人は死なない
天才発明家、ニコラステスラの言葉に「この世に生を受けた人の中で死んだ人は一人もいない」というのがあります。何を言ってるんだ、みんな確かに死んでいくじゃないか……そう思う人が大半でしょう。
最新の物理学では、この宇宙の本質は情報なんじゃないかと考えたりします。物質は存在しているように見えて、単に情報がそう思わせているだけだという事です。これは結構腑に落ちます。物理学の勉強で躓いたのは電子の存在です。電子の位置は観測するまで定まりません。どこにあるのかは確率でしか分かりません。
確かにどこか一定の場所に存在していて、観測をしないとその位置がわからないという話では無いんです。そうであったなら感覚的に理解できます。しかしそうではなく、どこにもなくてどこにでもある状態なんです。観測した時に初めて定まるんだそうです。これがどうにも理解できませんでした。
ゲームで宝箱を開けるときに、その中に宝物が入っているのか、それ自体が怪物なのかは開けてみないと分かりません。開ける前は数式(情報)だけがあって、確率を加えた計算結果が表に出てくるだけです。前出の理論ではこれが宇宙の本質だという事らしいです。
もし全ての存在が情報なのであれば、一度生を受けた人間の情報もまた永遠に失われないような気がします。肉体としての死を迎えてもそれは残り続けます。なぜなら存在とは単独で成立するものではないからです。
例えばここに一枚の紙があって、人型に切り抜くとします。普段我々は自分がこの切り抜かれた人型の方だと思っていますが、実は切り抜いたベースになった紙の方にも、全く同じ情報が残されています。自分という個があるように見えて、実は周辺の情報から自分は構成されているとも考えられるわけです。で、あればその情報は人型の方がどうなろうとも失われることは無いでしょう。
死の定義にもよると思いますが、肉体の損失ではなく情報の消失を死と捉えた場合、人は死なないという話はものすごく腑に落ちます。そんなことを言えば人だけではなくて、全てのものは同じじゃないかと言われそうですが、人だけが意識を持っていて数式でしかない宇宙の状態を決定できます。もしかすると一定の知能を持つ動物でも同じなのかもしれませんが、例えば量子力学で有名な二重スリット実験の観察者を動物にして、動物が観察した結果を人間が確認したとします。結局最終的に観察しているのは人間です。我々は人間なのでそうせざるを得ません。そうして確実に意識を感じられるのは自分自身のそれだけです。
そう言った意味ではもしかすると、この世に存在する意識というのは自分だけかもしれないし、それが永遠に続くのであれば地獄のような気もしますね。その場合暇つぶしの為に自分以外の存在を、宇宙という情報フィールドの上に創り出しているだけなのかもしれません。




