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俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!  作者: 本郷カキツバタ
失格作戦

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第三話 浪費家になってやる

 買い物を始めて三十分。

 俺は、まだ金を払っていなかった。


「こちらの留め具は、仕上げをお願いできますか?」


「もちろんでございます。お届けは後日でもよろしいでしょうか」


「ええ。お願いね」


 高級店で髪飾りを選び、裏の引っかかりを確かめ、直してもらう約束をした。

 仕上がり前なので、代金は届けてもらってからだ。


 店を出た俺は、今日の目的を思い出した。


 違う。堅実な買い物をしに来たんじゃない。なんか、もうちょっとこう、勢いで余計な物まで買えよ。


 だけど、髪を傷めそうな品を、そのまま買うのは嫌だった。

 そこは譲れない。

 自分でもたまに見とれるこの純白の髪を、傷めたくはない。


 良い物を、必要以上に買う。

 今日の浪費は、その方針でいく。


 侍女にほかの店も見たいと伝え、護衛と通りを歩いた。

 角に、革製品の店がある。


 エルム革工房。


 飾り気のない看板の下に、小さな手提げが置かれていた。

 灰青色の革に、銀色の口金。細い葉模様があるだけなのに、形がきれいだ。


 これは欲しい。


 その時点で、半分くらい目的を忘れていたと思う。


◇


「店先の手提げを拝見したいのですが」


「はい。こちらです」


 青年の職人が品を渡してくれた。

 奥では、もう一人の女性が革を裁っている。


 留め金を開けると、引っかかりなく動いた。

 閉じた時の合わせ目も揃っている。持ち手の付け根には、表から目立たない補強があった。


 縫い目を裏まで追ってから、内側の布を確かめる。


「裏布は、替えられるようになっているのですね」


「はい。擦れた時に、表までほどかずに済むようにしています」


「こちらの芯も、持ち手を引くと形が揃うように?」


「ええ。荷物を入れても、口が歪みにくくなります」


 実際に持ってみると、収まりがいい。

 それだけの工夫をしているのに、重さは抑えてあった。


「同じ型で、こちらもございます」


 青年が茶色の手提げを出す。


 そちらは革が硬い。

 折り目の取り方を変えて、灰青の品と同じ形に仕上げていた。


 店先に飾る一つだけを、時間をかけて仕上げたわけではない。

 材料が変わっても、狙った形にできる人なのだ。


 値札を見て、俺は手提げを置いた。


「これ、この値段で売っているのですか?」


「はい」


「口金も、裏布も含めて?」


「もちろんです」


 付属品まで含めて、その値段だった。


 俺が普段使う店なら、この仕事にはもっと高い値がつく。

 店の場所と名を差し引いても、安すぎる。


 財布も一つ、見せてもらう。

 こちらも縫い目と革の端が丁寧だった。薄く仕上げるところと、力を持たせるところを分けている。


「作るのに、どのくらいお時間がかかりますか?」


 青年が日数を答えた。

 それだけの手間をかけた仕上げなら、もっと払う価値がある。


 待て。俺は浪費しに来たんだ。なんで職人の値付けを気にしてるんだよ。


 気になったものは、気になる。


 前世で両親の遺した資産を管理していた頃から、安ければ得だとは思っていなかった。

 今世では、さらに一流品を見て育った。


 箱と看板が立派なら、それだけで高い金を払うわけではない。

 逆も同じだ。


「この仕上げなら、もっと高いお値段でもよろしいのでは」


「そうしたいのですが……うちは、工房の名で選んでいただける店ではなくて」


 青年は、棚の空いた場所を見た。


「知っているお客さんが買える値段にしないと、残ってしまうんです。店へ卸せる先も、多くありませんから」


 奥の女性が、裁った革を置いた。


「この手提げも、お客さんに頼まれて型を作ったのですが、もう一つ作っておいたほうは、しばらくここに」


 俺が欲しいと思った灰青色の品は、売れ残っていた物らしい。


 職人の腕ではなく、誰に見てもらえるかで値段が決まっている。特に革製品なんてそうだ。

 商売だから、そういうことはある。


 しかし、この値札で俺まで買う必要はない。


 今日は金を使いに来たのだ。

 どうせ使うなら、ここがいい。


「私の注文について、お値段をご相談してもよろしいかしら」


「申し訳ありません。これ以上下げるのは――」


「いいえ。上げるほうです」


 青年は「はい?」と言ったきり、俺と値札を交互に見た。


 俺は紙を借り、額を書いて示した。

 普段買う同程度の品を基準に、この仕事に払いたいと思う額だ。


「このお値段ですと、今の三倍近くになりますが……」


「同じ程度の仕事をした品なら、ほかのお店ではそれ以上になります。この補強と、裏布を替えられる作りにも、お支払いしたいのです」


 青年はもう一度、手提げの内側を確かめた。

 自分で作った品なのに、客に見られた箇所を見直している。


「……本当にそのお値段で、承ってよろしいのですね」


「ええ、もちろんです。まず、こちらの二つをいただきます」


 値切るつもりもなければ、金を捨てるつもりもない。

 仕事に対する値段は、それでいい。


 問題は、俺がどれだけ買うかだ。


 手提げは、すでに使えるものがある。

 今日必要だった品は、一つもない。


 そこへ二つ増やす。

 ……散財なんだからもっと買うか。


「ほかのお色でも、作っていただけますか?」


「材料が揃えば。色によって、お値段は変わります」


「では、手提げをあと二つ。財布も三つ、お願いできますか?」


 青年の手が止まった。


「お財布も、三つですか」


「ええ。革を変えて。こちらの小箱は、大きさを変えられますか?」


「できます」


「では、大きさ違いで三つほど。あちらの書類入れも、二つ」


 女性が、見本の革を持ってきた。

 俺は色と硬さを確かめ、使う場面ごとに組み合わせを選ぶ。


 全部で十二点。


 財布を三つ持っても、同時に使うのは一つだ。

 書類入れだって、家にある。


 母や弟たちへの贈り物にする分はあっても、買う前に使い道が決まっていない品が、こんなにある。

 普段なら、欲しい順に二つ選んで帰るところだ。


 今日は選ばない。

 気に入った物を全部買う。


「一度にはお納めできない量ですが、よろしいでしょうか」


「ええ。急いでおりませんので。今のご注文に差し支えない予定でお願いね」


「でしたら、まず三週間後に一部を。それから順にお届けしてもよろしいでしょうか」


「それで結構です」


 材料を買うための前金と、残りを払う時期を決めた。


 注文書へ名を記す。


「セレスティア・レーヴェルです。残りのお支払いは、家の者からいたします」


 青年が顔を上げた。


「御髪と瞳の色からまさかとは思いましたが、レーヴェル公爵家の……」


「ええ。届け先は、こちらへ」


 女性も、工房の名前を丁寧な字で書き入れた。


 俺は総額を確かめる。


 上限には収まる。

 それでも、普段の小物代を何か月分も、一度に使った。


「間違いございません。これでお願いします」


 よし。ようやく、金を使えた。


◇


 青年が、灰青と茶色の手提げを包んだ。


 奥の女性は残りの注文を見ながら、必要な革を数えている。

 次の仕入れに間に合うと、青年へ話しかけた。


「同じ品質でお願いできるようでしたら、またご相談させてください」


「はい。お待ちしております」


 青年は、注文書の控えに工房の印を押した。

 俺の名前があるほうは、折らずに台帳へ挟む。


 店を出たところで、隣の店の主人が工房の青年に声をかけた。


「何をご注文になったんだ?」


 工房の青年は、まず手提げを指した。

 俺はその先を聞かず、馬車へ戻った。


 侍女が包みと控えを見比べる。


「今日は随分お求めになりましたね」


「ええ。たくさん気に入ってしまって」


 俺は微笑みを返す。


 気に入ったのは事実だ。

 ただ、気に入ったからといって、普通は全部買わない。それも事実である。


 この灰青の手提げは俺が使おう。

 茶色のほうは母に渡したい。似合いそうだ。


 残りの十点は、届いてから決めればいい。


 ほらな。十二点買って、今すぐ使う予定は二点。堅実に考えたら、こんな買い方はしないだろ。


 俺は注文書の金額を、もう一度確かめた。

 うん。高い。ちゃんと高い。


 今回こそ、浪費には手応えがある。


「お帰りになってから、残りのお品の置き場所もご用意いたしますね」


「ありがとう。まだ時間はあるから、急がなくて大丈夫よ」


 俺は膝の上の包みを押さえた。


 家に同じ用途の物があるのに、わざわざしまう場所まで増やす。

 この浪費が、王家へちゃんと伝わってほしい。

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