第195話 揺籃アイデンティティ④
ティアはレオナと共にエフレムに連れられ、屋敷の外に出た。
フガクの件が終わるまでと、ミユキがエリエゼルとお茶会をするようなので、待っている間エフレムがフレジェトンタを案内してくれることになったのだ。
「非常にっ……不本意ですが」
とは先を歩く彼女の談。
奥歯を噛み締め、口元を引きつらせながらエフレムはティア達を先導している。
白い普段着用のワンピースを着ていた。
プラチナ色の髪や人形のような顔立ちも相まって、こうして見ると騎士というより深窓の令嬢という雰囲気だった。
「エフレムもちゃんと公爵令嬢なんだね」
「何の話をしているんですか」
どうやら、エリエゼルから「ご友人に町を案内して差し上げたらどう?」と命令、いや提案されたらしい。
当然姉の命令、いや提案は断れないエフレムは、王国軍としての仕事もあるだろうにこうして案内を買って出てくれている。
「ごめんねエフレム。私たちもそこまで見て回りたいわけじゃないんだけど……」
「……行かなければ後からお姉様から何を言われるか……。そこら辺をぐるっと回るだけです」
「あのお姉ちゃんそんなに怖いの?」
レオナの率直な疑問に、エフレムはピタリと足を止めた。
「……お姉様は、怖くなどありません。たまに厳しいことも仰るだけです」
エフレムはこちらを見ずにそう言った。
その小さな背中を見るに、実態はお察しといったところか。
レオナは肩をすくめて、とりあえずエフレムが叱られないためにもちょっと見て回るかとティアは観念した。
せめて後でエリエゼルに、「エフレムのおかげで楽しい観光ができました」と口添えしておこうと思った。
「長閑でいいところね」
王都を出た辺りから長閑な風景しか見てないので実際は見飽きてるのだが、一応そう感想を伝えておく。
「お気遣いは結構。ごく普通の田舎町でしょう」
間もなくお昼ということもあり、辺りはそこかしこに人の姿が見られた。
来た時の敵意や警戒の視線は感じない。
ボールや遊具を持って走り回る子ども、農作業や商店での販売に従事する人々など、他の町とそう変わらない光景が広がっている。
違うところがあるとすれば、ところどころにあるガレオン公爵家の紋章が描かれた旗や、薬草の鉢植えや魔術道具らしきものが置かれた軒先などだろうか。
「ここにいる人たちはみんな魔女なの?」
「数は多いですが、全てではありません。あくまで魔女を庇護する用意があるだけです」
「え、でも『回帰派』っていうのは? みんなシェオルに行きたいんじゃないの?」
レオナの質問に、エフレムはため息をついた。
「シェオルに行くだけなら誰でもできます。そこに住み続けるというのは、貴女が想像するよりも難しいものなのですよ」
『回帰派』と呼ばれる、かつてシェオルが生活圏だった魔女たちが再びそこに戻るために活動している人々がフレジェトンタにいる。
その筆頭が魔女メハシェファーだが、実際はシェオルに総出で向かうというのはなかなか難しいようだ。
高い山を登り、物資の搬入もままらない異界へと移ってそこを開拓するのは簡単なことじゃない。
けれどメハシェファーは、リリアナのような同胞たる魔女を集めてそこへ戻ろうと考えているらしい。
ティアは、周囲からは恐れられる『回帰派』の本拠地であっても、結局は他と変わらない営みがあることに少しだけ安堵した。
必要以上に警戒していたのかもしれない。
もっとも、それはエフレムと一緒に歩いているからなのかもしれないが。
すると、続々と町人達が集まってきた。
「エフレム様、メルエム様に孤児院の食事について相談があるんですが……」
「お母様にお伝えしておきます」
「エフレム様ー! 今度ワイン持っていきますねー! 今年は良い出来ですよ!」
「ありがとうございます。お気遣いなく」
「こんにちは! エフレムさま! 今度エリエゼルさまに剣のおけいこつけてほしいの!」
「こんにちは。危ないので、もう少し大きくなってからにしましょうか」
そんな感じで、エフレムが歩く度に誰かから声をかけられている。
町人達からも慕われているようだ。
フレジェトンタを治めるメハシェファーという領主は、きっと町人達にとっては良い領主なのだろうと思った。
だからこそ、よそ者には警戒をするのかもしれないが。
「エフレム。メルエム様はどんな方なの? フガクは……大丈夫だと思う?」
「彼のことなど知りませんが……お母様は聡明な方です。無為に他人を害することなどあり得ません」
ティアはフガクが本当に大丈夫なのか、エフレムに問いかけてみた。
実際自分で選べとは言ったものの、本当にメハシェファーを信用して大丈夫なのかは疑わしかった。
周囲に呪いじみた魅了を振り撒く魔女は、他人の精神に干渉し、心を覗き見る。
ティアは、フガクが記憶を取り戻したとき自分たちの仲間のままでいてくれるのか、不安だったのだ。
「ティアもミユキみたいにフガクのとこ行けばよかったのに」
「そうはいかないでしょ」
自分はメハシェファーの精神干渉の影響を受けるかもしれないのだから。
というのは建前だ。
フガクを心配するミユキの横で、平気な顔をしていられる自信が無かった。
ミユキのために、そしてフガクのためにこの心の奥底に隠した熱が、彼らに気付かれてしまわないか。
不意に取り乱すかもしれない自分を、彼らの傍には置いておきたくなかった。
「ちゃんと戻ってくるのよ……フガク」
ティアは、丘の上に立つ黒い尖塔が並んだメハシェファー邸を仰ぎ見る。
果たしてフガクは、その記憶の奥底に何を見るのか。
ティアは拍動する胸の前で拳を小さく握った。
ミユキが、例え何が待っていても、これまでのフガクが消えるわけではないと言ったように。
自分もまた、彼の結末を受け入れる覚悟を決めようと思った。




