携帯端末に表示された光の位置を見ながらそう呟いた。
フガクという男の実力を知るため送り込んだオーガ型のミューズ。
そこから送られてくる情報と、川に沿って流されていくミューズの位置情報を見て退けられたことを確認する。
室内の椅子に座るモルドは小さく息を漏らし、ファルザは甲高い声で笑った。
「キャハハッ! だから言ったじゃんエレナ! あいつはヤバいんだって」
「どちらの味方だお前は」
モルドからたしなめられるファルザ。
ナーヴェスとファルザとの交戦から半日後にミューズと戦い、いずれも撃退するだけの実力がある。
ドラクロワは、フガクという男を完全なる脅威と判断した。
セレスティア=フランシスカを守る3人の護衛。
レオナ=メビウスは倒し、ミユキ=クリシュマルドはどこかへと消えた。
残るフガクだけならどうにでもなると思っていたが、存外ハラハラさせてくれる。
ドラクロワの口元には自然と笑みが滲んでいた。
その笑みは、実験体が動き出す瞬間を見届ける観察者のそれだった。
「やるねフガク君。とはいえミューズは健在だ。圧倒できるほどの力は無いか……疲弊しているのか」
「楽しそうだな」
モルドに言われ、ドラクロワは彼を見る。
翡翠の瞳を細めて満面の笑みを浮かべた。
「楽しいよ。こういうのは相手が強くないと面白くない」
「では、追うか?」
モルドの問いに、ドラクロワは頷く。
それを見て、壁際でもたれていたナーヴェスや、地べたに寝転んでいたファルザが身軽な動作で起き上がった。
「次はもう少し削ろう。フガク君をすり減らして、セレスティアを追い詰めてくれる?」
「殺してしまっても?」
「任せるよ。まあでも、ユリナちゃんにも"アレ"お願いしてるし、適当でいいよ」
あっけらかんと、まるで夕食にでも誘うような気軽さでドラクロワは言った。
モルドは椅子から立ち上がり、ナーヴェスに告げる。
「『リュシアン』を起こせ」
「おやおや、街一つ破壊する気ですか」
「ヤッバ楽しくなってきた!」
飄々としたナーヴェスと、楽しそうに笑うファルザ。
彼らは人間としては完全に壊れている。
だが、破壊のために差し向ければそれなりの仕事ができる連中だ。
ドラクロワは手元の端末を眺めながら、口元を歪めて嗤う。
「さあフガク君、セレスティア。詰みはまだ先、君たちはこの局面をどう乗り切る?」
遠隔からチェスを指しているような気分で、ドラクロワは呟く。
立て続けに襲い来る刃を前に、彼らはどのように立ち向かうのだろうか。
最後の瞬間にどちらが立っているのか、ドラクロワはいずれ訪れるその時を思い、報せをゆったりと待つことにした。
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