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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 灯野ユヅル@GoodNovel契約作家
第6章 意志こそ武器。そして、武器は使い方
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第6章 プロローグ──生存者の悪意

お待たせしました!第6章更新開始します!ほぼ戦闘シーンです(*´ω`*)b

【第6章 意志こそ武器。そして、武器は使い方。】

脇道からすぐ近くの一軒家へと移動した。


その家は、1階が駐車場の3階建てで、黒いアルファードが停めてある。


家と家の隙間、車の下、ブロック塀の影を念入りに覗き込み、車の後部と玄関の間のスペースに身を潜める。



――死ぬところだった



戦闘の熱が薄れるにつれ、理解が追いついてくる。呼吸は整っていくのに、胸の奥は逆にざわついていく。


繰り返し思い返すのは、さっきの女ゾンビとの戦闘シーンだ。



揺れながら突進してきたあの瞬間。


盾で押さえつけて、制圧したあの瞬間。



戦っている時は、反動も痛みも、何も感じないまま壊しきったが、今更鮮明すぎる映像が頭に浮かんで離れない。


後頭部にフライパンを叩き付けた重い衝撃。白髪交じりの頭皮が裂けて、金属がめり込み、頭蓋骨が割れて、ギザギザに割れた骨が剥き出しになった光景。


飛び散る血と灰色の脳漿すらも静止画みたいに焼き付いている。



「……ここで、一息つきましょ」



声を掛けてきた美咲は、まだ息が荒いくせに恐ろしく落ち着いていた。


頷いて、槍を地面に置き、手をついて警戒を解く。コンクリのざらつきが付いた手のひらから伝わり、湿った梅雨の空気に汗がにじむ。


車の後ろと家の間の狭い空間。死角にはなっているが守るのに適しているとは言えない。一時しのぎだ。だが、屋外ではこれ以上を望めない。


隣に座り込んだ彩葉を見る。彼女を助け、一時的に北池袋のマンションの部屋で休憩したのは、正しい判断だった。


そんなことをぼんやりと考える贅沢を許さない美咲の声。



「これからのことを決めるわよ」



その声に、大きく息を吸って、頭を回す。


身体は休めても、頭は休めない。



美咲が彩葉と俺を交互に見て声を落とす。



「……まず、生き残ったことに感謝しましょう。その上で、あのゾンビを何度も相手にはできないことは、分かるわね?」



・・・分かっている。


隣の彩葉は槍を抱いたまま、笑おうとして笑い切れていない。



「っすよねぇ……あれ、あたしに向かってきたら……たぶん、あたし死んでたっす」



声は軽くても、手は震えている。


全力で突っ込んでくる人間の速度、重さ、衝撃。美咲が吹き飛び盾が拉げた。もし、あたしならと彩葉が考えて出た結論が、《死》。それは想像よりも明確に現実の死として胸を締め付けているだろう。


ほら、さっきからカタカタと金属音を響かせて、彩葉の槍が震えている。



「盾も歪んだ。悟司のフライパンもよ。次だけは何とか出来ると思う。でも、その次は……分からない」



淡々と告げる美咲の結論。説得されるまでもなく理解する。身体の疲労に武器の劣化、何度もは《無理》だと。



「あと、戦って確信した。2体同時に来たら……どしようもない」



どうしようもない──それは俺たちが全滅するということだ。


胸に鉛が落ちる。否定したくて無意識にシミュレーションが走る。



彩葉では跳ね飛ばされて終わりだ。同時に来るなら俺と美咲が前に出るしかない。


・・・逸らせたとして彩葉がトドメを刺せるか。


息を呑む彩葉を見る。



「彩葉、お前、ゾンビを壊せるか?」


「……いざとなれば、やれるだけやるっすよ。刺して殴って、ゾンビ狩りの彩葉さんになるっす」



戦力として彩葉を値踏みする。


コートを防具に、クソ熱い真夏の夜に、スキー用のニット帽とゴーグルをつけた小柄な彩葉。細い体に見合った力、軽い体重。それらを加味して結論を出す。


あぁ、きっと彩葉はやるだろう。刺せる、殴れるだろう。だが、力が足りない。あの硬い頭蓋骨を破れない。壊せない。


跳ね飛ばされて転がる俺と美咲、攻撃力が足りない彩葉。立ち上がる2体のゾンビ。


詰みだ。



「……」



声は出ず、押し殺しても漏れた息だけが音になる。


美咲は短く目を閉じ、小さく首を振った。



「やっぱり無理、よね」



そして、沈黙が場を支配した。



下を向いた視線に植木鉢が入ってくる。学校で朝顔を育てるアレだ。りくくんと名前まで入っている。どこかからか差し込む街灯に照らされて読み取れた。


朝顔を育てて、花を観察して、家に持って帰ってきたんだろう。そんな誰もが当たり前に通り過ぎる日常。


その横で、生きるか死ぬかの話し合いをしている。違和感に心が軋む。



美咲の低い声が張り詰めた沈黙を破る。



「……ひとつだけ……生き残る方法が、ある」



彩葉が跳ね上がるように顔を上げる。俺も、美咲の顔を凝視する。


美咲の表情が変わっていた。そして、俺は思う。



──あぁ、また何かをしょいこんだな、と



美咲の声は、震えていない。ただ、冷たかった。活路を見つけた高揚感など、ない。


その固く鋭利な心に、俺は声をかける。彼女が俺の大切な人だから。



「……教えてくれ、美咲。生き残る可能性が上がるなら、俺はそれに賛成する」



言い淀み、一瞬目を閉じて、それでも自信を持って彼女は断言する。



「同行者を、増やしましょう。……ゾンビは殺すのではなく、食べるために人を襲う」



つまり。


……そういうことか。



「2体出るなら、1人を喰わせればいい。1体を倒して、その後に、食べている1体と食われている同行者を捨てて逃げれば助かる。同行者は……アタシたちにとっての《残機》よ」


「食わせる……のか」



見捨てるんじゃない。囮として利用する。見捨てるより遥かに重い。


その合理性を考える。無意識に奥歯を噛み締める。



「ひとり捕まれば、そいつを食べている間は動きが止まる。つまり、1体を無力化できる」



そこには罪悪感も躊躇もない。


合理だけの声があった。だが……それは……あまりにも。



彩葉の喉がひくっと鳴る。



「……仲間、を……?」


「いえ、同行者、よ。同行者は……リソース」



ギュッと締めつけるような痛みが胸に走る。鼓動が強く脈打つ。


声が出なかった。同意すると決めていた。……ただ、喉で渋滞した声が遅れていた。



美咲は俺を見た。



「悟司ならわかるわよね? アタシたち3人だけじゃ、()()()()()。誰かを加える。食わせるための人間を」



彩葉が小さく震えながら言う。



「……やるんすか、それ」


「……生きるためよ」



静かに落とされた美咲の言葉は、車の下の暗がりより深く沈んでいった。


俺はゆっくり息を吸い、吐いた。


心臓は早い。汗は冷たい。震えは止まらない。



理解はしていた。



──これは悪意じゃない


──これは生きる意志だ



害意のない悪意。その純粋さに喉が痛いほど乾く。



やろう、美咲。



喉の奥で引っかかったその一言は、なかなか出てこなかった。

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