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愛屍の臨界──それは「愛してる」が全ての理由になる世界  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家(GoodNovel契約作家)
第3章 ゾンビの溢れた月夜を歩き、彩葉を助ける──そのための《さようなら》
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法を守る人、法を破る人が交差するひと時を、俺たちは駆け抜けた。

美咲の後を追い、住宅街を歩く。


車も通らない。人もいない。


この状況で、夜に外へ出る方が異常だ。



・・・俺だって一人なら家の中に籠もっている。



それでも進まねばならない。


生き残るために。どうしても。



バシン、バシン──。



乾いた衝撃音が、夜気に響いた。


美咲が握りこぶしを上げる。



──止まれ



俺は即座に盾を構え、後方と左右を確認する。



音は建物の内側からだ。


窓を叩く音だった。



「……室内からね」



小声の美咲。


耳に棘のように響く。



「戻って迂回しましょ」



頷き、歩を引く。


それでも音は止まない。



バシン、バシン……。



時に速く、時に遅く、リズムを変えて。



見えない。


ただ音だけが、耳に粘りつく。



離れてもなお、心臓の裏で響いていた。


角を曲がった瞬間。


──パリン。


背後で、ガラスが砕け散る音がした。



何かが飛び出すイメージが浮かぶ。


また一体ゾンビが増えた。


見えないが、そういうことなのだろう。



*



角を覗いた美咲が、ぴたりと動きを止めた。


手を下げて合図。



「……二人組がこっちに来る」



小声が夜に沈む。



「やり過ごしたいけど、塀があって隠れられない。多分、人間よ。男二人。話してる」



心臓が痛い。


耳の奥で脈が鳴り、血が熱を帯びる。



美咲が立ち上がる。


その背に従って俺も身を伸ばす。


小さく囁かれた。



「気づかれても慌てないで」


「俺が前に出る」



盾を握り直し、美咲の前に立った。


角を曲がった二人組と、真正面で鉢合わせる。


向こうも息を呑み、立ち止まった。



「うおっ……!」



驚きの声を上げ、男が目を見開く。


その視線が盾、次いで槍を向く。



彼らはゆっくり振り返り、足早に歩き去っていった。



何度も振り返ってくる。


明らかに怯えられている。


それが、ありありと分かった。



美咲は一瞥するだけで、すぐ角を曲がった。


無言のまま進む背を追う。



──まだ、家から一キロも移動できていない。



静かな夜。


積み重なるのはただ消耗だけだった。



*



美咲が立ち止まった。


視線の先を指さす。



街灯に照らされた生活道路。


そこに、自転車が一台、横倒しになっていた。



だが、周囲に人影はない。



血の跡も、呻き声も、何もない。



「……」



美咲の目が細められる。


俺も息を殺し、その暗がりを睨んだ。



あの自転車の持ち主は、生きているのか、死んでいるのか。


それとももう、ゾンビになっているのか。



──分からない



ただ一つ確かなのは、ここで立ち止まるべきではないということだった。


美咲は小さく手を動かし、引き返すと言う。


俺も自転車から視線を逸らさずに、黙って彼女の背を追った。



*



慎重に進み、川越街道に繋がる脇道まで到着した。


途中、人と何度かすれ違った。


誰も声を掛けてこない。



暗がりに佇む異様な二人組を、目にした瞬間に避けるように足を速めて去っていく。



その方が助かる。


トラブルはない。


声を掛けられるよりもずっといい。



とはいえ、その度に心臓は跳ねた。


あれは人間か、ゾンビか。


暗闇では判別がつかない。



それでも今のところ、はっきりと人間だと分かる者たちだけだった。


家族連れ、段ボールを抱えた男、キャリーバッグを引く女、生活の断片を背負った姿。



まだ、この街には「生きている人間」が残っていた。

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