第217話 白き絶望①
ツェリナの村の教会に突如現れたフェルヴァルム。
俺たちは倒れ伏し、意識を失っている数名の人達が転がる中で対峙する。
彼女の赤い瞳は柔らかく細められ、ともすれば慈しむような表情でこちらを見据えていた。
「フェルヴァルム……この村でみんなが倒れているのはお前の仕業か?」
「……さあ? 何のことかしら」
フェルヴァルムはとぼけているのか、あるいは本当に違うのか。
目を伏せてそううそぶいた。
俺はギリリと奥歯を噛み、彼女を睨みつける。
俺の腕にしがみつくミユキは震えており、浅く呼吸をしてどうにか自分を保っているという様子だった。
「彼女が……フェルヴァルム……」
ティアも、これまでにないミユキの様子に驚きを隠せない様子だ。
フェルヴァルムはティアをチラリと見たが、特段興味なさそうに再び俺とミユキに視線を戻す。
「フガク、ミユキ。私が来た意味を、分かっているわよね」
「ああ。でもその前に、聞きたいことがある」
「どうぞ。何かしら」
あっさりとフェルヴァルムは首肯する。
これが言葉を交わす最後の機会だと言うかのように、余裕の態度でそう返してきた。
「……お前は、”魔王の呪い”でここにいるのか?」
「……」
俺の言葉に、フェルヴァルムはピクリと反応した。
口元には笑みが浮かんでいるが、俺の言葉は彼女の予想外だったのかもしれない。
「お前は、”勇者という概念”そのものを呪った魔王の半身なのか。そして僕がここにいる理由も、お前と同じ。だからお前は、”勇者を殺す者”と名乗った……」
俺の言葉を、フェルヴァルムは目を見開き、歓喜すら感じられるほどの感情を露わにしている。
一体彼女の内心には、どんな言葉が渦巻いているのだろう。
俺達に向けられるその表情には、どんな意味があるのか。
だが俺は、構わず言葉を続ける。
「”血塗られた運命”を終わらせるには……呪いを終わらせるには、どうすればいい? お前の目的は何だ。ミユキさんを殺すことか、それとも救うことか」
俺の言葉に、フェルヴァルムは目を伏せ、俯いた。
真っ白い前髪で顔が隠れ、表情が見えなくなる。
だが、やがてその口元を震わせ始める。
「フ……フフフ……! アハハハハハハハハハッッッ!!!!!」
「!!」
フェルヴァルムは狂ったような笑い声をあげた。
俺の腕を掴むミユキがビクンッと震えた。
俺もティアも、息を呑みフェルヴァルムの哄笑を見据える。
やがて一頻り笑うと、フェルヴァルムは嬉しそうに目を細めて、言葉を続ける。
「フガク……そう、そこまで分かっているのね。見事だわ。やはりあなたは、私の待ち望んでいた人なのかもしれません」
「どういう意味だ。お前は僕に何を期待してる」
先ほどから、動悸と冷や汗が止まらない。
強がってはいるが、俺もミユキと同様彼女の前では手足が震える。
彼女は清廉なシスターだが、その背中からは恐ろしいほどのプレッシャーがこちらに向けられていた。
目を逸らせば殺される。
そんな風にさえ思えてくるのだ。
「……フガク、全ての答えは、私を殺せたら教えてあげる」
そしてフェルヴァルムは、傍らから引き抜くように、禍々しい赤い剣を取り出した。
俺はミユキに手を離させ、一歩前に出る。
ミユキの手は俺を引き留めるように虚空を彷徨った。
「フガクくん……」
「僕は大丈夫だよ、ミユキさん。危ないから下がってて」
俺はミユキに笑いかけ、やがてフェルヴァルムを真っすぐに見据えた。
「フェルヴァルム……お前を殺せたら、ミユキさんを救えるんだな?」
ゆっくりと腰から銀鈴を引き抜く。
ゴルドールの帝都で初めて彼女と対峙したときとは違う。
今度は戦う理由も、力もある。
「そうね……」
フェルヴァルムは一瞬、瞼を伏せる。
その表情には一瞬哀切が宿ったように見えたが、やがて彼女は再び微笑みを滲ませる。
「……それはあなた次第」
「そうか……」
俺は一度目を閉じる。
彼女の言葉の内容の全ては理解できなかったが、何も分からなかった前回に比べれば遥かにマシだ。
そして俺は、瞳を開き、フェルヴァルムを殺すことに決めた。
「ティア……!」
「え、な、何!」
急に俺から叫びかけられて、ティアはビクッとなっている。
彼女はミユキに寄り添っていた。
「ホーリーフィールドを頼む!」
「……そう、いいよ。今回は特別ね」
ティアも、俺の気持ちを汲んでくれた。
俺が何をしようとしているのか、もう彼女にはわかってる。
そしてティアは、俺に向けて手を翳す。
俺は全力を持って、フェルヴァルムを殺すために。
それがミユキを救うことにどう繋がるのかは分からないが、フェルヴァルムが答えを示すというのなら、やるしかない。
俺の身体を青白く輝く光が包み込むのと同時に、俺は叫んだ。
「―――……『神罰の雷霆』!!!!」
「フガクくん! それは……!」
「本気でやるつもりなのね……フガク」
ミユキとティアの声を遠くに訊きながら、バヂヂッ!という雷鳴が教会内に轟く。
俺の全身に燃え盛るような痛みが駆け抜けていった。
そして……―――!
キィィィィイイイイインンッッ!!!
雷と化した俺は次の瞬間、フェルヴァルムの首めがけて奔り抜けた。
だが、刃はフェルヴァルムの赤い剣によって受け止められている。
彼女と鼻先がぶつかりそうなほどの距離に肉薄し、刃同士の接触が火花となって辺りに飛び散る。
「フフ……確かに前とは違う」
フェルヴァルムの口元から笑みは消えない。
「……っ!」
一撃で仕留められるほど甘くは無い。
俺は歯噛みするが、フェルヴァルムならそのくらいは想定内だ。
右手を翳し、自らの雷を周囲に放出する。
放たれた閃光は俺が駆け抜ける路となり、フェルヴァルムの周囲を取り囲む。
「―――……『神罰の迅雷』!!!!」
全力で行くと決めた。
出し惜しみは無しだ。
たとえ身体が焼き切れても構わない。
俺は脳髄を無数の針で突かれるような痛みを覚えながら、その光の檻の中を駆け巡る。
「強くなったのね……本当に……!」
俺の銀鈴が縦横無尽に駆け抜け、彼女を八つ裂きにすべく疾走する。
彼女はその剣の嵐を一撃一撃、確実に受け止め捌いていく。
その中で、万感の想いを込めるかのようなフェルヴァルムの声がやけに耳に残った。
恐ろしいほどの反応速度。
こいつは間違いなくシルビアやエリエゼルに匹敵する化け物だ。
だが。
『神罰の迅雷』の全方向から刃が襲い来る波状攻撃は、さすがのフェルヴァルムと言えど全攻撃をかわしきることはできなかった。
フェルヴァルムの頬、腕、脇腹、太ももを切り裂き、彼女の身体から血が飛び散った。
その血が俺たちと同じ赤い色をしていることに妙に驚きながら、俺は絶対に攻撃を止めない。
ここで畳みかける。
「『神罰の雷霆』……!!!!」
再び全身を雷に変え、フェルヴァルムに向けて突撃する。
「ッ……!」
彼女はそれを刃でいなそうとするが、間に合わない。
俺の銀鈴が、彼女の刃で受け止められた。
そのまま俺たちは教会の壁をブチ破り、裏庭へと突っ込んでいく。
ズシャァアアアアアアアアッッ!!!!!
「ガハッ……!!」
フェルヴァルムは庭にある木に叩きつけられ、口から盛大に血を吐いた。
赤黒い滴が草地を汚し、じわじわと地面に染みを広げていく。
「す、すごい……です」
「押してる……フガクが……」
壁に開いた穴から、ティアとミユキが驚きを露わにしながら出てくる。
だが俺は攻撃の手を緩めるつもりは無い。
バヂッ!という音と共に、勝負を決めるつもりで再『神罰の雷霆』を発動した。
しかし、フェルヴァルムはのけ反ったままギョロリとその赤い眼球が俺を捉えた。
俺は一気に畳みかけようとしたが――その瞬間、風がぴたりと止んだ。
さっきまで木々を揺らしていた夜気が静まり返り、鳥の羽ばたきも虫の声も消えたかのように、異様な沈黙が辺りを支配する。
血に濡れた唇を拭い、フェルヴァルムはわずかに微笑んだ。
その笑みは痛みに歪んだものではなく、むしろ歓喜に満ちたものだった。
――やばい。
直感が告げていた。
次の一撃は、さっきまでの比じゃない。
「くっ……!」
俺の銀鈴がフェルヴァルムの首を捉える寸前、彼女は剣を正確に俺の首目掛けて薙ぎ払う。
俺は思わずそれをかわすが、鼻先を刃で斬られ、無理な方向転換のために俺も手近な木に激突してしまった。
「うぐっ……!」
くぐもった声が漏れるが、倒れている暇はない。
俺はすぐに体勢を立て直そうとしたところ、視界の中が真っ赤に染まった。
フォンッ!!空気を裂く音と共に、俺は直感的に横に飛ぶ。
俺が先ほどまでいた場所を炎の槍が通り抜け、地面の草木を焼いて焦げた匂いが鼻をついた。
それはフェルヴァルムの放った灼熱の炎だと気づいたのは、俺が身をかわしたすぐ後のことだった。
俺の長い髪の毛先が、一瞬にして炭となったのだ。
「……フフフ、本当に、あなたには驚かされる。あの時私は言ったわ。”全然力を使いこなせてない、もっと強くなって”って……」
フェルヴァルムの笑い声が聞こえる。
俺はゆらりと起き上がりながら、彼女から視線は外さない。
その刃の切っ先を、決してミユキには向けさせない。
「それが、どうした……」
「あなたは私と対峙するだけの力を身に着け、確かにそこに立っている。ならば私も……”彼女”の権能を継承した者として、全力で相手をしましょう」
ボゥッという、炎が燃え上がるような音が聞こえた。
俺は目を見開き、その光景に驚愕する。
フェルヴァルムの剣の刀身を、赤黒く輝く炎が覆っていった。
「そうか……お前も……」
俺は、魔王の記憶でネメシスが炎の魔法を使っていたことを思い出す。
そして全てを理解した。
権能を受け継ぐとは、"魔王の力の一部を持つ"ということだ。
フェルヴァルムもまた、俺と同じように”権能”をその身に宿している。
分かっていたはずなのに、俺はその光景を見るまで理解できなかった。
辺りを焼く炎の熱が、俺の肌をもジリジリと照らす。
「―――『罪灼く焔』」
フェルヴァルムは歓喜の表情を浮かべている。
それは狂気か、あるいは本当に喜びを抱いたからなのか。
「『神罰の雷』―――!!」
俺もまた雷を身にまとう。
そう。
これは二人の魔王が雌雄を決する戦い。
炎と雷、二つの権能がぶつかり合う、裁定の闘技場。
青白い雷光と赤黒い炎が衝突し、教会の庭を異界の光景に変えていった。
空気が弾け、燃え盛る音と匂いはさながら地獄のようだ。
世界が、俺たちの力に空気を震わせている。
俺たちは、決着をつけなければならない。
勇者がこの世に一人であるように。
―――魔王も、この世に二人もいらないのだから。
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