第40話 別れ
朝早く目覚めた。皆まだ寝ている時間だ。着替えを済ませ外にでた。行くあてなど無かった。ただ1人になりたかっただけだ。やがて広場に着いた。馬小屋では番人や従者が忙しそうに働いている。それを横目に通り過ぎるとロバートに出会った。
「健様、早いですね」
「ロバートさん、おはようございます」
「この間の件ですが……、私は身を引こうと決めました。残念ですが、貴方の方が国を背負うのには相応しい。ただ、リリア姫を心から愛しておりました。必ず幸せにしてあげてください」
頭を下げ、俺の返答を待たずに行ってしまった。
昼過ぎ騎士が勇者の家にやってきた。
「急ぎ国王の部屋においで下さい!ノイズが現れました!」
6人は急いで支度をし、騎士の案内する部屋に走った。牢獄されているはずのノイズが何故国王を襲っているのか。誰かが武器を渡したとしか考えられない。だが、どうやって?
部屋に着くと国王は火だるまにされ、兵達が慌てて消している。それを嬉しそうに眺めて笑うノイズ。
「ちょっとばかり遅かったようだな!」
やがて火は消し止められ国王を運び出す。
「全身大火傷だ。可愛そうに、もう助かるまい」
そう言ってまた笑った。
「どこまで腐った奴なんだ!俺達が相手をしてやろう!」
豪が挑発を唱えた。
「お前は以前、俺様に聞いたよな?何故国王を狙うのか。何故俺様がトレートルになったか」
「何故だ!」
「お前のような奴には話しても分からないだろう。身をもって味わうがいい!」
そう言うと杖を振った。黒く長い鎖が現れ豪の体に巻きついていく。そのままふわふわとゆっくり豪の体が持ち上がる。
俺は渾身の力でラッシュするも、スルリと消え横移動した。
「生憎だな。俺様は習得した黒魔法をまだ使えずにいた。牢獄されている間に自分のものに出来た事をありがたく思うよ。」
回転斬りを仕掛けるも瞬間移動をするノイズを捕らえきれない。どうすればいい?一体どうすれば……。
「俺様が愛した女もナイトだった。国の戦いのさなか殺されたんだ!お前には分かるまい!この悲しみが!」
そう言うと巻きついた鎖が容赦なく豪の体を締め付けた。このままじゃ殺られてしまう。瞬間移動をするノイズに斬りかかるもあたらない。ユキナの魔法も空振りだった。
「あははははは。これは愉快だな。このナイトが死んだら、ちょっとは俺様の気持ちが分かるだろう!」
「うあぁぁぁぁぁ!」
1度も悲鳴をあげたことのない豪が叫んだ。
「どうすればいいんだ!」
「瞬間移動の場所を予測しよう!」
「あははははは!そんなもんで、俺様に勝てるはずがない」
王の部屋の前には騎士達も集まり、固唾を呑んで見守っていた。ノイズが横移動したとして右に左に斬るも、剣は虚しく空を斬る。
「お前達の正義感とやらで、このナイトは死ぬ。滑稽な話じゃないか。王を守る為に仲間が死ぬんだからな!」
ユキナが氷魔法を唱えた。ノイズの下半身だけ捕らえ凍った。動けないようだ。連撃で杖を斬る。真っ二つに折れた杖がカラカラと下に落ちた。それと同時に空中で縛られていた豪がドサッと床に叩きつけられた。
「殺してしまって下さい!」
ロバートが叫んだ。
その瞬間高く舞いラッシュで首を斬りつけた。血が吹き出す。
「くそっ……」
ノイズは床に突っ伏した。兵士達がバタバタと駆け寄る。
「豪……」
俺は急いで豪を抱きかかえた。身体の自由が効かないのかだらんとしたまま俺を見た。
「勇者様ですか……」
「そうだ、俺だ。見えないのか?急いで医者を呼んでくれ!」
廊下にいる兵士に叫んだ。
「影のようで……見えません」
豪は体を仰け反らせ苦しそうにしたかと思うと、口から血を吐いた。
「……豪、お前。医者はまだか!」
「勇者様……今まで……ありがとう」
「何を言ってるんだ!」
医者が豪の様子を見て、首を横に振った。
「嘘だ!豪!頼むから頑張れよ!琴音!来てくれ!」
「はい」
「豪、ほら琴音がいるぞ!手を握ってくれてるぞ!分かるか?豪!」
豪は一瞬微笑み項垂れた。
「肋骨がほとんど折れております。内蔵も破裂しております。ここまでこの状態でよく頑張ったと思います」
「蘇生は?魔法で蘇生があるだろ!」
「ないです」
琴音は泣きながら力なく答えた。
「教会へ連れて行こう!魂が蘇るかも知れない!」
ユキナが叫んだ。
皆で豪を教会へと運んだ。牧師に台の上に乗せるように指示された。牧師が豪に何か呟いている。
「残念ですが、魂は蘇る事なく旅立たれたようです」
牧師はそう言って祈り、その場を去った。
「……豪?」
俺は豪の髪や顔を撫ぜた。まだほのかに温かい。
豪が死んだ?嘘だ。また目を覚ましてお腹が空いたと言うだろう?琴音に告白しないのか?俺を守るんじゃなかったのか?絆は?俺達の絆はどうなる?目に見えない不確かなものだったが、2人の間に生まれた絆があっただろ。いったい何処に行ってしまうんだ?
その場に膝をついて崩れた。琴音と穂乃花、ユキナの泣く声だけが教会に響き渡る。
皆で花を手向け蝋燭に火を灯し、そこで夜を明かした。
早朝俺達は豪の生まれ故郷ヤユの村に連れて帰る事にした。馬車を2台用意してもらい、ロバートにその旨を報告した。
「何処に行かれるのです?」
リリア姫が馬車に乗り込む皆を見て尋ねた。
「豪の故郷です。豪を両親の元に届けてきます」
「国王が今日明日にも危ない状態でそんな……、どうか健さんだけでも残って下さい」
「申し訳ない。行かせて下さい。両親に直接会って謝りたいのです」
「結婚……、結婚の話はどうするのですか。国王との約束でしょう?」
俺は大きく首を横に振った。
「今は考えられません」
そう言い残し馬車に乗り込んだ。
2台の馬車はゆっくりと動き出し、リリア姫は1人ポツリと残された。琴音と穂乃花の涙は涸れる事を知らない。ユキナはうっすら涙をため、後方の豪を乗せた馬車を見ていた。ホイットは昨日から一言も話さない。おしゃべりな明るいホイットの悲しみが伝わる。俺は涙が出なかった。この世界に来て泣き虫になったはずなのに、何故か涙が出なかった。
悲しみをいっぱいにした馬車は止まる事無く走り続け、ようやく豪の故郷ヤユの村に着いた。
この辺鄙な村に2台も馬車がくるのは珍しい事なんだろう。村の人達が集まってきた。俺達は棺を抱え教会へ運んだ。
「豪さんの両親はいませんか」
「私が母親です。父親は亡くなりもした」
そう言って頭を下げた。
「昨日のトレートルとの戦いでーー」
「いいんだ。何も言わんで下さい。あの子は初めからその覚悟で傭兵になった。勇者様に仕え、勇者様を守り、勇者様と共に生きて……、この間もそれが嬉しくて仕方ないといっちょりもした。」
「いえ、こんな事になったのは私の責任です。本当に申し訳ありません」
「頭を上げてください。あの子を幸せにしたのは貴方様なんで。きっと本望におもちょりもす。私にはよう分かりもす。あの子は喜んで死んだ……」
母親はそこまで話すと棺にもたれ掛かり号泣した。
村人達が次々と花を手向けて祈っている。俺達は教会の隅でその様子を見守った。




