第206話 魔王と勇者と聖女の狂詩曲<ラプソディア>③
聖女アウラが魔族側の凶弾に倒れ、命を落としてから3日。
既にアウラはウィルブロードの聖庁にて弔われ、亡骸は丁重に葬られたと連絡を受けていた。
そして今、魔王城の会議室では魔族達の怒号が飛び交っている。
「聖女を殺した氏族を見つけ出せ! 誰が刺客を放ったのかを明らかにしろ!」
バルカスは声を荒げ、各方面の軍団長や部下たちに調査を進めさせていた。
ガシュラとガスパールが屠った刺客たちは、全員魔族だった。
リザードマンやゴブリン、オークなどがその中にいた。
だが、彼らの身元を知る者は無く、誰が聖女を殺したのかの調査は難航している。
アウラが魔王を庇ったことから、狙われたのは本当は魔王だったのではないかという声もあった。
いや、むしろ魔族間ではその声の方が主流だ。
魔王を庇ったという行動が、それを証明していると。
無論、実際のところは分からない。
だが、魔王はそれは当たらずしも遠からずと言ったところだと考えていた。
「バルカス、鎮まれ」
魔王の静かな声に、バルカスはビクリと肩を跳ね上げて押し黙った。
稀に見る冷徹な視線と重苦しい声に、それ以上言葉を重ねることができなかったのだ。
「はは……大変失礼を」
「私は此度の襲撃、私とアウラ、どちらを殺しても良かったのだと考えている」
魔王の一言に、室内にどよめきが走った。
どちらでもいい?そんな刺客がいるのかと、にわかには信じがたいと言った声が大半だ。
それを、後ろからガシュラが補足する。
「魔王様と聖女、どちらが失われてもこの和平は破綻する。我々と人間たちの関係性はスタート地点に逆戻りだ」
「聖庁では連日祈りが捧げられているが、人々の間では魔族への怒りが日に日に膨らんでいるとのことです」
メルは補足する。
問題はここだ。
人間たちの間では、魔族の刺客が聖女を討ったとして、やはり魔族との和平など無理があるという声が増加の一途を辿っている。
ガスパールやあの場にいた兵はそうではないと分かってはいるようだったが、民意の流れにその声はかき消されるだろう。
「バルカス、貴様”刺客が聖女を犠牲にして魔王様を討とうとした。やはり和平など無理があった”と、吹聴しているそうだな」
「事実ではないか! 聖女は魔王様を身を挺して守ったのだぞ! それを言うならば貴様はどうなのだ! 貴様が魔王様を守れば聖女も死なずに済んだのではないのか!」
「……! ああ……その通りだ」
ガシュラの詰問に、バルカスが激高した。
バルカスは、魔族達の戦意を煽るようなことをしているというのが、ガシュラやメルからの報告で上がっていた。
だが、ガシュラも警備の魔族側の責任者として責任を感じている。
魔王の命は無事だったが、そのパートナーである聖女の命を奪われたのだから。
「バルカス、魔王様は人間との共存を望んでおられます。悪戯に人間に対する悪感情を煽るような真似はおやめなさい」
メルもバルカスに追撃する。
彼女にとって、魔王の意に反する行動を取っていることは許しがたいことだろう。
「ふざけるな! 私は魔王様のことを想って申しているだけだ! 人間との付き合いなどが始まったから、魔族の中でも分断が進んでいるのではないのか!?」
「もうよい! 貴様達は一度黙れ!」
魔王は珍しく声を荒げた。
メルもガシュラもバルカスも、その場にいた全員が言葉を失う。
魔王の目に宿る憤怒が、それ以上誰も口を開くことを許さない。
「……バルカス、此度の襲撃は我らが同胞の仕業だ。それ以上でも以下でもない。”和平があったから襲撃があった”など想像に過ぎない。我らが今取るべき行動は、聖女アウラを弔い、二度と同じ過ちを繰り返さぬことだ」
「は……はは!」
バルカスは平身低頭した。
さらに魔王は言葉を続ける。
「メル、ガシュラ、貴様達も冷静になれ。私は確かに怒りに打ち震えているが、今なおこの胸の内の業火を押しとどめているのはアウラとの約束、すなわち人間と共存できる未来を創るためだ」
「は!」
「出過ぎた発言、申し訳ございません」
ガシュラもメルも、深く首を垂れる。
そう、既に全員死んだ刺客の罪を問うことは、これ以上できない。
これからすべきことは、アウラと願った未来をいかに実現させるかだ。
「私はまだ諦めていない。アウラは私に未来へ行けと託したのだ。私は……その祈りに応えねばならない!」
魔王は決して打ちのめされてはいなかった。
アウラが道半ばで倒れたのは無念だろうが、彼女は魔王を守ろうとしたのだ。
それは、彼女の高潔な魂がまさしく本物で、人と魔族が共に生きる未来を切望したことの証明に他ならない。
だからこそ、彼女の覚悟に応えなければならないのだ。
「全員一度頭を冷やせ。会議はまた夕刻より行う」
重苦しい雰囲気の中での会議は、一旦の休憩を挟むことになった。
魔王は一度メル、ガシュラと共に私室へと戻る。
実際のところ、今後どうすればいいかは魔王自身にも判断に迷うところだったのだ。
魔族と人間、その共存を訴える者たちの声は、民意という巨大な暴風によって掻き消えようとしていた。
共存など夢物語で、やはり難しいのではないかという疑問が徐々に膨れ上がり、わずか3日で両者の陣営内でその声は大きくなっていった。
この状況を打破するのは難しい。
アウラがいればまた違ったのだろうが、人間側に彼女の代わりをできる者がいないのだ。
魔王がいくら和平を訴えようと、聖女を討った魔族側の王の言葉など誰の耳にも届かない。
「魔王様……此度の失態、このガシュラに如何様な罰もお授けください」
部屋に入るなり、ガシュラは片膝をつく。
あの状況になった時点で警備は実質失敗したと言っていい。
無論、魔王とて立場上ガシュラを裁かぬわけにはいかない。
だが、今はそれどころではない。
ガシュラの警備体制自体に致命的な問題点があったわけではないし、魔王は生きている。
実際、ガシュラが完全に失敗したかというとそんなことも無いのだ。
むしろ、アウラの護衛として伴っていたガスパールの方が、取り乱していたように見えた
「ガシュラよ。その話はまた後日だ。立場上貴様にそれなりの罰を下さざるを得ないが、私個人としては貴様を責める気は無い。今の貴様は、今後の防衛について考えよ」
「防衛とは……まさか」
「そのことで、お耳に入れたきことがございます」
「ああ……薄々は分かっている」
訝しむガシュラと、真剣な面持ちで言葉を発するメル。
そして魔王は、彼女が言わんとすることが、おおよそ分かっていた。
「私は今朝、また星見により我らの未来を視ました」
メルの顔色は悪い。
だがそれでも先日のように取り乱さないのは、もはや彼女の中にもある程度の覚悟があったようだ。
魔王はメルを見据え、頷き話の続きを促した。
「……勇者が、シェオルに向かっています」
メルの白い頬を、汗が一筋流れた。
ガシュラも立ち上がり、戦に臨む戦士の顔つきになった。
それが何を意味するのか、この場の3人は共通の認識なのだろう。
「目的は」
「……間違いなく、報復かと」
メルの青ざめた顔が、一体彼女が何を見たのかを雄弁に語っている。
アウラが魔族に殺された。
勇者はきっとそう思っている。
そして、彼女の動きは恐ろしいほどに早い。
「ガシュラ、話し合いの余地が無いと判断したら、迎え撃て」
「無論です」
勇者と聖女アウラは盟友だ。
メルやバルカスらが調べた情報によれば、勇者はかつて魔族に家族や仲間を殺され、魔族を憎んでいると聞く。
かろうじて人間側の英雄として立っていたのは、聖女アウラや仲間たちによる制御が大きいという情報だった。
さらに、ステラ側に侵攻した魔族の基地の8割以上を壊滅させ、その一方的な戦いぶりに戦意を失った兵も少なくはない。
その暴虐は凄まじく、生き残った魔族たちの間でこう呼ばれた。
「―――”破滅の恒星”」
遥か遠くから大地を灼く太陽が如く。
禍々しく輝き、破壊を撒き散らす人類の星は、魔族にとってまさに天災と呼ぶべきものだった。
魔王の呟きに、メルは瞳を伏せる。
メルが星見で勇者が来ることをしったときの心境は、いかばかりだっただろうか。
それでも彼女が一見冷静に見えるのは、魔王の死の予兆を見ることが無かったためだろう。
「ガシュラよ、正直に申せ。貴様は、勇者と戦って勝てるか」
魔王の問いに、ガシュラは逡巡する素振りを見せたが、瞳を伏せて淡々と答えた。
「このガシュラが必ずや倒してご覧に入れます」
ガシュラは実直な武人だ。
言葉よりも結果で語る男だった。
そのガシュラが、勝利宣言をすることなど滅多にないことだ。
それは、ガシュラですらその気概で臨まねば勝てぬということ。
勇者がいかに脅威であるかを、何よりも彼の言葉が物語っていた。
「分かった。貴様の力を信じよう。配下の兵、並びに幹部らにもすぐに共有を。心せよ……―――」
魔王は、メルの星見が無くともこの事態は懸念していたし、想定もしていた。
これまで魔族を屠ってきた経緯を見ても、勇者との交渉はまず無理だということも分かっている。
こうなってはもはや、迎え撃つしかない。
「―――勇者が、来る」
アウラの死に、怒り狂った勇者の進撃が始まる。
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