第212話 魔王の帰還②
俺は3人に魔王の記憶として見た内容を話して聞かせた。
魔王が聖女と共に、人と魔族の共存という理想を掲げたこと。
志半ばで聖女が亡くなり、勇者による報復で魔族が滅びたこと。
魔王は死の寸前に勇者に呪いをかけたこと。
勇者がアリシアによって封印され、生き残ったメルこそがメハシェファーであることなどだ。
「ふぅん。大体この前アリシアが言っていたことと整合性も取れてるね」
ティアをはじめ、3人は俺の話を黙って聞いていた。
やがて話が終わると、思ったことを口にし始める。
「勇者シルビア……それが魔王と魔族を殺した方なのですね。私と……似ていましたか?」
ベッドで俺の隣に座るミユキが、おそるおそる聞いてくる。
「全然。ミユキさんの方が圧倒的に可愛かったよ」
「もう……フガクくん、私は本当に心配しているんですからね」
「はいすぐイチャイチャしない」
すかさずティアにツッコミを入れられた。
まあシルビアも超然とした雰囲気で、ミユキとは違ったタイプの美人だったが、とにかく目が冷たく機械的だった。
同じ勇者でもこうも違いがあるのだなと、俺はシルビアの冗談のような強さを思い出して顔をしかめた。
「でもさ、結局フガクが知ってた以上のことってあんまり無かったんじゃない? メハシェファーとかアリシアってのが、400年前から生きてるってことくらいでしょ」
レオナの言う通り、先日アリシアから聞いていた話の裏付けとはなったが、結局俺が誰なのかやミユキの呪いを解く方法については分かっていない。
それに、俺がこの世界に来た時に女神を名乗っていた魔王らしき女の件も未解決だ。
魔王は確かに死んでいた。
あの女神と魔王は性格なんかも少し違った気がするのだ。
何がどう違うのかは、うまく説明できないが。
「でも、追加で気になることも出てきたよね。生き残った魔族はどうなったのか、とか」
確かに。
バルカスも避難民たちと共に生きていたようだし、神槍アレクトはメルがシェオルから持ち去ったままだ。
魔王とメルの視点から記憶を垣間見ただけなので、細かい部分では疑問が残った。
勇者側では一体何が起こっていたのかも気になるところだが、今となっては知ることもできない。
「ただ……うん、私の中でもメハシェファーの認識は少し変わったかもしれない。『回帰派』と呼ばれる魔女たちのことも」
「どういうこと?」
ティアが真剣な顔つきで言うと、レオナが首を傾げた。
「魔女は魔王と同族の血を引いている、いわば魔族でもあるということ。つまり、メハシェファーは魔王が眠るシェオルに、人間の世界で生きる同族たちを連れて還ろうとしてるんじゃないかな」
俺達の中で、魔女メルエム=メハシェファーに対する印象は180度とまでは言わないが大きく変わった。
周囲からは得体の知れない魔女だと言われる彼女には、恐らく400年前から変わらない信念がある。
魔王の理想を叶える。
ただそれだけが、彼女をこの世界に留めているのだろう。
「もう少し、あの方と話してみるべきでしょうか」
「……今はやめておこう」
俺は、メルの悲し気な表情を思い出す。
しばらくそっとしておくのがいいと思った。
俺を見ていても辛いだけかもしれない。
「そう言えばティア。シルビアが”復讐は正しく行われなければならない”って、ティアと同じことを言ってたよ」
「そりゃそうだよ。勇者シルビアはウィルブロードの国教で”力と栄光を司る軍神”のような扱いをされているから、勇者の有名な言葉だもん」
「え、そうなの?」
国教がディヴィナリア教と呼ばれ、聖庁のトップにあたる聖女を”巫女”と呼ぶことは知っている。
だが、聖女と勇者がセットで伝わっているのは初耳だった。
「”神聖なるもの”って呼ばれてる。勇者と聖女が二人で災厄を打倒して、人々を救済するってね。ま、それこそ400年前にたまたま勇者と聖女が一緒にウィルブロードにいたから、都合よく教義に組み込まれただけだけど」
勝てば官軍、歴史は勝者が作るとはよく言ったものだ。
俺が見た魔王側の視点からは、魔王が災厄だなんてとても思えない。
聖女と手を取り合い、未来を目指した聡明な王だった。
ただ、勇者シルビアと聖女アウラだって別に敵じゃない。
シルビアは魔族を皆殺しにするほどアウラを大切に思っていた。
一見冷酷そうなシルビアが、そうまでアウラを想ったという事実も、俺は胸に留めておこうと思った。
あるいは魔王と勇者と聖女、3人が手を取り合えていたら、また何か違う結末もあったのだろうか。
アリシアやメルが、魔王と勇者が手を取り合うことを、信じられないといった口ぶりや表情で語っていたことを思い出した。
歴史にIFを持ち込んでも意味は無いが、少なくとも俺とミユキとティア、3人が手を取り合えている事実は俺達が思う以上に重いのかもしれない。
「とりあえず細かい話は帰り道でもいいんじゃない? どうせ山道と草原ばっかりで暇になるの分かってるんだし」
レオナの提案に、俺達は頷く。
「そうだね。来た意味はあったかもね。少なくとも、呪いの元凶のことは知れたわけだし」
「フガクくんもお疲れでしょうし、今日はもう休みましょうか」
疲れたと言っても寝てただけだから、まだちょっと頭がボーッとするだけだが。
みんなも眠たいのかもしれないと、俺も特に何も言わず解散する運びとなった。
「じゃ、おやすみー」
「明日朝にはここを発つってエリエゼル様とエフレムには伝えるから」
そう言って、レオナとティアが椅子から立ちあがって部屋から出て行こうとする。
しかし、ミユキはベッドで隣に座ったままだ。
「あれ? ミユキさん?」
訝しむ俺に、ミユキが耳を赤くして俯き、膝の上に重ねた手をギュッと握った。
「……もう少し、ここにいます」
おや?
「そう。じゃあね」
「ミユキ怪我してんだから激しいのは駄目だよー」
「何の話ですかっ!」
パタンッと扉が閉められた。
急激な静寂……残された空気は先ほどよりも重く、そして甘かった
一気に静かになった部屋の中で、俺とミユキは二人並んでベッドに座っている。
おいおい、これは……どういうことだ?
俺はまだ寝ぼけたような頭の中で、恋人と部屋に二人きりという事実を反芻する。
……もしかすると、長い夜になるかもしれない。
―――
ミユキは、ドキドキと高鳴る心臓の鼓動を感じながら、フガクの隣に座っていた。
綺麗に整えられたベッドが二人分の体重で沈んでいる。
隣には、数センチの隙間を開けて彼がいる。
仄かな体温を感じられて、居心地の良さと同時にわずかな緊張も感じられる。
「えーと……ミユキさん、怪我したの?」
フガクはややたどたどしい様子で、黙っていた自分のために話題を探してくれた。
「え、あ、はい! 実はエリエゼルさんと昼間少し……」
ミユキは服のハイネック部分を指で少しずらし、隠れた首の包帯をフガクに見せる。
他の傷はティアのヒーリングで概ね塞がったが、首の傷は深くてすぐには治らなかった。
彼は、ずらした服から見えた自分の鎖骨と下着の肩紐に、あっと言って慌てて目を逸らしていた。
「そ、そうなんだ! 大丈夫……?」
恋人なのだしそのくらい構わないと思ったが、彼のそういう奥ゆかしいところも好きだった。
「はい。ティアちゃんにある程度治していただいたので。フガクくんこそ、辛いところはありませんか?」
「うん、本当寝てただけみたいなもんだし」
フガクの言葉に、ミユキはほっと胸を撫でおろす。
目を覚ましたときフガクがフガクでなくなっていたらと、ずっと気が気でなかったのだ。
フガクの心の指向性が、魔王によるものなのかもしれない。
自分を好きだと言ってくれた心も、何かによって操作されたものなのかもと。
そんな不安が胸を突き刺して、ミユキは今晩一人で眠れる自信も無かった。
だが、彼は前と変わらぬ調子で戻ってきてくれた。
今はただ、その事実が何より嬉しかったのだ。
「……でも、呪いを解く方法は分からなかった」
フガクはわずかに表情を曇らせる。
もしかすると、責任を感じているのだろうか。
ミユキにとっては、彼が無事で戻ってきてくれた事実だけで十分だった。
ミユキは首を横に振り、フガクの手にそっと自らの手を重ねる。
「また一緒に探しましょう……最悪の一手も、無くはないですが……」
「最悪?」
ミユキは頷く。
急速に喉が渇くのを感じた。
「フェルに……訊くことです」
「フェルヴァルムか……でも、出会ったら戦いは避けられない」
「はい。だから……それは最後の手段です」
自分の命を狙うフェルヴァルム。
必ず再戦の時が来る。
だが同時に彼女は、”血塗られた運命を終わらせる”鍵を握っている女だ。
それは、呪いの解決法を知ることと同義だとミユキは予想していた。
しかし彼女のことを考えると、手は震え、ドクドクと動悸が早まる。
身体に刻まれた恐怖が呼び起こされるのだ。
「……そういえば、魔王の記憶にフェルヴァルムはいなかった」
そんな自分の心境を知ってか知らずか、フガクは手をギュッと握ってくれた。
そのぬくもりだけで、動悸が幾分かマシになる。
「まあ……400年前の話ですしね」
「ということは、フェルヴァルムは魔王ではないってことだよね」
「それは……」
確かに、フェルヴァルムが魔王本人であるという説は完全に消えた。
ただ、魔王の半身や眷属という可能性がまだ残っている。
「ねえミユキさん、僕の中で一個仮説がある」
「仮説?」
ミユキはフガクの手を握ったまま、首を傾げる。
彼の顔は真剣そのものだった。
「僕がこの世界に来た時、女神に会ったって言ったよね」
「ええ……」
真っ黒な部屋で、真っ赤な椅子に座る尊大な女神。
魔王によく似た姿をしていると言っていた。
「フェルヴァルムに初めて会ったとき言われたんだ。”彼女に会った?”って」
ミユキの背筋に、ゾクリと冷たい衝撃が走った。
彼が言わんとしていることは、つまり。
「フェルヴァルムも、僕と同じように異世界転移してきたんじゃないかな。魔王の呪いによって、勇者を殺すという使命を与えられた存在として」
”勇者を殺す者”。
フェルヴァルムは自らを、そしてフガクのことをそう言っていた。
彼女との口づけによってフガクは魔王のことを知り、いずれ勇者を殺す血塗られた運命があることを知った。
だとすれば、フガクの説は当たっているのではないか。
ミユキは言葉を失い、フガクを見つめる。
「僕は魔王の記憶の中で、他にも異世界転移者がいるかもしれないって思った。僕だけじゃないとしたら……」
「た、確かに私はフェルの生まれも年齢もよく知りません……」
ミユキは鳥肌が立っていくのを感じた。
フェルヴァルムは、フガクと同じ異世界転移者?
魔王の呪いによって異世界から刺客として送り込まれた”勇者を殺す者”。
「フェルヴァルムに訊くっていうのは、的を射ているのかもしれない。”血塗られた運命”というのが魔王の呪いのことなら、多分それが一番早い」
フェルヴァルムが何かを自分たちに伝えようとしているというのは、これまでの仮説にもあった。
無論、今もあくまで仮説であって事実かどうかは分からない。
彼女に会って直接聞くというのは、正直避けたいという心理もあってあまり考えては来なかった。
だが、魔王の記憶からそれが分からなかった以上、もはや避けては通れない。
ミユキは、とうとう彼女と向き合わなければならないときが来たのだと知った。
彼の隣にいると、不思議とフェルヴァルムと対峙することへの恐れはそこまで大きくはなかった。
だが、同時にある一つの事実に気付く。
「……でも、その仮説が正しかったとしたら……フガクくんがこちらの世界に来たのは、私の呪いの所為で……――」
そう言いかけたとき、彼は手をギュッと握ってくれた。
温かな彼の手の感触が、自分の言葉を遮る。
「僕が今さらそんなこと、気にしてると思う?」
優しく微笑みかけてくる彼の表情に、ミユキは視界が揺らめくのを感じた。
元の世界に戻りたいとは思わないという彼の言葉を思い出す。
ミユキは、自らの唇を噛んで、彼の首に腕を回して抱き着いた。
「え……? え? ミユキさん……?」
フガクの首筋に顔を埋めて、スゥッと息を吸い込む。
安心するような、彼の匂いが鼻の奥を通り抜け、肺の中へと入ってくる。
ドクドクと脈打つ音が、自分のものなのかフガクのものなのか分からなくなる。
ミユキは瞳を閉じ、彼の耳元で甘えるように囁いた。
「フガクくん……今夜は一緒にいてもいいですか……?」
それは、ただ想いが溢れたのか、恐怖を少しでも忘れたかったのか分からない。
だが、今はただ彼の傍にいたい。
きっと自分たちの、400年前から続く運命の結末は近いのだと知っていたから。
だから今はただ、何もかも忘れて、彼にこの身と心を委ねていたいと思った。
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