好きなタイプは小動物みたいに愛らしい人
「彼女は小動物の様に愛らしい人が好きらしい」
そう聞いていたから最初から期待なんかしていなかった。
リットン侯爵家の長女ベラ・リットンが婚約破棄された、その話は跡継ぎに選ばれなかった貴族令息の中で今年一番熱いニュースだった。リットン侯爵家はその歴史こそ浅いものの歴代当主は皆やり手であり、領地はとても豊かで新しい事業も次から次に大当たりしているともっぱらの噂である。そして現在の当主は息子に恵まれなかったため、長女のベラ・リットンが婿養子を娶って跡を継ぐことになっている。長年ベラ・リットンはホロウェイ伯爵家の末子キャロル・ホロウェイと婚約していたが、キャロル・ホロウェイの方から婚約を白紙にしたらしいのだ。原因はベラ・リットンの不祥事であるらしいのだが、侯爵家に婿養子として入れるのならばそんなこと些末な問題である。
そして、僕ブロウ子爵家次男のエドワード・ブロウの元へ、「駄目で元々、試しにぶつかって砕けてこい」という無責任な言葉と共に、父はベラ・リットン嬢との縁談を持ってきたのだ。
顔合わせはリットン侯爵家で行うと相手側から言われ、胃をキリキリさせながら侯爵家へ向かう。ベラ・リットンへの縁談の話は山のように舞い込んでいるのに中々顔合わせまでさせてもらえないと噂になっていた。優秀な跡取りを決めるために侯爵家は真剣なのだ、それなのに何故自分のような冴えない男には会ってくれるのだろう、と更に胃の痛みが強くなる。
もはや生きた心地もしないまま侯爵家に伺えばすぐに豪華な応接間に通される。そこで待っていたリットン侯爵令嬢にぽかんと見惚れてしまった。
すらりと長い手足に意志の強そうな切れ長の碧眼、縁談の場に着るには場違いと思われるシンプルな黒いドレスも彼女の背で緩やかに揺れる燃えるような赤い髪をより映えさせている。
僕は彼女と同じ年であるが、王立学園に通わず留学をしていたからお会いしたのは初めてである。なんと美しい人なのだろう。小さな垂れ目に団子鼻、優しそうとは言われても褒められることのない地味な顔に、ぽっちゃりと肥えた僕とは不釣り合いもいい所だ。
「遠い所からご足労いただき感謝いたします。私がリットン侯爵家長子、ベラ・リットンでございます」
「え、あ、お、お初にお目にかかります、ブロウ子爵家次子エドワード・ブロウと、申します」
彼女から挨拶をされて慌てて自分も礼を返す。ただでさえこんな僕に時間を使わせて申し訳ないのに、目上である彼女から挨拶させるなんてとんでもない無礼だ、と頭を抱えたくなる。
どうぞ、と促されるままに腰かけると、リットン侯爵令嬢との間のテーブルにはアフタヌーンティーの準備がなされる。色とりどりのスイーツに香りのよい紅茶、素晴らしい歓迎に申し訳なさが増す。
「え、えぇ、あの……と、とっても美味しそうなお菓子ですね!」
駄目だ、駄目すぎる。何か話さなければと思ったが、この容姿で真っ先に食べ物のことに言及するなんて卑しく見えるだろう。いや、確かに食べるのは好きなので間違ってはいないのだけど。
しかし、そんな僕の反省とは裏腹に、リットン侯爵令嬢はふっと柔らかく目元を緩める。
「どうぞ、召し上がってください」
少し笑うだけでシャープで強そうな印象から、慈愛に満ちた聖母のような印象に早変わりである。うっかりまた見惚れそうになってから、促されたのだからまた固まってしまうのは失礼だ、と最大限の礼儀作法を尽くしながらフルーツタルトを取って口に運ぶ。
「お、美味しい!!凄く美味しいです!!パイナップルも入っている、この国ではなかなか手に入りませんよね?」
「えぇ、エクレール国から取り寄せた物です。お好きなんですか?」
「はい!エクレール国へ留学していた時に食べて、感動して」
「ふふ、私も好きです。甘い物がお嫌いでないなら、他のものも是非」
緊張も吹き飛ぶ程の美味しさに、勧められるままケーキスタンドに並ぶスイーツを次々と食べていってしまう。マカロンも、シュークリームも、チョコレートケーキも、スコーンも全部顔が綻んでしまう程美味しい。
「美味しいですか?」
「とっても美味しいです!特に、このアップルパイ!もちろん全て美味しいんですが、このアップルパイは林檎が薔薇のように盛り付けられていて美しくて、カスタードクリームは甘さ控えめなのにコクがあるし、シナモンがよく効いていていくらでも食べられそうです」
「まあ、本当ですか?それは良かった。そのアップルパイは私が作ったの。お菓子作りが趣味で」
「んぐっ、え!?これを!!?僕はこんなに美味しいものを食べたのは初めてです!!」
「あら、お上手ね」
リットン侯爵令嬢はクスクスと笑われるが、お世辞などではなく紛れもない本音である。
美しいだけでなく、才にも溢れていて、そしてこんな僕相手に惚れ惚れするような笑顔を向けてくれる優しさもある。なんて完璧な人なんだろう。
「そういえば、エドワード様はエクレール国へ留学をしてらっしゃったのよね?語学は豊富なのかしら」
「えっ!あ、はい。あの、僕は子爵家を継げませんので、父に学を身につけよと育てられまして。エクレール国の他に、ヴェイパー民国、キュミレス帝国にも留学させていただきましたので母国語を含めれば4ヵ国語は使えます。簡単な会話だけなら後3ヵ国語程は、できるかと」
名前を呼ばれるとは思っていなかったのでどもりながらも答えれば、リットン侯爵令嬢は目を見開く。数少ない僕の特技だが、リットン侯爵令嬢と比べれば取るに足らないものである。
「それは凄いわね」
「いや、そんな。語学だけできても、生かせるような頭もないので」
「謙遜しないで、それだけできるなら十分な頭脳があるわ。それに自分で使えないのなら、私が使えばいいのよ」
「え?」
「これからは貿易に力を入れようと思っているの。私も語学は苦手じゃないけれど、貴方程はできない。貴方が私と結婚してくれるのならとても心強いわ」
「け、結婚!?僕とですか!?」
「そのためにここに来たのでしょう?」
その通りだが、断られるつもりで来ていたし、実際に会ったらリットン侯爵令嬢があまりにも素晴らしい人でその思いは強くなっていた。
「ぼ、僕は、見た目だってこんなだし、気が弱くて面白みもないし、綺麗で聡明な貴女と釣り合う所なんて一つもありませんよ!?リットン侯爵令嬢はホロウェイ伯爵令息のような小動物の様に愛らしい方がお好きだと伺いましたが、僕はとてもそんな優れた容姿はしていません」
「そうかしら?私はエドワード様と一緒にいて楽しかったけれど。小動物のような方が好きというのは本当だけれど、キャロル様はそんな方じゃなかったわ。瞳をキラキラさせながらお菓子を食べる貴方の方が愛らしい小動物みたいだったわ」
「そ、そんな小動物なんて可愛いものじゃないでしょう!?」
「私からはそう見えたわ。それに、私だって他の人から言わせるとキツくて恐ろしい顔をしているらしいわよ。貴方の評価とは随分違うわ」
「恐ろしい!?一目見て気高さは分かりますからその美しさに尻込みしてしまうことはあっても、恐ろしいなんて思いませんよ!?」
「あら、凄い口説き文句ね」
「あ、あぁ!?そ、そ、そんなつもりでは」
カァーッと顔に熱が集まって、真っ赤になってしまっているだろうことは鏡を見なくたって分かった。
「私は優秀で可愛らしい貴方を婿として迎えたいの。駄目かしら」
この美しい方にさらりと髪を揺らしながら小首を傾げられて是以外の答えを返せる人なんているだろうか。
「こ、こんな僕で良ければ、貴女を支えさせてください」
「ありがとう、大事にするわね」




