普遍的意識フィールド理論
表題に書いた理論が話題になっていますね。物理学をベースにして哲学や心理学を統合しようという考え方です。この理論の仮定では、ビッグバン以前から意識の場が存在していて、今現在の我々が自分の意識だと思っているものは、この意識の場に起きたさざ波のようなものだとしています。
つまりヒンドゥー教のブラフマンと一緒で、宇宙に存在する絶対的な意識は一つしかないという事です。私もそれなら、これを読んでいるあなたもそれなわけです。
例えばシミュレーション仮説が正しいとして、この世界がゲームのような物だとしてみましょう。そこにはA,B,Cという三人のキャラクターがいたとします。プレイヤーである私は、三人から自分がプレイするキャラを選べるのでAになるとします。ゲームが終わったら次はBでその次はCでやってみるとします。それで現在自分はCだとして、AもBもゲームには登場します。では自分がCをやっている時はAとBは誰がプレイしているのか? 実はそれも自分自身なわけです。
実際にこの世界でやるゲームだとそうはいきません。時間の流れはひとつだと感じているので同時に複数キャラではプレイできません。自分は一人しかいないからです。しかし物理を勉強した事のある人なら、時間なんてものは全く定まったものでは無い、とても不確かなものである事は理解していると思います。
高次元では時間の流れなんて意味を為しません。そうです。この世界における自分の存在はキャラだと思いがちですが、後ろにいるプレーヤーが本当の自分です。AもBもCもその自分が演じているわけです。つまり数十億人いる地球上の人間は(もっと広く言えば宇宙全体に存在する意識)全て自分自身なわけです。
だからどうだと言われそうですが、もしあなたにどうしても腹が立ってしょうがない嫌な人間がいたとします。それもまた自分自身であって、その役回りを演じているだけだと思えば、そんなに腹も立たなくなりませんか? とても成功している人を見て妬ましく思ったり、成功しない自分を情けなく思う必要もないわけです。なぜならそのすべては自分だからです。
そうは言っても、今現在確かに辛くて苦しいから、何とかしてくれという人もいるかもしれません。どうすればいいのか? この世界で自分ができる事と言えば、現在自分だと思っているこのキャラで、いかに今の人生を楽しく過ごすかという事だけす。苦しい事ですら楽しむしかないんじゃないでしょうか?
ゲームの目的はいつだって楽しむ事です。




