40話 公爵夫人の悪いうわさ ~ VS リカルダ ~ これにて一件落着
燃え尽きた拳闘士のようなレニアにエレディンは優しく声をかける。これまでの彼なら絶対にしなかった仕草だ。冷酷で非情のの公爵はリカルダに出会って人間らしい情が芽生えたのである。
「少し休むといい。リカルダのドレスはそれはもう豪華で素敵なものだから君も楽しんでくれ」
リカルダファンへのサービスである。ただ、レニアはリカルダファンどころかむしろ敵対派閥だ。逆効果である。
レニアから悔し涙がこぼれる。
「キャアアアアア!!!!!!!!!」
悲鳴が響いた。
皆が一斉に声の方へと視線を向ける。
そこにあるのは視界の暴力だった。
あるものは失神した。
あるものは土下座で拝み倒した。
入場者の名前を読み上げるはずのコールマンが泡を吹いて倒れた。
まさに太陽のきらめきのような金髪、海の美しい青だけを切り取った色の瞳、白い肌を包んだドレスは豪華絢爛であるはずなのに、そんなもんかすんでしまうほどの整った顔立ちにパーフェクトなプロポーション。美の化身だ。
レニアは一目で魅入られた。
この世にこんな美しい人間が存在するのか。女神様がお忍びで来ちゃったんじゃないのか。
「あああ、さすがリカルダ完璧な美しさだ!!」
「まあああどんなドレスもかすんじゃうわあ。さすが私の娘!!」
「美しい美しいわ……!!! タキシードも捨てがたかったけどこれを見せられちゃあ屈服するしかないわ!!」
ファルディス三人衆がキャッキャとテンション高く騒いでいる。
音を失った会場の中、リカルダ耐性のあるファルディス家の声だけが響き渡っていた。
エレディンはというと。
「……」
言葉が詰まって何も言えないでいた。
美しいのは知っていた。
そして容貌だけでなくその心根も。
だが、予想を超えるはるか上の美しさでリカルダはエレディンを魅了した。
「ファルディス家が次女リカルダ。今宵、皆様にご挨拶いたします」
リカルダの声はよく通った。そもそも騎士団長代理で指揮を執るくらいの声量だ。会場の全員の腹にズンと響く。しかも美しい。全員がその場でひれ伏した。
万雷の拍手、人々の歓喜の声。
デビュタントというよりは聖女降臨である。
皇后と皇帝は後ろでにっこりご満悦だ。プロデュースした甲斐があったというものである。
そのあとのパーティはひたすらリカルダを称える会になった。美貌の公爵エレディンはすっかり人々に忘れ去られた。
レニアはすっかり放心状態で涙を流して拝んでいた。
人間、あまりにも美しいものを見ると身動きできないものである。
そしてファルディス家がトチ狂った理由を悟った。
あの美しさを前にして狂わずにはいられない。
そしてそれはレニアだけでなく、ここに出席した全員がそう思ったはずだ。
レニアに洗脳されていた令嬢たちは涙を流してあがめ称え、ガルディアファンは恍惚とした顔でその尊さに震えた。
今宵開催されたこのデビュタントパーティは帝国歴史に残るイベントとなった。
宮廷画家はヒャッハアアアア!!!!と奇声を上げて筆をキャンバスにぶつけたし、演奏部隊は魂を込めて楽器を奏でまくった。
飾られたお花はオークション形式で高値が付き、皿やグラスまで欲しがる奴が出てきた。もちろん黒字になった。その日の使われたワインはもちろん、料理は各レストランが一斉にメニューに出し、「リカルダ様デビュンタントメニュー」として売り出した。デビュンターであるほかの令嬢たちは控室でリカルダ様と同じ空気を吸ったということでうらやましがられ、「幸運なデビュンターたち」という呼び名で社交界で有名になった。本人たちもめちゃくちゃ周囲に自慢しまくった。
そしてレニアはファルディス家の仲間入りした。
本人は自首して牢に入ろうとしたのだがファルディス家が認めなかった。
「ですから!!私は偽物なんです!!恐れ多くもリカルダ様にあだなそうとした愚か者なんです!!」
「ふっ!!目を見ればわかる。お前は私たちと志を同じくする者……!!」
「リカルダに惚れこんだものは多いけれど、あの恐怖の公爵に嫁ごうとした人は私たち以外にいなかったわ!!」
「そうよレニア。いきなり貴族になるのは怖いでしょうけど大丈夫。私たち家族がついてるわ!!」
ファルディス三人衆はレニアを快く迎え入れたのである。いくらレニアが辺境の田舎町のド平民だと証明しても、セドリックの娘がリカルダだけだと証明しても、
「公爵に嫁入りしようとした事実は変わらない!! 魂が我々の家族なのだ!!」
とかたくなである。
レニアはこいつらを説得するのをあきらめた。
まともなヘルムントなら自分を牢獄に入れてくれると期待した。
「へえ。秘密結社の黒魔法師ですか。黒魔法は正規の魔法よりも難しい。さてはあなた相当頭がいいですね? この屋敷でまともな人間は貴重です。司法手続きはやっておきますからここにいてください」
ヘルムントでさえコレである。
(誰か私を罰してくれ!!!!!!!)
レニアの叫びは誰にも届かない。
ロトランダ公爵に打ち首覚悟でぶちまけても、
「そうか。それは大変だな」
としか言われない。
ちなみにこれはリカルダファンの言葉は何も考えずに聞くというエレディンの処世術のせいである。長い旅でエレディンは成長した。
リカルダに泣きながら白状すると、
「私の出自があいまいなのはそうだし、もしかしたら生き別れの姉妹かもしれないよ?」
と優しい顔で言われ、レニアは泣くしかなかった。
レニアは思った。
このままファルディス家の仲間入りをすればあの美しいリカルダ様の縁者になれる……。
ニョキっと欲望がこんにちはする。
しかしだ。
天知る地知る己知る。
邪悪な動機でリカルダ様の悪評をばらまいたのは自分である。そんな己が許せない。
愛の前ではどんな地位も名誉もゴミカス同然。
世界征服なんざくそくらえ。
これからは清く正しく生きるんだ。愛のために!!
レニアはすっかり改心し、帝国の憲兵の黒魔法師として勤務することになった。
そしてある晩、秘密結社漆黒の堕天使のメンバーが帝国の酒場で悪だくみをしていた。
ナルティーヤ伯爵である。
たまたま酔って転んだ時に眼鏡を割ってしまった彼にリカルダの美貌は届かず、レニアが動かないことに腹を立て、秘密裏に国家転覆計画を練っていたのだ。
「平和ボケした貴族どもに鉄槌を下す!! レニアは失敗に終わったが私の計画はけして砕けん!! 終焉と腐敗の竜、アビスロットを召喚するのだ!!帝国は焦土と化し、我ら漆黒の堕天使の新たな王国として生まれ変わるのだ!!!!」
ナルティーヤ伯爵は邪悪な顔で笑った。
しかし、その酒場は突然爆破された。
「させてたまるかあああ!!!! リカルダさまがいらっしゃる帝国でそんなもん召喚すんじゃねえええええ!!!!!!」
レニアの仕業である。
憲兵が突入し、ナルティーヤ伯爵はあっという間にとらえられた。
芋づる式に秘密結社のメンバーは見つかり、ごはん中でもお風呂中でも構わず、レニア率いる憲兵が突入した。
一方、ほかの人間……社交界のアイドルと名高いカイラス王子は寝込んでいた。公爵令嬢リカルダが原因である。
一目ぼれの恋煩いならドラマティックだがそんなんじゃない。
月の女神とも思える美貌だが、それ以上に驚愕すべきはリカルダから立ち上る覇気だ。熟練者とかそんなレベルじゃない。西大陸最強とか言われている自分がひれ伏すレベルである。
そして彼は悟る。
ダルグレーヴはこのことを警告していたのだ。
美しい漆黒の公爵が連れた化け物のことを。
彼が突然派閥もろとも修道院に入ったのは十中八九、あのバケモンが原因だろう。
それならルヴァリエが取る手はたった一つ。
絶対的な服従である。
カイラスはさっそくロトランダの属国になるべく動いた。
貴族派が反発したが、修道院にいるダルグレーヴが「カイラス王子様に大賛成!!」と援護射撃したことでスムーズになった。カイラスとダルグレーヴは和解し、時折修道院に訪ねる仲となった。
「王太子をやめて東大陸で修業しようと思うんだ。ダルグレーヴも第二王子が王になったほうが嬉しいだろ?」
「いやいやいや!!ロトランダと渡り合えるのはカイラス様だけ!!ロトランダの恐ろしさもわかってくださるのはカイラス様だけ!!貴族派閥はわしがどんな手をつかっても黙らせますから!!」
ルヴァリエにそんな騒ぎを起こした自覚もないリカルダたちはエレディンと楽しくタウンハウスで過ごし、ロトランダへと戻っていった。
「おはようエレディン。リザレクション樹のジュースだ」
リカルダが微笑む。エレディンが微笑み返す。
公爵夫人になった今でも夜明け前にダンジョンで狩りをするのは変わらない。
「ありがとうリカルダ。今日もおいしそうだ」
二人だけの部屋、ジュースとサンドイッチ(どちらも迷宮の超貴重アイテム)だけの簡単な朝食をとる。
これまでも、これからも。
二人で色んな伝説を作りながら、ずっと幸せに暮らすのだ。
おしまい。
休載が多く皆様にはご迷惑をおかけしました。
ここまで書ききれたのは皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。




