第214話 絶望の足音①
翌朝、メハシェファー邸に一晩世話になった俺たちは、エリエゼルに丁重に礼を伝えて出立することになった。
「エリエゼル様、急遽滞在させていただきありがとうございました」
「構わなくてよ。またいつでもいらしてね」
玄関先で、俺たちはエリエゼルとエフレムと向かい合い、最後の挨拶を交わしているところだ。
顔に青い痣ができているエリエゼルを見て、俺はギョッとなった。
首を斬られたミユキを見たときも驚いたが、こちらはこちらで重傷そうだ。
「ミユキさん、わたくし、まだ満足していませんわよ」
「……そ、そうですか。私はもうお腹いっぱいと言いますか……二度とご勘弁いただきたいと言いますか……」
ミユキは顔を引きつらせ、俺の後ろにスススと隠れた。
相当エリエゼルとの戦闘が堪えているようだ。
物理的な傷よりも、だいぶ精神的に削られたらしい。
「エフレムも、町を案内してくれてありがとう。またどこかで会えたらいいね」
ティアはエフレムに握手を差し出した。
やはりティアの中でエフレムの好感度がどんどん上がっている気がする。
こういうそっけない猫みたいな人と相性がいいのだろうか。
「私は二度と……いえ、道中お気をつけて」
悪態をつこうとしたが姉の隣だからか、慌ててティアの手を握り、目を逸らしながら棒読みで旅の無事を祈ってくれた。
「あの、公爵夫人は……」
俺は昨日から顔を合わせていないメルに、もう一度お礼を言っておきたかった。
ただ彼女は結局部屋から出てこなかったようで、俺達の見送りにも姿を現さなかった。
「お母様は体調が優れないご様子でした。申し訳ありませんが、お見送りはご容赦くださいませ」
エリエゼルが微笑みながら、メルはこちらに来ないと言った。
仕方ないと俺は諦めることにする。
「何フガク、メハシェファーと会いたかったの?」
レオナがそう言ってからかうような口調で俺の脇腹を小突いてきた。
「”さん”くらいつけろよ。別に、お礼を言いたかっただけだよ」
「わたくしから申し伝えます。お母様も、フガクさんの体調を心配しておいででした」
心配しているのは俺なのか、魔王なのか。
まあでも、メルに会うのはこれで最後ではない予感がする。
次に会ったときは俺が何者なのか、確信を持って彼女と話せればいいのだが。
「では、失礼します」
「お気をつけて」
俺たちは馬車に乗り込み、優雅に小さく手を振ってくれるエリエゼルと、姉の傍らに立つエフレムにもう一度別れを告げる。
ガラガラと屋敷の前庭に敷かれた石畳の上を、馬車がゆっくりと走っていく。
「……ん?」
御者台に座る俺は、ふと視線を感じて屋敷の3階の窓を見た。
そこはメルの部屋だったのか、彼女がこちらをジッと見下ろしていた。
窓枠に手を添え、俺と視線が合う。
俺はペコリと会釈をして、そのまま前方へと視線を移した。
最後に見たメルの視線はとても切なげで、俺、というより魔王を見送ることの寂しさを称えていた。
「随分メハシェファーと仲良くなったみたいね」
「そんなんじゃないよ。ただ……いつか彼女には答えを示さないといけないと思うんだ。僕が一体誰なのか」
メルの望む結果ではないだろうけど、きっとそれが彼女の救いになるはずだ。
俺が魔王で無いにしろ、それを証明しなければならない。
淡い期待を抱いたままでは、彼女も次へ進みにくいだろうから。
「で、ミユキとしては? 自分の男が他の女のこと考えてるけど」
「私はそこまで不寛容ではありません。フガクくんはそれ以上に、私のことを想ってくれています」
レオナの意地悪な発言に、胸を張り、余裕の表情を見せるミユキ。
俺への信頼が伝わってくるのはとても嬉しいのだが、さすがに恥ずかしい。
「うっわすっごい惚気。言うんじゃなかった」
「はは、めっちゃ照れる」
俺たちは軽口を叩きながら、フレジェトンタの町並みを通り過ぎていく。
来たときはどこか不気味で監視されているような気配があったこの町も、今はそこまで気にならない。
こちらへのチラチラとした視線は感じるが、きっとそれが人と魔族が共存する町の、普段の姿なのだろう。
この中のどれくらいの人が魔女なのかは分からないが、牧歌的でのどかな町だった。
次に来たときは、エフレムにもう少し詳しく案内してもらおう。
「さて、またツェリナ経由でリヒテンハルに戻るよ。次はいよいよ、ウィルブロードだね」
ティアの透き通るような声に、俺は快晴の空を見上げながら手綱を握る手に力を込めた。
ついにティアの旅の始まりの国、ウィルブロード皇国への帰還だ。
ゴルドール帝国、ロングフェロー王国と続いて3ヶ国目にあたる。
俺がウィルブロードに着いたら、一体どんな生活が待っているのだろうか。
そういえば、ティアがミユキと一緒の家を世話してくれると言っていた。
まだミユキに了承を得ていないが、まあ旅の道中で構わないだろう。
1日ちょっと走ればツェリナでまた大きな風呂にも入れるし、道のりも一度通った道なので心なしか気楽だ。
俺達の帰路は、賑やかな談笑の中始まったのだった。
―――
それから適当に休憩を挟みつつ、俺たちは約30時間の道のりを踏破してツェリナが目と鼻の先に見える場所まで帰って来た。
旅は順調で、公爵領を出るときにも特に山賊や魔獣に出くわすことはなかった。
街道は相変わらず人の往来は少ないが、のんびりと長閑な風景を見ながらの旅はそう悪くない。
俺たちは他愛の話を交えつつ、無事昼過ぎに今晩の寝床へと到着できそうだ。
「ティアとミユキはまた先にお風呂行くー?」
「いえ、さすがに毎回は悪いので、先に宿を取りましょう」
「別に気にしなくてもいいのに」
「天気も崩れそうだし、さっさと見つけないとね」
俺達はそんなことを言いながら、ツェリナの街へ向かう街道に馬車を走らせる。
御者台に座るティアが、空を見上げている。
灰色の雲が天を覆っており、間もなく一雨来そうな様子だった。
そういえば、俺がこの世界に来てから割と天候には恵まれている。
街道は石畳だから大丈夫だが、土砂降りになると馬車の車輪が土にハマるなどのトラブルも起きるだろう。
馬も屋根のあるところで休ませないとまずいし、急いだほうがよさそうだ。
行きはタイミングよく教会に泊めてもらえたが、帰りは宿が満室でなければいいのだが。
「なんか静かだね」
レオナの声に、俺は間もなく見えて来たツェリナの出入口を見る。
確かに、人の声や生活音が聞こえてこない。
「確かに、妙ね」
ツェリナはそこそこ大きい村で、冒険者や旅人相手に出店が賑わい、商店からも威勢のいい声が聞こえていた。
もう100mほど向こうだから、さすがに音が届いてもいいはずなのだが。
「今日は休日なのでしょうか」
「にしても昼過ぎなのに。人の往来も見られないし」
かと言って、煙が上がっているだとか、血の匂いで満ちているだとか、物騒な気配も感じられなかった。
俺達は静寂に包まれたツェリナの村に、少しだけ不穏な気配を感じた。
「宗教的に、今日は家に閉じこもってないといけないとか?」
「そんなの聞いたことないけど……」
ティアに尋ねてみるが、彼女も心当たりは無いようだ。
やがて俺達は、ツェリナの門をくぐり抜けて村の中へ入った。
「これ……どういうこと?」
ティアがそこに広がっていた光景に怪訝な声を挙げた。
「なんだ……これ」
俺も思わず呟く。
ようやくたどり着いたツェリナでは、路上のそこかしこで人が倒れていた。
怪我の形跡や、何者かに襲われた様子は無い。
ただ、明らかに突然意識を奪われたという様子だった。
屋台では炭の火が消えかけ、黒焦げになった串焼きの後ろでおじさんが倒れているし、赤ん坊を抱いた母親もそのまま倒れている。
人間だけではない。
旅人の馬も、誰かの飼い犬も、鳥の声すらも。
通り抜ける風の音だけが大きく聞こえるほどに、誰も彼もが皆目を閉じて眠っていた。
恐らく村の端から端に至るまで、全ての人が意識を失っていたのだろう。
「みんな気をつけて……これは普通じゃない」
何が原因かは分からない。
だが、このツェリナの村では、村の人間全員が倒れる何かが起こったらしい。
俺達は辺りを警戒しながら、不気味なほどの静けさの中に足を進めるのだった。
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