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4羽

受けた試練はそれだけにとどまらない。


「では、お薬も飲まれたことですし、そろそろお休みになられますか?」

「…いや、」



「さっき一度寝ただろう。おかげですっかり目が冴えてしまってなぁ」

「はぁ」

  

「あー、なんだ、寝れん」


(大人しく横になってなさいよ!!)


さて、困った事が起きました。緊急事態です。

病人である彼に今必要なことは、睡眠をとることです。

私としても、強面の彼には是非とも早々に眠っていただきたいのです。

口調がどんどん粗くなってしまうのも、もはやどうにもできません。

だって緊急事態なんだもの。


「えっと、それは困りましたね…」

「鍛錬でもしていれば、疲れて寝れるとは思うんだが」

「……今夜はおすすめできかねますね、それは」


いくら眠れないからって、病人に運動しろとは言いませんよ。

私だって鬼じゃありません。

鬼というならフレイモア様のお顔のほうが

よっぽどゲフンゲフン!

というか看病している相手に、わざわざ悪化するようなことをさせてたまるか。


「しばらく、話相手になってもらえるか?」

「はい」


イエスとしか言えませんよねー、あの状況じゃ。

とりあえず、立ったまま話すのもあれなので、ベッドの近くに寄って膝をつく。

視線は失礼にならない程度に外して。


「っと、すまない。気が利かなかったな。そこの机の椅子を使ってくれ」

「…!?とんでもございません、私のことはお気遣いなくとも」

ちらっとその椅子を見て首を横に振る。

さすが隊長は違う。すっごいふかふか、あの椅子。

というか、隊長の椅子にただのメイドが座っていいわけがないじゃないの!


高そう…いや、実際高級品なんだろう…なんてぐるぐる考えていると


「いいんだいいんだ。ただでさえ迷惑を掛けてる身だ」

「そんな、先ほどから申しておりますが、迷惑だなんて」

そう思ってらっしゃるなら、素直に寝て欲しいんですけども…


「私のような一端のメイドが、あのような良いものを使わせていただくなんて

とても勿体のうございますから」

「本当にいいんだ。それこそ気にしないでくれ。そうだな、

俺が見てて困るから、とでも言えば使ってくれるか?」



この短時間のうちに、私の使い方をよく学ばれたようですね。


「…それでは、失礼いたします…」


うはー!私のベッドよりもふかふかじゃないの、この椅子!!




それからしばらく、ぽつりぽつりと自己紹介も含めた会話が繰り広げられました。

ちなみに視線はすこーし逸らしたまま。

あと、眠くなれるかもしれないからと、明かりを少し暗くするのも忘れずに。

せめて…せめてお顔をあまり見ずに済みたい…


さすがの私でもそろそろ気が付いたんですけど、

フレイモア様のお顔、どうやらデフォルトで怒ったように見えるみたいなんです。

うーん、顔面凶器☆



「シュロは姓をグリュンと名乗っていたが、あのグリュン卿のところの?」

「はい、私はグリュン家の長女にございます。父をご存じでしたか」

「品の良いメイドだとは思っていたが、貴族のお嬢様だったのか!」


「貴族のお嬢様だなんて、それこそ私には縁のないお言葉です。

うちは、それはもう、一般のお宅と変わらないほどの、貧乏男爵家ですから」

「もしそうだとしても、君の家の名前は頻繁に耳にするぞ?

領民によく慕われている、いい家だと聞いている」

「お恥ずかしいです…」


「しかしシュロなら、メイドといわず侍女にもなれたんじゃないか?」

「いえいえ!本当に教養もなにも、お稽古事はほとんどしたことがなくて。

…家は使用人を雇う余裕すらほとんどありませんから、

教わってきたのは日々を生きるための炊事や掃除みたいなことばかりで」

「じゃあ、そのおかげで俺は今晩、美味い飯にありつけたわけだ。

君の家には感謝してもしきれんな」


品がいいと思われてるのは秘儀・猫かぶりのおかげ、

我が家が慕われてるのは家族みんなそろって

ただのおせっかいな性格をしてるからなんですよー

…というのは言わない。うれしい誤解はできれば解きたくないよね。


我が家のド貧乏さを聞いて何も言われないのはちょっとびっくり。

結構このネタで驚かれたり、ひどい時は笑われたりするけれど

それどころか感謝される日がくるなんて!お世辞でも嬉しいなぁ。



「俺はまあ、もう言葉遣いなんかでバレてるんだろうが、

生まれも育ちも城下にある普通の町の普通の家の、普通の平民だ」


普通って言葉が恐ろしく似合いませんね、フレイモア様


「昔から無駄に体力だけしかないやつでな。

とりあえず軍に入って、町の自警団にでも配属されれば

それでいいか、なんて最初は考えていたんだ」

「そんなやつがいつのまにやら軍の隊長なんてもんをやってんだから

人生ってのはおかしいもんだな」


「軍は、完全実力主義の場所なんでしたっけ?」

「まあな。地位や権力なんざ、剣や大砲の前じゃ役に立たん。」

「そうですね」

「ま、それだって使いようによっては、武器と同じか、それ以上に強いけどな。

重要なのはただ力を見せつけることじゃない。その力をどう使えるかってことだ。

この条件は、たぶんどの部隊でも変わらねえよ」


つまり、軍にいる方々は

もれなく全員が、実力一本でのし上がってきた猛者、ということですか。

そりゃ確かに、雰囲気に覇気がだだ漏れしてるわけだ…

しかしなるほど、軍の強さはそこにあったのですね。




「そんな隊長とあろうものが、体調管理もロクにできないなんてな」




私が一人考え込んでいた時、フレイモア様がポツリと呟かれた。

ちょっと視線をずらしてお顔を見てみると、なんだかしょんぼりした、

いえ、お顔自体は怖いままですけど、纏う空気が落ち込んでいるというか。



…きっと、隊長という肩書は、恐ろしいほどのプレッシャーでしょう。

私には理解すらできない、命のやり取りの中で生まれる責任と覚悟。

いくら屈強な軍人の彼でも、それを軽々しく扱うことは出来ない。

今回は、体が弱ったところにそれが運悪く心に崩れ込んできた、

といったところでしょうか。



あーあ、また私のおせっかいが火を噴いてしまうんですね…


遠い昔の記憶を呼び起こしながら、天井を見上げて話し出す。


「人間は完璧でないから人間と呼べる。昔、そう祖母に聞かされました。

もし、何も間違うことのない完璧な人間がいるのだとしたら、

それは人間ではない。人間の真似をするよう、精巧に作られた

ただの人形なのだ、と」


視線を感じて、そっと顔を彼の方に向ける。


「そうやって思い悩まれて、ましてや風邪もお召しになるだなんて、

フレイモア様はまごうことなき人間ですね。

ですから、たまには間違ってしまうこともありますよ」


「でも、今回のことで学ばれましたよね?

たまには自分を労わることも大事なんだって。

それで、いいんじゃありませんか?」


「それに、軍の皆様のおかげで、また平和が帰ってきましたし

きっと今は、間違ってもいい時なんです」


「間違ってもいい時、」


「そうですよ、戦場のど真ん中で倒れたわけじゃないんです。

ここは平和なお城の中で、お仲間の皆さまは今日もお元気に働かれています。

いいんです。大丈夫ですよ、安心して、目を閉じて。

ね?…ご自分を、そろそろ許して差し上げて?」



次の瞬間、ぽすっと音を立てて、フレイモア様はベッドに背中からダイブした。

ちょっと調子、乗りすぎちゃったかなぁ…?

しかもたぶん、無意識のうちに口調も少し砕けてしまっていた。まずい。

命だけは、命だけは…


「申し訳ありません、知ったような口をきいてし「まさか」まい、…え?」


「まさか、同じことを、自分が言われてしまうとは思ってもみなかった」



「同じ?」


「若手のヤツを鍛える時、一番初めに必ず言い聞かせている。

『訓練では、思ったようにただ我武者羅に突っ込んで来ればいい。

そうやって打ち負かされて、学んだことこそが戦場でお前の命を救う。

今のうち、腹一杯なんでも間違えとけ』ってな」



「俺もまだまだ、だなぁ」


そう言って、長い長い溜息をひとつ零して、


「今ならよく寝れる気がする」



よく分かんないけど、うん、良かったのかな?

まあいいか。これでようやく、今日の私の仕事もひと段落といったところ。

もう何も考えない。



「では、明かりをもう少し落としましょう。


…お休みなさいませ」



うすらぼんやりとした部屋の中では、こちらにも次第に睡魔が襲ってくる。

フレイモア様も、あの様子ならそのまま回復に向かわれるだろう。


私、も、少し、眠っても、大丈夫、かな…




チキンメイドシュロ。

だってだって、こんなふかふか寝なきゃ損。

そうつぶやいて夢の世界。



その姿を、男が見ているとも知らずに。



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