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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 灯野ユヅル@GoodNovel契約作家
第6章 意志こそ武器。そして、武器は使い方
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第3節 俺たちは初めてゾンビを襲撃する。

警戒と偵察を続けてただ歩く。


背負ったリュックが重くなってきた。金属蓋を持ち続ける手はだらりと垂れ、槍は重心を掴んで水平に持ち運ぶ。その方が楽なのだ。


息も絶え絶えというわけではないが、弾んでいる。


脚も、腕も、ジンと重い。さっき擦りむいた膝が今更になってひりひりする。



風は生ぬるく、コートの内側は汗でべったりだ。たが、気持ち悪くても命には代えられない。


そう自己診断を下しつつ、視線を散らして慎重に歩みを進める。



ほんの数分前まで笑っていたのが嘘みたいに、夜の空気はまた重く沈んでいた。


下り坂は終わり平坦になった。この先のカーブを曲がれば石神井川に出る。地図を思い浮かべつつ、民家と小さなマンションの続く裏道を行く。


パッと見、ここは日常そのものだ。街灯は規則正しく並び、割れていることもない。荒廃した雰囲気もない。


時刻は深夜に差し掛かり、護国寺を出たころはポツポツと出会った人間も、パタリといなくなっていた。どの駅からもそこそこ離れているからってのもあるだろう。深夜の閑静な住宅街にしか見えない。


異常なのは俺たちの持ち物と服装くらいだ。


それはつまり、ゾンビもほとんどいないということで──



──ガツンッ!!



乾いた衝撃音が、夜の静寂を引き裂いた。


「ッ!!」と聞き慣れない音に体が警戒モードに切り替わり、拡散していた意識が現実に収束する。



悲鳴でも、車のクラクションでも、風の音でもない音。



「……金属音ね。誰か、戦ってる?」



久しぶりに聞く美咲の声。



──カンッ



金属が硬い地面を打ち据える音がまた届く。



「行きましょう」



俺と彩葉を見て、美咲が短く告げ、足音を抑えて小走りで走り出す。


無言で追った。


靴底が擦れ、アスファルトが小さく鳴る。リュックが揺れ、ズッズッという音が出る。


ふっ、ふっ、とほんの僅かな動きで息が上がってくる。


何と戦っている? ゾンビか。なら、戦闘力がある。仲間にできる。人間同士ならどうする。いや、このタイミングで積極的に人間と殺し合う人間など殆どいないだろう。


無駄のない動きで進む美咲を後ろから眺めつつ思考を走らせる。



「あの、コンビニね。見える?」



距離は数十メートル。裏道沿いのコンビニが音源だった。


軽く息を弾ませた美咲が足を止めて凝視している。彩葉がやや遅れて追いついてきた。


目を凝らす。



コンビニの明かりは、点いていた。一見、営業中に見える。


店内に人影はない。



駐車場の奥、コンビニと民家の間にあるゴミ置き場の前。


そこに、2人の人間がいた。



ヘルメットをかぶった大柄な男が、鉄パイプを肩に担いでいる。遠目にもわかるペンキ塗料の散った使い込まれた作業服。


ゴミ置き場を背に仁王立ちする大男の姿に怯えはない。


逃げず、踏み止まり、迎え撃つ構え。腕で「かかってこいや」とジェスチャーをしている。



戦っているのではなく、喧嘩の延長に見える。


だが、暴力を肯定した人間の姿だった。



足元には、すでに1人の人間が転がっている。この距離では人かゾンビかもわからない。ただ、動いてはいない。



裏道側からさらに1体の人影が駆け寄っていく。その迷いのない捕食行動は間違いなくゾンビだった。



鉄パイプを持ち上げる、軍手に包まれた白い拳が夜に浮きたつ。


叫び声はない、荒々しくも躊躇のない動き。


駆け寄るゾンビにフルスイングした鉄パイプが顔面から人影に当たる。


叩き潰す。まさに力で押しつぶすような戦い方。


顔が潰れた人影は走る勢いのまま前に倒れ込んだ。



ガンッ‼︎



二撃目の振り下ろしが頭部を砕く。確殺。油断もない。躊躇もない。頼もしい。


そう思った。



美咲が低く呟く。


「……戦えてるわね」


「あぁ」


彼女も俺と同じ結論に達していた。



動作の一つ一つが、理屈ではなく闘争本能に裏打ちされている。


あの筋肉ダルマは、強い。取り込む価値があった。あの武器も力も。



夜風が、嗅ぎ慣れない匂いを運んでくる。


鉄の匂い、血の匂い、戦場の臭気。


その空気に包まれて、男の背中は、どこか誇らしげに、満足げに立っていた。



男が振り返る。


背後に何か話しかけている?



その動きに死角にいる誰かを知る。そうして見れば、何かを庇っているような立ち位置。コンビニ脇のごみ置き場。コンビニの壁と塀に囲まれたコの字の空間。



「誰かを守ってるのか?」


「……2体、増えたっすよ!」



無言で警戒をしていた彩葉が早口で報告に指さす方向を見やる。



脇道と民家の塀の隙間から、2体。


音に引かれて寄ってきたのだ。


片方は裏道から駐車スペースへ、もう一方はコンビニの角、男から見て死角を回ってくる。



複数同時。音を立てればこんなに集まるのか!



「1体に気づいてない」



呟く美咲を見る。



どうする?


・・・助けるのか?



素早く周囲を確認する美咲。


永遠のような一瞬、理由も告げずに指示だけが飛ぶ。



「助けるわ!」



その声に、全身が一瞬で戦闘モードに切り替わる。



「彩葉は警戒! 見張れ!」


「了解っす!」



タッ!と美咲が飛び出した。


遅れないように俺も続く。



夜気が切り裂かれ、抑えても荒い足音が地面を叩く。


鉄パイプの残響に、血生臭い戦場の臭気に、足音が混ざった。



俺たちは初めて、ゾンビを襲撃する。

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― 新着の感想 ―
愛する者以外はすべて見捨てて自分が生き延びるためだけに戦う凡人が、ぎりぎりのところで踏みとどまって他者を助ける展開が泣かせると思うよ。特に幼子が絡むとなお響くよね。主人公は英雄になるみたいだから、鬱展…
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