33話 公爵夫人が街の英雄過ぎる
伝言ゲームというものがある。
言葉をメンバーに伝えていき、最終的にどんなゲテモノになるのかを楽しむ遊びだ。
ただの遊びでさえゲテモノになるのだから、ガンコなカビのようにこびりついている毒蛇公爵のイメージが先にあると、それはもうゲテモノ以上の何かに進化する。
セリーヌとエミリアがお茶会やパーティでロトランダ公爵がどれだけ麗しいかを力説しても、それは正しく伝わることはない。
「ロトランダ公爵様が悪魔と契約したことはご存じ?」
「知っていますわ!! いたいけな美少年を生贄にしたとかなんとか」
「領主のご子息だったそうよ。民のために自ら犠牲になったのね……!!」
「なんて可哀そうなんでしょう」
むせび泣くご婦人たち。
レオンが社交界デビューしていたらポジティブな噂で溢れかえっていただろうが、まだ子供の彼の交友関係は狭かった。今後に期待である。
そして、ゲテモノに進化した噂は城塞都市ヴァルクレインまで届いた。
遥か昔、帝都をモンスターの群れから守ったという古い都市である。帝都の守護を誇りとし、領主は代々ムッキムキの脳筋で騎士団も体力自慢のムキムキ集団なので治安も良い。
さらに大河が流れて運搬コスト低減、帝都へのアクセス良しということで商人たちに大人気である。
活気あふれる商人の聖地であるのだが、ここにあのウワサが届いてしまった。
「知っておるか皆の衆!!あの悪魔と手を組んだ恐ろしい毒蛇公爵の存在を!!」
「もちろんじゃ、もちろんじゃ!! いたいけな少年を生贄にするなど神をも恐れぬ所業……!!」
「パルパンテ領、ドヴォール領とくれば次はここヴァルクレイン!!」
「もたもたしていると餌食になる!! 店を畳んですぐに脱出じゃー!!」
商人たちは血相を変えて店を畳み始めた。
荷馬車は品物だけでなく街の人間ものせた。お世話になっている街の人を置いて逃げるなんてできない。あるものは船団、あるものは大型の馬車を用意したのである。優しい世界。
そしてそして、ヴァルクレイン領主、ジェラールは甲冑に身を包んで臨戦態勢である。民を守るため騎士たちもやる気満々決死の覚悟だ。
なにしろ相手は悪名高き毒蛇公爵なのだ。
しかも悪魔と手を結んだというオマケ付き。
険しい顔で城壁の上から四方を見渡す。
そしてその隣に立つのはダルグレーブ公爵の甥、カーライルである。なんでお前がここにいるのか。
それは割と単純な話である。
ロトランダ公爵を誘拐するため居場所を探っていたところ、このヴァルクレインが次のターゲットだと知って先回りしたのだ。もちろん身分は伏せ、武者修行中の傭兵として来ている。正体を知られれば国際問題に発展しかねない。
「頼みますぞカーライル殿!! 倒せなくても退けられれば良いのです!!」
「安心しろ!! 東大陸で修業した俺に敵はいねえ!!」
東大陸と聞いて兵士たちはどよめく。かの地は武術オタクの聖地である。
士気は爆上ががりした。
そのとき、敵襲ラッパが吹き荒れる。けたたましい音に皆が身構えた。
一瞬で皆の顔が真っ青になる。
すわ、毒蛇の襲来かと思いきや、やってきたのは超デカイ、真っ黒黒の巨大なバケモンがズジンズジンと大地を響かせ迫っていたのだ。
「ダークネザリオン!!! 死と灰の竜!!」
兵士が叫ぶ。
「くそっ。復活したのか!! 誰かが封印を解いたに違いない!!」
ジェラールは青ざめた顔で言う。
「あんなもんが眠っていやがったのか!? 封印できるならもう一度すればいいじゃねえか!!」
カーネイルは叫んだ。
いくら強くてもあのバケモンは倒せない。強すぎる。
「封印したのは大昔の英雄なのだ。森の泉の石碑に何かあったに違いない!!!!」
ジェラールの言葉にカーライルはサァっと青くなる。
ここに来る前、カーライルは馬たちの水分補給に森の泉で休憩した。
「ゼノグラトスったらヤンチャなんだからもぉ~!!」
愛馬、ゼノグラトスをデッロデロの顔で眺めるカーライル。ただの親ばか……馬バカである。
おてんばの馬、ゼノグラトス2世(男の子 五ちゃい)は大きな泉でおおはしゃぎし、可愛らしい極太あんよで石碑をキックした。カーライルの暴れん坊伝説はだいたい馬のやらかしである。先代ゼノグラトス1世も含めて。
「ヒヒヒーン…… (訳 ごめんちゃい)」
「も、もうしょうがいないああ!! 今度から気を付けてねっ!! もうやっちゃダメなんだからねっ!!」
カーライルは愛馬の可愛さに怒るに怒れなくなった。
「ふう、とりあえずお前ら。壊れた石碑をもとに戻しておけ」
部下たちがチャッチャと片付ける。接着剤でまあまあ形だけは元に戻った。
これがつい2時間前のことである。
『あれかああああ!!! あれが封印の石碑だったのかあああ!!!』
カーライルは真っ青になる。
「ヒヒン? (訳:だいじょうぶ?)」
愛馬、ゼノグラトス(真犯人)はクリクリお目目でカーライルを心配してくれる。可愛い。可愛すぎる。
この子を守るためにも俺は真実を隠し通さなければいけない。大丈夫。俺はこの秘密を墓場まで持っていく。
「ジェラール殿!! 石碑の事はともかく、今はダークネザリオンを倒すことが先決です!!!」
急に敬語になるカーライル。
ジェラールの意識を石碑からチェンジしなければ可愛い可愛いゼノグラトスのやんちゃがばれてしまう。カーライルは必死である。
「カーライル殿……!! 我が街のためにそこまで必死になって下さってありがとうございます!!」
何も知らないジェラールは感激した。
「ひ、人として当然です!! それにわたくし、人助けが趣味でして!!!」
カーライルはひきつった顔で嘘八百を並び立てる。
「おお、素敵なご趣味ですなあ」
ジェラールは感心する。
「はっはっは!!」
カーライルは笑ってごまかした。
「カーライル殿、ご指示を!! ダークネザリオンが迫ってきます!!」
見張りの兵士がカーライルに報告した。
見ると真っ黒黒の凶悪なドラゴンがズシンズシンと地響きを立ててこっちを見ている。
(つ、強い。S級モンスターだ。倒せるか?)
カーライルは冷や汗を掻く。
「ヒヒン」
ゼノグラトスが心配そうに鳴く。
「……っふ。お前に心配されちゃあ飼い主失格だな。よし、俺のすべてをもってあいつを倒す!!」
絶対にカワイイカワイイ、キュートでプリティなゼノグラトスのやんちゃを歴史の闇に葬る!!
カーライルは覚悟を決めた。
「ジェラール殿! 兵をお借りします!!」
カーライルは弓兵に援護を頼み、精鋭たちを連れて城壁の外に出た。
間近で見ると圧巻である。
超デカいわ、飛べるわ、鋭い爪で攻撃してくるわ、口から炎を吐くわ、油断していると極太の尻尾が襲ってくる。
カーネイルたちの攻撃も効いているのか効いていないのかわからない。でも、たぶん効いていない。東大陸仕込みとはいえ拳法など相手に届かなければ無意味なのである。
「カーネイルさまあああ!!!」
部下の一人があえなく餌食に。
になりそうなところで、ダークネザリオンは真っ二つに割れた。
「大丈夫かい?」
ダークネザリオンの上に輝く金髪をなびかせるイケメンが一人、やっていることは英雄なのに緊張感がまるでない
一方、感激に身を震わせているのはジェラールだ。
「おお!! あの方は噂の旅の王子様!! 毒蛇公爵はいざ知らず、ダークネザリオンも倒す力量!! まさしく英雄に相応しいお方だ!!!」
ジェラールは感激した涙を流して褒めたたえた。人違いなのに。
そしてカーネイルはというと、真っ青になって身を震わせて色んな汁が垂れている。一応イケメンなのだが見る影もない。
カーネイルはその存在を知っていたのだ。
世界最強の傭兵部隊、蒼天連隊。
そしてその中で『金獅子』……別名剣鬼と称された金髪碧眼の天才、リカルダのことを。
東大陸にいて知らない奴は皆無だ。
この至高の存在がいるのなら、いずれゼノグラトスのやんちゃがバレてしまう。
カーネイルは汗だくだくである。
兵士たちが英雄の出現に狂喜乱舞しているうちにカーネイルはそっと抜け出した。
ルヴァリエに向かうの道すがら、カーライルはどうすれば助かるかを必死に考えた。
二十年何年生きてきて真剣に人生を考えたのである。
極度の緊張状態のとき、人は哲学者になりがちだ。
何のために生まれたのか、何のために生きるのか。
カーライルはゼノグラトスの上で足りない頭をフル稼働させていた。
■
「カーライルウウウ!!!? お前!! なんでツルッパゲになっとるんだー!? ストレスか!?わしと同じストレスかああ!!!?」
ダルグレーブ公爵は驚き、絶叫した。
可愛い甥っ子がツルッパゲになっているのだ。
たしかにカイラスと関わってからダルグレーブ公爵も抜け毛が気になり始めた。
まさか悩み事なさそうなカーライルもいっちょまえにストレスを感じるとは……。ダルグレーブ公爵は悔いた。
あのフサフサの赤い髪を撫でることももうできない。
うう。と涙をこぼすダルグレーブ公爵とは対照的にカーライルはあっけらかんとしてる。
「違う違う。俺、修道院に入るの。頭丸めたの」
カーライルの服装は地味な灰色一色である。
「なぜだ!!」
「傲慢に生きてきた人生を見直すというか、もっと謙虚に生きようって思ったら出家が一番かなって」
カーライルの目は澄んだ色をしていた。
何十年も修行してきたような顔である。
「いやいやいや!! お前から傲慢をとったら何が残るんだ!! そもそもダルグレーブ一族は傲慢さがウリだろうが!! お前の妹のガブリエラもルヴァリエ一の悪女として有名だし!! いいか、わしの若いころなんか悪の貴族としてな」
お説教が始まった。悪だろうと何だろうと、甥っ子に対する姿勢などあまり変わらない。
だが、そんなもの今のカーライルには全く響かない。
カエルの面にションベンである。
「圧倒的な力の前にはそんなもん無力ですよ」
達観したカーライルは死んだ目で言う。
「ふっふっふ。カイラスの仲間が強力なのは知っとるが、ダルグレーブ公爵の力を侮るなよ? カイラスに適う相手がいないなら召喚するまでじゃ!精霊、魔人、なんなら異世界人召喚まで種々のラインナップを揃えておるわい!!」
鼻息荒くダルグレーブ公爵は言った。
彼の財力だからできる技である。
「叔父上、東大陸の蒼天連隊知ってますよね」
「ん? そりゃあまあ。鬼が万匹いても勝てないとか言われている奴よな」
話には聞くがしょせん東大陸の事、ダルグレーブ公爵は特に気にしていない。
「金獅子は知ってますよね?」
「ああ、蒼天連隊のエース。剣鬼とも言われているんだったか?」
「それがカイラスの仲間です」
「……」
ダルグレーブ公爵は固まった。
蒼天連隊という激やば集団の中でさらにその上をゆく存在である。
「やっぱワシも修道院はいる!!」
ガシっとダルグレーブ公爵はカーライルの手を取った。
命あっての物種である。
その日、わずかに残っていたダルグレーブ公爵の毛はなくなり、カーライルと仲良く辺鄙な修道院の道士となった。
しかし、そこで話は終わらない。
ダルグレーブ公爵家は領地とか諸々を王室に献上し、なんなら今までの悪事を報告して処罰を受ける姿勢も見せた。
リカルダと敵対するよりルヴァリエで処罰を受けた方がマシだからである。
そしてこちらは遊学中のカイラス。
ダルグレーブ公爵の情報はもちろん届いている。
「というのが王都からの報告です。……政敵がいなくなりましたよ」
「……何が起こったんだ?」
カイラスは困惑する。
私財を献上、悪事を白状。極めつけに出家だ。青天の霹靂過ぎて頭が追い付かない。
漆黒の貴族のメッセージカードに始まり、ロトランダ公爵と同盟、そしてある日突然出家。
「ロ、ロトランダ公爵が出家を勧めたのかもしれないな。 噂ほど悪人ではないかもしれんぞ」
いい茶飲み友達になったのかもしれない。尊きかな友情。
カイラスは悪評に塗れた公爵を見直した。
色々誤解しているが、エレディンをわかってくれる人が誕生した瞬間である。
カーライルの「必殺奥義、酸辣担々刀削拳!!」が出せなかったのが無念。




